あの丘で
| なにもやる気が起きなかった。 学校へ向かう道。でもいつしか方向を変えていた。ただぼーっと歩いてたどり着いた場所。 「わぁーすごいっこんなところがあるんだ」 一瞬なにもかも吹き飛ばしてくれた。街を一望できる丘。その真ん中にすごく大きな木が立っていた。 私はいつの間にかその木の木陰で眠っていた。 「さてと今日もあの丘行くかなぁ」 なにもやる気がない。この時間が苦痛でいつもあの丘に行く。誰もいない丘、すごく落ち着く場所。 あれっ?今日は誰かいる……。女子高生?何でこんなとこに……。 でもそんなに気にしなかった。人のことなんてどうでもよかったから。僕はいつものように木に寄りかかり、空をぼーっと眺めていた。 目が覚めたとき目の前に広がった風景。木の葉の陰からきらきら光っている光。頭がぼんやりしている中に響いた声。 「やっと起きたんだ」 知らない男の人だった。一気に目が覚めた。 「君高校生でしょ?こんなとこでさぼり?」 知らない人に声をかけられたのに普通にしゃべれる。 「なんか行きたくなくて……ぼーっと歩いてたらここについたの」 ああこの人は自分に似ている。不意にそう思った。だから自然にはなせたんだ。 「すっごくすてきな場所ね。くつろいでたらいつの間にか寝ちゃった」 「ここは僕の大事な場所だからね。誰も来なくてのんびりできる……今日は君がいたけどね」 「あっごめんなさい。なんか……じゃましちゃったみたいで……」 「べつにかまわないよ。来たければ来ればいい」 何でそう言ってしまったのか。本当は追い返そうと思ってた。一人の時間を邪魔されるのはいやだ。この丘は僕の場所。それなのに……。 理由はわかってる。彼女が……彼女の目が似てるから。つまらなそうな目。なにもかも捨ててしまいたい……そんな目だ。そう僕と同じように……。 「君、名前は?」 「優奈」 「僕は直人」 二人木に寄りかかり、空をぼーっと見上げる。時々話をするがほんとに少しだけ。ただ何時間も二人で空や街を眺めていた。 気がつくとあたりが赤く染まっている。もう夕暮れだった。 直人がすっと立ち上がる。それにつられて私も立ち上がる。 「いつでも来ていいって言ったけどさ、学校はちゃんといきなよ?」 ちょっと意外な言葉だった。直人の口からそんな言葉がでるとは思わなかった。 「さぼるとあとで大変だよ?高校はちゃんと行かなきゃ」 「うん、わかった」 素直に聞き入れられた。他の人に言われたら絶対うるさいなと思ってる。もちろん反発はしないだろうけど。めんどうになるだけだから。 直人の言葉にはそんなこと思わなかった。それより行かなきゃって思いが強くなった。 「ここに来るのなら放課後か休日においで」 「直人はここに毎日来てるの?」 「ほとんど毎日いるよ」 「学校……は?」 「大学やめちゃったんだ。行ってる意味が分からなくてね。無駄だって思った」 「それなら私だって同じだよ?」 「優奈はまだ高校生だもん。行かなきゃだよ。僕はちゃんと仕事はしてるんだよ。優奈が学校行ってるのと同じようなもんだよ」 一瞬不信感を抱いた。自分のことは棚に上げるのかって。でもちがったんだね。ちゃんと考えてるんだ。これで私は迷わず学校に行ける。そんな気がした。 学校の帰りにあの丘によってみた。今日ずっと行こうと思っていた。 丘の上に登ると直人がいた。 「学校ちゃんと行って来た?」 「うん。行ったよ」 「行くだけじゃダメなんだよ?」 「え?」 「まじめに授業受けた?」 「……ずっとこの丘のこと考えてた。早くこの丘に来たかった」 「それじゃ学校行ってる意味ないじゃない。まじめに授業も受けなきゃ」 「……うん。わかってるんだけど……でも……」 「ちゃんと授業受けなきゃここに来ちゃダメ。約束できないんなら追い返すからね」 「そんなの嘘つけばわからないじゃない。学校の様子見てるわけじゃないんだし」 「うーん……。嘘つくんだ?」 「……つかない。ちゃんとまじめに授業受ける」 「よし」 直人はそう言って私の頭をポンッとたたいた。私はなんだか嬉しかった。 今日もまた二人並んで木に寄りかかり、空をぼーっと見上げる。なにも言わずにただぼーっと。だんだん太陽が沈んでいく。 真っ赤な夕日。 「わぁーきれい。ねぇ直人みてみて」 そう言って直人の方をみると直人は眠っていた。 「風邪……ひいちゃうよ?」 でも起こすことはできなかった。安らかな寝顔に見とれてしまった。 コートを脱ぎ直人にかける。 「風邪ひいたら大変だもんね」 またぼーっと空を見上げる。 うっすら目を開くとあたりは薄暗くなっていた。 「あれ……寝ちゃってたんだ……」 ふと気がつくと優奈のコートがかぶさっている。急いで彼女の方を見ると優奈は眠っていた。 「あっもう風邪ひくじゃんか……」 急いで彼女にコートをかける。 「本当なら起こさなくちゃいけないんだよな。夜になっちゃう……」 でも起こすことはできなかった。彼女のきれいな横顔にみとれてしまう。 「う……ん……あれ、私寝ちゃってたんだ……」 「おはよ。寒いのにコート脱いでちゃ風邪ひくだろ?」 「う……ん。でも直人寝ちゃってたから。それになんか寒そうだったし」 「起こしてくれればよかったのに」 「……なんか……起こせなかったんだもん」 「そっか。僕も今起こせなかったしなぁ」 「え?」 「なんでもないよ。それよりもう帰ろう。真っ暗だよ」 「あっ……そうだね」 「途中まで送って行くよ」 「ありがとう」 途中まで直人に送ってもらい、家に帰る。 部屋に入り電気をつける。私は一人暮らしだ。久しぶりに料理を始める。 直人に言われた言葉で、なんだかいろいろやる気がでてきたからだった。いつもならコンビニ弁当だったのにね。 ご飯を食べ、机に向かう。ちょっと復習してみようかな。そんな軽い気持ちだった。 でも気がつくと、1時間も集中してやっていたのだった。 明日の授業からはすごくがんばれそうな気がした。 優奈を家の近くまで送り、バイトに向かう。いつもなら憂鬱な夜。 でも優奈にあんな強くいった手前、僕ががんばらないわけにはいかない。今日はいつもよりやる気を出して仕事をする。 店長もそれを認めてくれたのか、ほめてくれた。 いつもよりすがすがしい朝だった。 いつもと同じように始まる朝。でも気持ちは少し違った。いろいろなことがんばれるような気がする。そんなすがすがしい朝。 いつもより少し早く起きて朝食を食べる。何ヶ月ぶりだろう。学校のある日に朝食を食べたのは。とっても気分がいい。今日は少しはやく家をでた。 いつもと同じように始まる学校。いつもと同じように始まる授業。今日はちゃんと先生の話が聞いてられる。いつもなら寝てたり、ぼーっとしてたりなのにね。 昨日の復習のおかげかな。内容が理解できる。 自分を変えるにはいい始まりだった。 いつものようにぼーっと空を見上げる。でもちょっと時計が気になる。 いつもより時を長く感じる。なんでだろう。 いつもならどんどん進んでいってしまうのに……。 「直人」 「ちゃんと授業受けたの?」 「うん。だってここに来れなくなるなんていやだもん」 「そんなにここが気に入ったんだ」 「うん。ここにいるといやなこと忘れられるよ」 「僕もだよ。なにもかも忘れられる」 いつもと同じように木に寄りかかり空を見上げる。さっきより少し時を速く感じる。気のせいなのかな……。 「直人!」 「ん?なに?」 「見て見て。すごいきれいな夕焼けだよ」 「本当だ。あんまりちゃんと見てなかったから気がつかなかったよ」 「毎日のように来てるのに?」 「うん。いっつもただぼーっと見上げてるだけだもん」 「そのまま夜中になっちゃたりしてね」 「あっそれはないよ。携帯のアラームが途中で鳴るから」 「何のためにアラーム鳴らすの?」 「バイトに間に合うように設定してる。遅刻したらダメだからね」 「夜からのバイトなの?」 「うん。夜の方が給料いいしね。そろそろ行こうかな」 「そっか。バイトがんばってね」 「ありがとう。優奈も勉強がんばれよ」 「うん。それじゃぁばいばい」 「ばいばい」 それからいつものように時が過ぎた。優奈と2人で丘にいた日々。 そんなある日……。 「直人」 「ん?なに?」 「私、これからここにいる時間短くなるかもしれない」 「え?なんで?」 「明日からテスト2週間前なんだ。ちゃんと勉強しなくちゃ」 「テストかぁ。がんばりなよ?」 「うん」 僕は嫌だという思いを押し殺した。そんなこと言えやしない。2週間だけ。2週間我慢すればまた一緒にいられる。ずっと会えないわけじゃない。一緒にいる時間が短くなるだけ。 僕は自分に言い聞かせた。 次の日の放課後。いつものように優奈はやってきた。いつものように2人並んで空を見上げる。途中で優奈が口を開く。 「直人。明日からテスト終わるまでここにこれない」 「え?なんで?短くなるだけって……」 「昨日はそのつもりだったの」 「なんかあるの?」 「友達と勉強するの。ていうか教えてもらうんだけどね」 「わからないとこあるんだ」 「直人に会う前まじめに授業受けてなかったからね。そこが全然」 「そっか。がんばりなよ」 「うん」 僕はそこで笑っていたけど本当は苦しかった。 優奈に会えない……前までそんなに気にしなかったのに。この風景が……落ち着いて大好きだった。でも今は優奈がいるから……場所じゃなくて優奈が……。 優奈に会えるからここに来てた。毎日のように。つらくなくても来てたのは優奈に会えるから。いつからこんな気持ちになったのかな。 少し日が沈み始める。優奈がふと動いた。 「そろそろ帰るね」 僕は嫌だという気持ちを押し殺した。 「うん。テストがんばれよ」 「ありがと。それじゃまた2週間後にくるね」 「わかった」 僕は優奈の背中を見つめていた。追いかけたかった。 でも……そんなことできなかった。 次の日も僕は同じように丘に行った。いつもの時間になってもやっぱり優奈はこなかった。当たり前だ。勉強してるんだから……。 いつものように空を見上げた。なんだか今日は空が曇って見える。いつもと同じ快晴なのに。曇っているのは……自分の心だ。そのうち……雨になりそうだね。 空も雨になってくれればいいのに。そうすればこの丘にも来ない。優奈と会ってから雨降ってないな。毎日会ってた。それが急に2週間も会えないなんて。 耐えられる……かな。 今日は僕の願いどうり雨だ。昨日はあんなに晴れてたのにね。あと2週間雨が降っていればいい。それなら会えなくても仕方がないもんね。 でもなんでだろう。時間がたつにつれてつらくなるのは。 雨でよけいにつらくなる。 「んー雨だとやる気が失せるなぁ……」 テスト前になると時を早く感じる。焦っているんだろうな。特に今回はがんばるって決めたんだもん。 「よぉしもうひとがんばりだぁ〜」 テストは無事終了した。 「うーん、終わったぁ〜」 雨が降ってるのかぁ。どうしようかな。こんな日じゃ直人もさすがにいないかなぁ。んーでも一応行ってみよう。 あの丘に行くとなんか落ち着くしなぁ。 「直人?なにやってるの!」 「ゆう……な。こんなに雨降ってるのに……。来ないかと思ってた」 「傘もささないでなにやってるの?」 「傘……。なんでか持たずに来ちゃったんだ」 もう自分がコントロールできなかった。優奈に会えないだけで……こんなに自分が壊れるなんて。 ふいに優奈を……抱きしめてしまった。 「もう……いなくならないで……」 「え?直人?」 直人がとった行動にびっくりした。なんか……弱くなっちゃったみたいでほっとけない。 「直人、とりあえずどっか入ろう?風邪引いちゃうよ」 「うん……」 「直人の家近い?」 「優奈の家より遠い」 「そっか」 直人と一緒に家に帰る。家に行くまでの間に直人は少し元気になった気がした。 「やっぱ女の子だね。部屋がきれい」 「それより早く頭ふきなよ。風邪引くよ?」 「うーん……。でも服濡れてるんだし。結局引くんじゃない?」 「それはずぶぬれになんかなった直人がいけないの」 「しょうがないじゃんか……」 「え?なんかいった?」 「いや、別になんでもないよ」 「ふいたら直人の家に行こう。着替えなきゃだしね」 「優奈もくるの?」 「なんか心配だし……」 「ありがと」 少しずつ元気が出てくる。また元の生活に戻れるんだ。 優奈と丘で過ごす日々が。なんかほっとした。 「直人の部屋でかいねぇ」 「優奈のに比べればだけどね」 「ってそれより早く着替えて。ほんとに風邪引いたら大変」 「そうだね。じゃぁちょっと待ってて」 「うん」 元気が出てきてる直人にほっとした。なんかさっきまでとは別人みたい。 でも元気でいてくれる方がいい。あんな直人にはどう接していいかわからないから。 「おまたせ。なんか飲む?ココアか紅茶かコーヒーか……」 「ココアがいいな」 「わかった」 それから2人で少し話した。たわいもない話だったけれど。 「そろそろバイト行かなきゃだ」 「そっか。じゃぁ私は帰るね」 「送ってく。外暗いから危険だし」 「このくらいなら1人で大丈夫だよ?」 「でも送ってく」 「ありがと」 家につくとベッドに寝ころんだ。 今日の直人の顔を思い出す。もろくて壊れちゃいそうな……。 何であんなだったのかな。 『もう……いなくならないで……』 この言葉の意味は……何なのだろう。 次の日は快晴。昨日の雨が嘘みたい。テスト休みなので今日はのんびりショッピング。 でも昨日の直人が頭から離れなかった。いるかわからないけど丘に行ってみることにした。 昨日の雨が嘘のような朝。 昨日僕は……優奈にいったい何を言った?言っちゃいけないことを言った気がした。それでも優奈には会いたくて。 こんな時間にいるわけないとわかっていてもついこの丘に来てしまった。 でもそこには……。 「優奈?何してるの?学校は?」 「テスト休みだよ」 「そっかぁ。さぼったのかと思ったよ」 「そんなこともうしないよぉ」 「そうだよね」 優奈は昨日のことは何も聞かない。別に気にしてないのかな。 また前と同じように2人で空を見上げる。しばらくすると優奈は眠っていた。テストで疲れてるんだろうな。 優奈の顔を見つめる。そしてキスをする。いけないことをしたんだろうな。 でも……自分を抑えることが出来なかった。 「ん……うーん……寝ちゃってたのか……」 「テストで疲れてたんでしょ?」 「かなぁ」 「それに今日暖かいしね。眠くもなるよ」 「昨日雨が降ってたなんて嘘みたい。でも雨の滴がきらきらしててきれい」 「まだ乾ききってないからね」 「うん。直人ってさ、いつもこの時間からいるの?」 「いやほとんどいない。たまにだね」 「それじゃ偶然なんだね。テスト休みなの話してなかったし」 「そうだね。明日は学校?」 「うん。あっ買い物してたんだった……」 「買い物?それなのにどうしてここにたどり着くの?」 「……わかんない。何となく足がここに向いたの」 「これから買い物に行く?つき合うよ」 「ほんと?行く行く」 それから2人でのんびり買い物をした。買い物が終わると映画を見たりして遊んだ。 なんだか恋人同士みたいだね。僕はそれがうれしかった。優奈がそう思ってなくても周りからはそう見えるだろう。 ただの自己満足でもよかった。でもさっきしてしまったことの罪悪感。 もしばれてしまったら……優奈はどう思うのかな。もう会えなくなるのかな……。 「今日は買い物つき合ってくれてありがとう」 「別にかまわないよ。暇だしね」 「楽しかった」 「それはよかった。それじゃこれからバイトだから」 「うん。ばいばい」 「ばいばい」 結局何も聞かなかった昨日のこと。 昨日の様子はいったい何だったんだろう。そんなに気にすることじゃないのかな。今日の直人は別に普通だったし。そんなに深く考えることないかな。 それから何日か後の放課後。 いつもの時間を過ぎても優奈はやって来なかった。おかしいな。なにかあったのかな。 昨日何も言ってなかったのに。不安が募る。 ずっと待っても優奈は来なかった。 いつもよりここから早く立ち去り買い物に行くことにした。街をふらふら歩いているといけないものを見た気がした。優奈が男と2人で歩いていた。 別におかしいことじゃない……でもショックだった。 そういう話をしたことがなかった。もしあれが本当に優奈の彼氏だったら……僕はどうすればいいのだろう。 この気持ちはどうすればいいのだろう。 この日のバイトは集中できなかった。しっかりしなきゃいけないと思っても出来なかった。久しぶりに店長に怒られた。 それでもあんまり失敗するしふらふらしてたから調子が悪いんだと思ったらしい。途中で帰らせてくれた。 これ以上失敗するとクビになるかもしれない……。そう思ってたからありがたかった。 次の日ためらったけど丘で優奈を待った。聞かなきゃ本当のことを知らなくてすむし、それに……優奈に会いたかったから。 でもいつもの時間になっても優奈はまた来なかった。 そのうち雨が降り出した。それでも僕はここを動くことが出来なかった。もしかしたら来るんじゃないか……そう思うと帰れなかった。 あれ?雨が降ってきてる……。こんなことなら早く帰ればよかったな。傘ないからやむまで帰れないじゃん……。 ……直人……まさかまたいたりしないよね。 それから雨がやむまでぼーっと空を眺めていた。 「ん……寝ちゃったのか……」 雨もすっかりやんで虹が出ていた。とりあえず丘に行ってみよう。きっときれいなんだろうな。虹も出てるし。 「ゆう……な。何で来ないんだろ……」 嫌われたのかな。キスしたのがばれたとか……。それとも本当にあれが彼氏だったのかな……。 「直人。来てたんだね」 「ゆう……な」 「って……もしかしてずっとここにいたの?体濡れてるし……」 「帰るのめんどうだったから……」 「そんな……風邪ひくってば……」 「昨日……何で来なかったの?」 「……友達と遊んでて……」 「一緒にいたの……彼氏?」 「ちがうよ。そんな人いないもん……」 「……じゃぁ……好きな人は?」 優奈は黙り込んで何も言わない。 「僕は……優奈のことが好きだよ」 「え……?」 「嘘じゃないよ」 「……うん。私もだよ」 「え?本当に?じゃぁ昨日のは……」 「学校の友達。6人くらいでいたんだよ?」 「え……じゃぁ本当に誤解だったんだ……。安心した」 「それより早く家帰ろう。風邪ひくよ?」 「……寒い。暖めてくれる?」 「えっ?」 僕は優奈の返事も聞かずに抱きしめた。優奈も少しとまどったようだけど抱きしめてくれた。 今までの嫌なこと何もかも吹っ飛んだ気がした。 「……うー……寒い」 「大丈夫?熱でるのかなぁ……」 「んー……。それなら優奈帰った方がいいかも。うつるよ?」 「別にいいよ。もうテスト終わったもん」 「ふーん。じゃぁうつそうかなぁ?」 「え……?」 そういうと直人はキスしてきた。 「うつしちゃったらごめんね」 その言葉に私は笑ってしまった。直人も笑っていた。 「あっバイト先に電話しなきゃ。ちょっと待ってて」 私はこの前の雨の時のことを思い出した。 『もう……いなくならないで』 あの言葉は……。 「優奈?」 「あっ電話終わったんだ」 「うん。なんかぼーっとしてたけど……悩み事?」 「なんでもないよ。大丈夫」 「ならいいけど……。もう暗くなるよ?」 「あっほんとだ。帰らなきゃね」 「途中まで送るよ」 「え?いいよ。寒気するんでしょう?」 「でも心配だし」 「大丈夫だって。直人は早く寝なよ」 「……わかった。気をつけて帰れよ?」 「うん。それじゃばいばい」 優奈が帰って時間がたつうちにどんどんだるくなった。本当に早く寝た方が良さそうだな。高熱になったら優奈に会えなくなっちゃう。 とにかくベッドに入った。だるいからかすぐ眠くなった。 家に帰ると最近のことを思い返した。直人の1つ1つの言葉と行動。思い出すとなんだかどきどきして顔が熱くなった。 あの言葉は好きだから言った言葉なんだ。そう考えるとどきどきした。 朝起きると昨日よりだるかった。それでも丘に行きたかった。優奈に会いたいから。 いつもはかなり早く行って待ってるけど今日は優奈が来る頃に行こう。それまで寝てて元気回復する。優奈に風邪うつったら大変だ。 あれから何時間か寝て丘に来た。今日は少し暖かくて風が気持ちよかった。 「直人。来てたんだね」 「うん」 「……直人顔色悪くない?」 「え?そんなことないと思……・」 優奈は僕の言葉を最後まで聞かずに額に触れた。 「熱でてるじゃん。自分でそれくらいわかるでしょう?」 「ん……」 「何で家でおとなしく寝てないの?治り遅くなるだけじゃん」 「だって優奈に会いたかったから……」 「ここに来てなければ直人の家に行ったよ。もぉ」 「……心配?」 「当たり前でしょ?」 「……うれしいな」 「ほらもう帰るよ」 優奈が照れていることに気づいた。僕のほうを見ないように歩いてく。 なんだか愛しくなって後ろから優奈を抱きしめた。 「な……直人?ねぇ……ちょっと……直人?」 「優奈顔真っ赤だよぉ?」 「もぉ、わざとやってるでしょ?」 「そんなことないよ。さっ帰ろう」 けっこう熱高そうだったのにどこからあんな元気がわいてくるのか。私はちょっと不思議だった。でもそんないたずら好きなところも愛しく思えた。 「早く薬飲んで寝て」 「寝ちゃったら優奈どうするのさ?帰る?」 「うん」 「それじゃ寝ない」 「なんでよ」 「一緒にいたいから」 「……わかった起きるまでそばにいるよ」 「本当に?」 「本当だよ。直人は甘えん坊だね」 「優奈にだけだよ」 「またそういうこと言って……」 僕は優奈の手を引っ張ってキスをした。優奈は呆然としていた。 「おやすみ」 直人はすぐからかう。後ろから抱きついたり、いきなりキスしてきたり。そして私の反応を楽しんでいる。 私にこういう免疫がないのがわかっているのだろう。いちいち過敏に反応しちゃってバカみたい。少し悔しいけど憎めない。これはもう私がなれるしかないのだ。 直人の寝顔を見つめて。彼の頬にキスをする。 すると直人は飛び起きた。 「優奈!?」 「なぁに?」 直人が寝たふりをしているのはわかっていた。だからやったのだ。いつもからかわれてばかりじゃなんか悔しかったから。 直人は少し赤くなっていた。それは熱のせいじゃない。照れて絶句してるようだった。 「いつもの仕返し」 「な……もう」 「これで私の気持ちが少しはわかった?」 「……わかった」 といいつつ直人はまたいきなりキスをしてくる。今度はそんなに驚かなかった。 そして2人で笑い出してしまった。 「あっこのまま寝ちゃわなくてよかった。バイト先に電話してなかったや」 直人は不意に言い出して電話をしに行った。私はまた吹き出してしまった。直人の行動はなんだかいつも唐突。 「さぁて寝よう」 「やっと寝る気になったんだ」 「うん」 「今度は寝たふりじゃないよね?」 「……さぁ?」 「なんでよ」 「だって優奈いるのに寝たくないよ」 「じゃぁ帰る。それなら寝るんでしょ?」 「病人ほって帰るんだ?」 「どこが病人……全然元気そうなんだもん」 「熱は高いよ」 「だったら寝るの」 「……わかった。でも……帰らないでね?」 「うん」 直人が寝付くまでそばにいた後、私は部屋の片づけを始めた。散らかっている洋服や洗っていない食器などを片づけた。 片づけが終わるとまた直人のそばにいた。 そしてだんだんうとうとしてきてしまった。 僕が目を覚ますと優奈が眠っていた。ずっとついててくれたのだろう。起こそうとしたけど寝顔が愛らしくて起こせなかった。 僕はなんだかだるくなくなっていた。ベッドからでて体温を測ると平熱に戻っていた。 部屋が綺麗になっていることに気がついた。僕が寝ている間に優奈が片づけたのだろう。 優奈の頬にキスをして起こさないようにベッドに寝かせた。 そして夕食を作り始めた。 「んー…………」 ここはどこだろう。目を覚ますと自分がどういう状況にあるかわからなかった。寝ているのは自分のベッドじゃない。 色々考えているうちに頭がはっきりしてきた。私は飛び起きた。いったい直人は……。 部屋の戸を開けると直人が料理をしていた。 「直人?何やってるの?寝てなきゃ……」 「んー?おはよう」 「おはようじゃなくて……」 「あー熱なら下がったから大丈夫だよ?」 「あっそうなんだ。私いつの間にか寝ちゃってたんだね。起こしてくれればよかったのに」 「片づけて疲れたんだろ?あんだけ散らかってたのに……。起こせなかったよ」 「直人休んでいいよ。私が作るから」 「んーいい。今日はなんだかやりたい気分だから」 「そう?」 「うん。優奈座ってていいよ」 「わかった」 「優奈、出来たよ」 「んー。わっすごい。直人料理うまいんだね」 「そんなことないよ……」 「いただきまーす。おいしい」 「それはよかった」 「直人天才的」 「……誉め殺そうとしてるの?」 直人が照れているのがわかった。私はおもしろくなってその後も言い続けた。 「直人顔真っ赤だよ?」 「そんなことない」 「そんなことあるもん」 そんなことを言い合いながら夕食を済ませ私は帰ることにした。 「んーやっぱりもう真っ暗だぁ」 「送っていくよ。危ないから」 「病み上がりなんだから家でおとなしくしてなよ。大丈夫だから」 「心配だよ」 「また熱でたらどうするの?」 「大丈夫だって。それより優奈に何かあったら……」 「ないないない」 「わかんないじゃん」 「大丈夫だよぉ」 「じゃぁせめて途中まででも送らせてよ」 「……わかった」 あれから何ヶ月かすぎた。 直人と出会って恋をした冬。そして今暖かい春を迎えた。ここまでずっと幸せばかりが続いていた。 でもまさかこの幸せが崩れかけているなんて……。私は思ってもいなかった。 それを知ったのは桜も散った春の暖かい日。いつもの放課後。あの丘で待ち合わせ。いつもと何ら変わらない様子だった直人が急に口にしたことは……。 「優奈……僕さこの街をでようと思ってる」 「え?どういうこと?」 「やりたいことできたんだ。東京に行こうと思ってる」 「やりたいこと……って?」 「料理の勉強。自分の店を持ちたいんだ」 「そっか……。いつ……行くの?」 「1週間後……」 「1週間?そんな急に……」 「急にじゃないんだ。ほんとは1ヶ月くらい前から決めてた」 「なんで言ってくれなかったの?」 「……優奈のかなしそうな顔見てるのが辛いから。言ったらずっとそういう顔してるんじゃないかって。笑ってる顔を見ていたかった。だからぎりぎりまで言えなかった」 「そんな……。急すぎるよ……」 「ごめん……」 「謝らないで……。直人の決めたことだもん」 泣かれると思ってた。でも優奈は泣かなかった。本当は泣きたかったのかもしれない。でもこらえてくれたんだろう。 でも泣いてくれた方が楽だった。泣いて責めてくれたほうが。あと1週間泣くのをこらえてる優奈を見てるのは辛い。 そう思うと僕は優奈を抱きしめた。 「好きだよ。ずっとずっと……」 優奈は泣き出してしまった。もちろん泣かせるためにやったことだったけれど。 あれから1週間がたった。1週間めいいっぱいあそんだ。そして直人は行ってしまう。 「直人」 「ん?」 「私この丘でずっと待ってる。直人が帰ってくる日まで毎日」 「優奈……」 「迷惑……?」 「いや、うれしいよ」 「直人以外の人好きになるなんて考えられないの。だからずっと……」 「僕もだよ」 「がんばってね」 「うん。絶対挫折なんてしない。やれるとこまでやってやる」 「直人なら大丈夫だよ」 「それじゃ。さよなら……じゃないよね。また会えるから……」 「うん。また……ね」 直人は行ってしまった。 出会った場所もしばらくの別れの場所も……そして帰ってくる場所もこの丘。 私はこの日から毎日この丘で直人が帰ってくるのを待った。 いつまでも、いつまでも……。 |