遥かなる空へ

 

「君にかごは似合わない」
 学校からの帰り道、ふとそんな声が耳に入った。その声が聞こえた家の庭をのぞくと1人の少年が鳥を手に乗せていた。
「もっと自由に空を飛んでいいんだよ」
 そういうとその男の子は鳥を空に放した。
 その光景を呆然と見つめていた私に気づいたらしく、男の子はにっこり微笑むと家の中に消えていった。
 空を見上げると手から放れた鳥はとても自由そうに飛んでいた。

 次の日、朝の学校の教室。窓の外を眺めながら昨日のことを思い返していると。
「えー今日は転入生を紹介する」
「飛来翔です。よろしく」
「席は窓際の1番後ろ。倉前の隣だな。倉前、しばらく教科書見せてやってくれ」
「よろしく、倉前さん」
「よろしく」
 転校してきたのは昨日の男の子。彼は昨日のことを覚えていないのか別に気にしていないのか。普通にあいさつされた。なんだか不思議な感じのする男の子。

「空好きなの?」
「え?」
 放課後の屋上。空をボーっと眺めていると飛来君が声をかけてきた。
「授業中も眺めてたから」
「別に……」
 彼は私の隣に来てしばらく空を眺めていた。
 そのうち彼がふとつぶやいた。
「海……」
「え?」
「海……行かない?」
「なんで?」
「なんとなく。見たいから」
「……いいよ」
 別に用事があるわけでもない。なんとなくついていこうと思った。

 2人でぶらぶら海岸を歩く。砂浜に座って海を見つめる。
「海は好き?」
「……別に」
「似てるなぁ」
「え?何か言った?」
「いやなんでもないよ」
 別にそんなに気にはしない。
 私は飛来君のそばを離れ波打ち際まで歩いていった。ボーっと地平線を見つめる。ふと後ろを振り返ると飛来君の姿はなかった。
 先に帰ったのかな。別に1人で帰れるし困ることはない。またボーっと海を見つめる。

「はい」
 ボーっとしている私に飛来君がジュースを渡してくれた。
「あっありがと。これ買いに行ってたんだ」
「うん?」
「急にいなくなるから先に帰ったのかと思った」
「誘ったのにそれはないよ」
「飛来君は海好きなの?」
「夏の海は好きじゃないけど」
 季節によって違うのかな。よくわからない。
「人が多すぎる。静かな海の方がいい。なんかこの海全部自分の物って思えてくるんだ」
「へぇ」
 すごい考え方。でもいいなと思った。
「家帰らなくて大丈夫?」
「うん、この時間ならまだ平気。日が沈むの全部見たいし」
 太陽が全部沈んでしまうまで飛来君と2人海を見つめていた。

 昼休み。1人で屋上に上りお弁当を食べる。いつもとかわらない。空も雲も。
「倉前、1人?」
 それだけ言うと彼は隣に来てパンを食べ始めた。
「あんまり私に関わらない方がいいよ」
「え?」
「特に学校ではね」
「どういうことだよ?あっちょっとおい」
 なんでいきなり……昨日はそんなこと一言も……。

「飛来君倉前さんと仲いいの?」
「え?なんで?」
「昨日一緒に帰ってたから」
「あんまり関わんないほうがいいんじゃねーの?」
「なんだよそれ……」
「そっかお前まだ知らないのか」
「倉前さんって倉前財閥の娘なの」
「え?うそだろ?だってここ公立高校……」
「そうなんだけどでも確かなことだよ」
「あいつに関わると退学になる」
「な……そんなばかな」
「なった奴がいるんだよ」
「とにかく関わんないほうがいいよ」

 そんなのおかしい。関わると退学?なんでだよ……。それでいつも一人なのか?
 もう本人に聞くしか方法はない。
「倉前、お前倉前財閥の娘って本当か?」
「本当よ」
「それで関わらないほうがいいって言ったのか?」
「そうよ。私と一緒にいて何かトラブルあると退学にさせられるよ?」
「なんなんだよそれ」
「お父様がそうするんだもの。私の友達一人退学になった。それからはいつも一人よ。もう誰もそんな目にあわせたくないしね」
「何があったんだよ?」
「バスケの授業の時だったかな。友達がパスしたボール取り損ねて突き指したの。たったそれだけでお父様は友達を退学にした」
「な……そんなのおかしいじゃないか!」
「わかってるよそんなの。でもどうにもできなかった。それからは誰も私には近づかない」
「俺は……そんなの気にしない。そんなことでお前を避けない。退学が何だよ」
 本当はうれしいけど口から出たのは違う言葉。
「同情ならいらないよ」
「同情じゃないから」
「でもダメ。私ね……婚約者がいるの」
「はっ?婚約者?」
「そう。だから男の子と仲良くしてるのなんて見られたら……飛来君退学だよ」
 退学させられるのは確かに困る。でもそんな表情で言われたら……。そんな表情を見てるくらいなら退学になったほうがましだな。
「ほっとけないよ。そんな寂しそうな目をしてる君。財閥の人間だろうが何だろうが俺には関係ない」
「だったら……倉前って呼ばないで。この名前がある限り私は自由になれない……」
「わかった。名前なんだっけ?」
「桃花」

「山の空気は気持ちいい」
 遠足で山登り。気分転換になって気持ちいい。本当なら行事って一番嫌いだったけど翔がいてくれるから大丈夫。
「桃花ってさぁやっぱ海とか空好きでしょ?」
「え?なんで?」
「自然の中にいるほうがいきいきしてるから」
「そうかな」
 自分では自覚してないけど翔には何回も言われたことだ。
「鳥になりたいって……思ったことある?」
「え?」
「空を自由そうに飛び回る鳥になりたいって思ったことない?」
「……ある……かな」
「やっぱ……似てるかな……」
「え?何?」
「なんでもない」
 友達いなくていつも一人で……似てるんだ。あの目がそっくりだね。

「翔どこ行くの?家そっちじゃないでしょ?」
「んー海」
「一緒に行ってもいい?」
「いいよ」
 放課後。帰り道で姿を見つけてつい声をかけてしまった。前は退学にさせてしまうんじゃないかって恐れてた。でも今は一緒にいないと辛い。翔といないと一人ぼっちっていう気がする。
「桃花」
 翔と並んで歩いていると後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「こっ孝介さん……」
「どこ行くの?家はそっちじゃないだろ?」
 そんなの言えるはずない。翔と2人で海に行くなんて……。
「あっえと……孝介さんこそどうしてここに?」
「迎えに来たんだよ」
「え……」
「桃花、誰?」
「鳳島孝介さん。私の……婚約者だよ」
「呼び捨てなんてずいぶん親しげだね。君いったい桃花の何?」
「こっ孝介さん何言うの。飛来君はただの友達だよ」
 もし孝介さんの気に障るようなことがあれば翔は退学になる。そんなの絶対いや。また一人ぼっちになっちゃう。
「友達か。じゃぁ家に遊びにおいでよ。いいだろ?桃花」
「あっでもお父様に……」
「友達連れて帰るんだから喜ぶだろ。さぁ行こう」
 なんでこんなことに……。大丈夫かな。

「桃花さぁ、ほんとにあいつのこと好きなの?そんなに脅えて」
 翔は私の気持ちを簡単に言い当てる。
「好きじゃないよ。でもお父様には逆らえないから。この人と結婚するしかないの」
「それで……幸せ?」
 幸せなわけない。でもなすすべもない。
「まさか……でも……どうにもできないから……。誰にも何も……言わないでね」

「さぁついたよ。ここが桃花の家だ」
「すごっでっかい家だな。さすが倉前財閥……」
「どうぞあがって」
 いやな予感がする。孝介さんが翔を家に招くなんて。何か……いやなことが起こる気がする……。

「お父様ただいま帰りました」
「おかえり桃花。おや孝介君も一緒じゃないか。っと……誰だ?」
「クラスメートの飛来君です」
「桃花の友達って言うから連れてきちゃいました」
「友達!?男じゃないか」
「やっぱりそう思いますよね。本当は何が目的だ?金か?」
「なっどういう意味だよ」
「桃花をおとしてこの家の財産を持っていく気なんじゃないのか?」
「孝介さん、翔はそんな人じゃありません」
「かばうのかい桃花。まさか僕って人がありながらそいつを好きになったりしてないよね?」
「なっ……そんなこと……ありません」
 やだこんなの……。翔に嫌な思いさせちゃうよ。
「だよね。桃花は僕と結婚するんだものね。だからお前みたいな友達目障りだよ。桃花と関わらないでほしいな。お父さんもそう思うでしょう?」
「そうだな。桃花こんな奴と友達になるんじゃない」
「そんな……」
 やっぱりそう言うんだ。私の気持ちは考えもしてくれない。
「そばにいるからいけないんだな。だったらこいつを退学に」
「何言ってるんですかお父様!翔は何も悪いことしてないのに……」
「私たちには有害だよ。桃花いいだろ?」
「いい加減にしろよ。好き放題いいやがって。それに桃花のこと縛り付けて。もっと桃花のこと考えろよ」
「なんていう口を利くんだ。今すぐ退学にするぞ」
「退学なんて怖くねーよ。それよりこんな奴との婚約解消してやれよ」
「翔……」
「桃花はそんな奴好きじゃないって。でも仕方なくやってんだよ。桃花のことを思うなら解消してやれ」
「何を言うんだ。いまさら解消なんかできるか」
「桃花も自分の気持ちちゃんと言えよ!このままでいいのか?ずっと束縛されたままでいいのか?」
 私の気持ちを全部伝えてくれた。そして背中を押してくれた。このままじゃ幸せになんてなれない。
「よく……ない。私は……孝介さんとは……結婚したくありません」
「桃花、親が大事ではないのか?私に逆らう気なのか?」
「それは……」
 逆らえない。どうしたって勝てない。
「そうだよな。桃花は私の言うことは何でも聞いてくれるよな」
 やっぱりダメなのかな。逆らう勇気がない。
「子供はおもちゃじゃない。あんたのいう通り生きたって幸せにはなれないんだ。桃花の気持ち聞いてやらないって言うんなら俺は桃花を攫っていく」
「ばかなことをいうな。それなら警察を呼ぶだけだ」
「桃花が来たいって言ったら警察呼んでもむだだと思うけど?」
「言うはずないじゃないか。お前みたいな男についていくわけないだろ」
「桃花どうする?」
 ここで一緒に行かなかったらもうきっと一生このままだ。ずっと縛り付けられたままで……そんなの……ヤダ。
「私は……翔についていく」
「なら問題ないね。行くよ桃花」
「あっこら待て!」

 二人でどこまでも走った。追ってくる人たちに捕まらないようにどこまでも。
 そしてたどり着いたところは海。
「ここ……」
「この前来たとこだよ」
「翔……ありがとう。外に連れ出してくれてありがとう」
「君にかごは似合わない。もっと自由に空を飛んでいいんだよ」
 あの時の……言葉。何で私に……。
「覚えてる?初めて会ったとき俺が言っていた言葉」
「うん……」
「あの鳥と桃花は似てるよ。空を自由に飛ぶことを奪われてしまった鳥。すごく寂しそうな目をしてるんだ。だから空に放してやった。そしたらいきいきと飛んで行った。桃花ももっと自由になればいい。桃花にはかごより空のほうが似合うよ。怖いなら俺が一緒に飛んでやる。いつでも桃花のそばにいてやる」
「なん……で……。そんなこと……言えるの?いつでもそばにいるなんてそんなこと……」
 すごくうれしいのに不安のほうが先立って言葉に出てくる。
「桃花のことが好きだからだよ。どっちかっていうと俺が桃花のそばにいたいんだ。迷惑ならやめるけど」
「迷惑なんてそんな……思うわけないじゃない。私だって翔のこと……好きなんだから……」
 涙をこらえられなかった。嬉しくて嬉しくて涙は止まらなかった。
「桃花」
 翔はそっと抱きしめてくれた。そして優しいキスをくれた。幸せな時間が流れていた。何もかも忘れて……。
「何やってるんだ!」
 急に現実に引き戻された。そうまだ問題は解決してはいなかった。
「桃花。僕という人がありながらそんな奴と。許せない」
 でももう負けないよ。せっかく幸せを見つけたんだ。もうそれを壊すようなことはしたくない。だったら全部伝えるしかない。
「お金が目当てなのは……孝介さんのほうじゃない」
「な……」
「お父様だってそう。お金のために私と孝介さんを結婚させる気なんでしょ?そんな家に……私は戻らない!」
「何を言っているんだ桃花。そんなこと言ってこれからどうするつもりだ」
 考えてなかった。確かに家を出ても行くとこなんて……。
「心配ないさ。俺がどこまでも桃花をつれていく。俺が桃花を守る。婚約を解消して桃花を自由にするか俺がこのまま桃花を攫うかどっちかだ」
 翔は強い。私にはきっとずっと出てはこない言葉だ。
「……わかった。婚約は解消しよう。もう束縛もしない。だから戻ってきてくれ桃花」
 安心した。翔が守ってくれるっていってもそれでも不安はある。お父様のこの言葉を望んでいた。
「あともう1つ。翔を退学にしないでほしい」
「わかった。いいだろう。二人を裂くことは許されないみたいだしな。悪かった二人とも」
「やった。全部翔のおかげだよ。ありがとう」
「俺は自分の思うがままに動いただけだけどな」
 それでもいっぱいいっぱい助けてもらったよ、翔。
「お父様、日が沈んだら帰ります。先に帰っててください」
「あぁ。気をつけるんだぞ」

 みんなが帰って2人きり。海に沈んでいく太陽を見つめていた。
「なぁあの孝介って奴よくあんな簡単に引き下がったな。親父のほうはまぁわかるけど」
「だって孝介さんの家のほうが小さいもの。お父様にああ言われたら引くしかないわ」
「ふーん。まっこれで安心して桃花と付き合えるわけか」
「翔、大好きだよ」

 いつの間にか通じ合っていた心はずっとはなれることはないだろう。

 この大空を飛ぼう。一緒に羽ばたこう。
 あの自由な鳥たちのように。翼に大きな夢と希望を託して。
 二人で自由にいつまでも、どこまででも。
 遥かなる空へ。