難愛の森
| 難愛の森。 この森にはこんな伝説がある。ここで出会った男女は必ず困難な恋に落ちるというものだ。 しかしこの森の名前もこの伝説も時と共に消えてしまった。もう覚えている者はいない。 でもこの伝説は今もこの森に生き続けているのかもしれない――。 「空羅(くうら)様どこへ行かれるのですか?」 いつものように風流(ふうる)が問いかける。 「散歩」 「またですか?最近毎日行ってるじゃないですか」 「いいでしょ別に」 「よくありません。一人で城から出るなんて危険です」 「大丈夫よ。今まで何もなかったでしょ?」 「あってからでは遅いのです!」 「もうついてこないで。これは命令よ!」 城の出口のところでそう言い放ち私は外に駆けだした。 「あっ姫!……まったく、困った姫様だ」 そう言って一つ溜息をつく。 「どうかしたのか?風流」 「また姫が一人で外に……」 「ははは。まぁいいじゃないか」 「兄貴……そんなのん気な……」 毎日毎日退屈でいつからか散歩を始めた。最初はぶらぶらといつも違う場所を歩いていた。でも今は決まった場所に行っている。 森の中に一本大きな木、泉、花。なんだかそこにいると安心する、気持ちが楽になる。 そしてそこに行き始めて何日かたった頃。草原に寝ころんで木々の間から漏れるきらきらした光を眺めていた。少しうとうとしたところで大きな木の辺りからドサッという音がした。 「いてて」 その音にびっくりして起きた私は男の子と目があった。 「大丈夫?」 「あーうん。平気。寝てて木から落ちるなんて俺としたことが……」 「ぷっ」 思わず吹き出してしまった。 「なんだよ……」 「だって……クスクス」 私はしばらく笑いが止まらなかった。こんなに笑ったのは久しぶりだ。 「君、名前は?俺は海飛(かいと)」 私の名前を知らないなんて。そういえばさっきから敬語じゃなかった……。 「空羅だよ」 「空羅ね。確かこの国の姫も同じ名前だよね?」 「うん」 「俺最近引っ越したばかりでさぁ、あんまり知らないんだよね。あっもしかして空羅が姫?」 「……まさかぁ。名前が同じなだけだよ。姫がこんな所にいるわけないでしょ?」 「それもそうだな」 思わず嘘をついた。だって態度を変えられたら……嫌だったから。 今はそこの安心感よりも海飛に会いたくてこの場所に来ているのかもしれない。 「海飛いないの?」 いつも先に来ている海飛の姿が今日は見えない。 「いるよ」 「え?どこ?」 声は聞こえるが姿がない。 「ここ」 そう言った海飛は木から飛び降りてきた。 「あんまり遅いとまた木から落ちちゃうよ」 「木の上にいるからでしょ?」 「木の上の方が気持ちいいんだよ」 「ふうん」 「空羅も登るか?」 海飛が楽しそうに言う。 「無理だよ」 「大丈夫だって。ほら来いよ。手出して」 海飛はすぐに木に登ると私の手を引いた。 「わっ危ない落ちる!手放さないでぇ」 「暴れるな、本当に落ちるぞ。ほら大丈夫だからこっち向けよ」 海飛に言われ恐る恐る向きを変える。 「わっほんとだ。気持ちいい」 もう恐怖心はどこかへ消えてしまったようだ。風が気持ちよくて眠りたくなる気持ちがわかる。海飛が側にいてくれることに安心する。それと同時にドキドキする。 でもそのドキドキも心地いいのだ。初めてだこんな気持ち。たぶん海飛に……恋をしちゃったんだろうな。 「なぁ兄貴。やっぱ空羅様のこと時雨(ときう)様に言うべきかな?」 「ん?空羅様のことって?」 「一人で散歩に行ってること」 「んー……」 兄貴は考え込んでいる。それもそうだろう。兄貴は姫が一人で散歩に行っていることを悪いとは思っていない。俺も悪いとは思っていない。だけど一国の姫である以上、何が起こるかわからないのだ。 それに――。 「空羅様絶対についてこないでって言うし……。なんかあるんじゃないかって……」 「そんなに心配なら話してみるか」 「時雨様、空羅様のことでお話が」 王の部屋に行きそう告げる。 「なんだ星流(せいる)、風流。何かあったのか?」 その応答に兄貴が話しはじめる。 「空羅様がここのところ毎日一人で散歩に行かれているのです。危険ですからおやめくださいと言っても聞いていただけなくて」 「それに絶対についてこないでと言われてしまいまして……」 王は少しの間をおいて言った。 「……何かあるのかもしれないな。明日空羅のあとをつけて何をしているか報告しなさい。気づかれないようにな」 「はい」 「空羅様今日も行かれるのですか?」 「そうよ」 兄貴の問いにそう答える姫。俺は最後の注意をした。 「危ないですからおやめください」 「大丈夫だって言ってるでしょ。ついてこないでね」 空羅様はいつものように背を向け門から出ていった。少し離れて俺達も歩き出す。 「毎日どこに行ってるんだろう」 「これからついていくんだからわかるだろ」 「あんな毎日一人で行くなんてさ。なんかばれたらやばいこと隠してるのかな」 「疑うなよ風流」 「うん……。あっ森の中に入っていく……」 「こんなところに何があるんだ?……誰かいるな」 「誰だあの男……姫とどんな関係なんだ……」 少し姫の様子を見守ったあと兄貴が言った。 「風流そこにいろよ。時雨様に報告してくる」 「え?今行くのか?」 「あぁ」 「わかった」 何だか空羅様嬉しそう。あんな表情見たことないな。あの男はいったい何者なんだ。どうして森の中でなんて会っているんだろう。 「空羅」 海飛と話をしていると後ろから聞き覚えのある声が響いた。 「お……父様?どうしてここに……。星流、風流……つけてきたの?」 「空羅ここで何をしているんだ?」 何も答えられず黙っていると海飛が言った。 「空羅こいつら誰?」 「こら、敬語を使わないか。呼び捨てにするなんて失礼な」 「は?何がだよ。空羅に敬語使う意味ねぇだろ」 海飛の言葉にすかさず星流と風流が反論する。 「なんだと!?」 「やめて星流、風流」 「お前知らないのか?」 「やめて言わないで」 「空羅様はなぁ」 「やめてったら!」 「この国の姫なんだよ!」 強い風が森の中を駆けめぐり少しの沈黙が続く。今の風が風流の言葉を消してくれてたら……そう願ったが無理だった。 「うそ……だろ?だって空羅違うって……。あれは嘘だったのか?空羅どうなんだよ!?」 「だって……態度変えられたくなかったんだもん。姫だってわかったら……敬語使うでしょ?海飛にはそうされたくなかったんだもん……」 「空羅が敬語使うなって言うなら使わないよ。でも……嘘つかれたくなかったよ!」 「いい加減にしないか。空羅、話は城で聞く。来なさい」 「……はい」 空羅は父親に連れられて俺の前から立ち去った。止めることも何も出来なかった。もう……会えなくなるのかな。ここに来る意味もなくなるのかな。 「空羅、もう一人での散歩はさせるわけにはいかない。明日は泉樹(せんじゅ)王子も来るんだ。部屋でおとなしくしていなさい。わかったな」 わかるわけない。好きでもない人と結婚させる気なんだ。海飛……会いたいよ。親が勝手に決める結婚なんてうまくいくはずない。泉樹王子だって私と結婚したいなんて思うはずない。そう思っていた。 次の日泉樹王子はやって来た。最初はお父様と私と王子と王子の両親の五人で話をした。それから少しして泉樹王子が私を外へと誘った。ただぶらぶらと散歩をする。 そんな中、泉樹王子は切り出した。 「空羅姫、僕と結婚しましょう」 「え?何言って……」 その言葉に私は驚きを隠せなかった。そんな驚いた状態の中に次の言葉が響く。 「僕はあなたのことが好きになりました」 「……そよ……」 「え?」 「嘘よそんなの!欲しいのは私自身じゃなくて姫という私の立場でしょ?そんなの好きって言わない!結婚なんて……出来ないわ……」 ほんの少しの沈黙で泉樹王子は口を開いた。 「……確かに……きっかけはそうかもしれません。でも僕は本気であなたを好きになりました。だから諦めませんよ。あなたを手に入れるまで」 予想もしない言葉。今日一日で何が言えるの?私はあなたのことまだ何も知らない。泉樹王子だって同じじゃないの? それなのにどうして好きなんて言えるのよ……。 「まだ信じてはくれないみたいだね。今日はここで帰るよ。また会いに来る」 そう言って泉樹王子は私に背を向け歩き出した。 海飛……会いたい……。今はまだ泉樹王子と一緒にいることになってる。星流も風流もいない。お父様にはばれない。 太陽はまだ空にあった。あたりも赤く染まってはいない。この時間なら海飛いるよね。 「海飛……海飛いないの?」 森の中で私は海飛の姿を探した。本当にいないのかな……。もうここには来てないのかな……。 「空羅様!」 「風流……なんでここに……?」 「お帰りが遅いので心配になって探してたんです。途中で泉樹様に会いまして空羅様は帰ったと聞きました。でも城には戻られていないみたいでしたから……。ここにいるのではないかと思いまして。今日のことは時雨様には黙っておきます。だからもうこんなことはおやめください」 こんなことって……そんなに軽いことじゃない……。私の気持ちはどこにやったらいいのよ……。 「海飛に会いたいのよ。こんな状態で泉樹王子と結婚なんて出来ないわ」 後ろの大きな木のあたりでどさっという音がした。海飛が木から飛び降りてきたのだ。 「俺はもう空羅様に会う気ありませんけど?泉樹王子ってかっこいいって噂じゃないですか。結婚したら幸せにしてくれるんじゃありませんか?」 「海飛……」 「空羅様が来るなら俺はもうここには来ません。嘘つくような方に会いたくありませんから」 「……わかった。もう……こないから……。ばいばい」 「あっ空羅様!」 姫は走ってこの場から立ち去った。姫は泣いているように見えた。 「お前……姫になんてこと言うんだよ!」 「いいんだよ。この方が諦められるだろ?それにお前だって俺がいない方がいいんじゃないのか?」 「どういう意味だよ……」 「空羅のこと好きなんだろ?」 「なっ……そんなことあるわけないだろ。俺はただのボディーガードだよ。身分が違いすぎる……」 「身分違ったら好きになっちゃいけないわけ?頭固いな。好きになっちまったらそんなの関係ないだろ」 本当は俺だって気にしてる。 今の言葉は自分への暗示。空羅を奪えるっていう暗示。 「空羅、泉樹王子との結婚を断ったらしいな。なぜだ?」 城に戻るとすぐにお父様につかまった。この質問に本当の気持ちをぶつけることは出来なかった。 「私にはまだ結婚は早すぎます」 「そうか、早いか。まだ16だしな」 お父様はこの答えはすんなり受け入れてくれた。でも別に歳なんて関係ない。海飛のことが好きだから……。好きでもない人となんて結婚したくないから。 「空羅様、泉樹王子がいらしてます」 「うんわかった。今行く」 泉樹王子はあれから三日に一度は会いに来る。あの時言ってくれた言葉は本当なのかなって思ってきてる。 「空羅姫、まだ僕と結婚する気にはなりませんか?」 「結婚は……まだ早いよ。この歳で結婚なんてしたくない」 「それって……僕のことは認めてくれたってこと?」 もう海飛のこと……考えてちゃダメだ……。忘れなきゃいけない……。 泉樹王子なら……忘れさせてくれるかもしれない。 「う……ん……」 「なら婚約しましょう。それで空羅姫が結婚してもいいと思ったら結婚しましょう」 もう……断ることは出来ない。まだ結婚じゃない。 「それじゃお父様のところに来てくれる?報告しなきゃいけないから」 本当はまだ海飛のことが頭に……心に残ってる。 でももう忘れよう。 「おぉそうか。婚約するのか」 報告をしに行くとお父様は嬉しそうに言った。 「それなら婚約パーティーをしよう。星流、風流準備を始めてくれ」 「おめでとうございます。空羅様、泉樹様」 「空羅様、ちょっといいですか?」 「うん?何?風流」 風流は私を外に呼び出した。 「本当にいいのですか?海飛のこと……好きじゃなかったのですか?」 風流はまじめな顔で言った。 「忘れるためよ。泉樹いい人だし……忘れさせてくれるかなって」 「そうですか。空羅様が幸せならもう何も言いません」 幸せ……。幸せに……なれるのかな本当に……。 「おい海飛いないのか?」 「いるよ」 「どこにいるんだよ」 「木の上」 そう言うと海飛は木から降りてきた。 「何の用だよ」 「渡したい物がある」 「渡したい物?」 「これだ」 そう言って俺は海飛に一枚の紙を差し出した。 「招待状……空羅の婚約パーティー?」 海飛がその紙を見て驚きの声を上げる。 「時雨様が海飛に渡せって。海飛が空羅様のことを祝福すれば空羅様も本当に諦めるだろうって。空羅様はこの歳で結婚は早いって言ってるけど。本当は海飛のことが頭にあるからだと時雨様が。婚約ならやめられるって思っているのかもしれない。だから本当に諦めさせるために……」 俺は時雨様に言われたことを海飛に伝えた。海飛の表情は曇っている。 「気が向いたら……行くよ」 その言葉を聞いた風流はこの場から立ち去った。 空羅……この前あんなこと言ったからこんなことに……。婚約なんてそんな……。婚約パーティーの日に好きだなんて言えるわけない……。 空羅……俺まだ自信ないよ……。 それから時はすぐに過ぎ、婚約パーティーを迎えた。 「海飛……何でここに……」 パーティー会場の中で海飛の姿はすぐに目に入った。 「招待されたんです。婚約おめでとうございます、空羅様」 「あっありが……とう……。楽しんでいってね……。じゃぁ」 考えないようにしてたのに……こんなのって……。海飛……やっぱり敬語だったな。本当にもう……。 「空羅こんな所にいたのか」 テラスで海飛のことを考えていると泉樹の声が響く。 「どうかしたのか?こんなめでたい日にそんな顔して」 「何でもないわ……」 ダメだ……海飛のこと考えちゃダメだ……。 「きゃっ……ちょっと何するのよ泉樹!離してってば!」 いきなり泉樹は私を抱きしめた。 「婚約したっていうのに抱きしめたくらいで暴れるなよ。僕のこと受け入れたから婚約したんだろ」 泉樹はそう言うと私にキスをしようとした。 「やめてっ!いや――っ」 その瞬間体を後ろに引っ張られた。 「いやがってるだろ。離せよ」 「海……飛……」 「なんだお前」 「この国の国民だけど?」 ピリピリした空気が辺りを包む。 「ただの国民が次期王に逆らうっていうのか?」 「国民が姫を守って何が悪い」 「守る?僕達は婚約してるんだ」 「でもいやがってただろ」 「恥ずかしがってるだけだ」 「そうかなぁ。あんなに叫んでたのに?」 「海飛!ここで何をしてる」 星流と風流が私達に近づいてくる。 「風流こいつを城から追い出せ」 「え?どうかしたのですか?」 「僕に逆らった。それにお前、空羅のこと好きなんじゃないのか?」 海飛は顔色一つ変えずに答える。 「ふざけたこと言うなよ。誰がこんな嘘つくような奴」 「お前また姫に失礼なことを!」 その言葉に風流が叫ぶ。その風流を制し、泉樹は落ち着いた声で言った。 「海飛とか言ったな。この国から出ていけ」 「ちょっと!何言うのよ泉樹」 「こんな失礼な奴いらない。今すぐ消えろ」 その言葉にも海飛は焦った様子は見せなかった。 「はいはいわかりましたよ。空羅様、お幸せに」 「か……」 そこで私の声は詰まってしまった。涙が出そうになってその先は言えなかった。 海飛は振り返ることさえしてくれなかった。 私は部屋に駆けていった。 「空羅様!?」 三人も部屋まで着いてきた。 「空羅様どうなさいました?パーティーは……」 「星流……着替えてることにしといて……」 「……わかりました」 星流が部屋から出ていく。こんな顔じゃパーティー会場に戻れない。目の中から涙が今にも溢れそうだった。 「泉樹は悪いけど……出てって……」 少しの間があったが泉樹が部屋から出ていった。 「姫……」 部屋に残っていた風流が私に近づく。 「何でこんなことになっちゃったのかな……。海飛……本当に……出て行っちゃうのかな……。もう……ヤダ……」 涙はもう抑えきれず目の中から溢れだした。 「姫……海飛のことはもうよしましょう。国からは出て行かなくてもすむようにします。泉樹様にはまだそんな権限ありませんし。時雨様が出ていけなんて言わないようにしますから」 風流は優しい声でそう言った。私は涙をぬぐった。 「ありがと……風流。着替えるから外で待ってて」 「はい」 空羅様の涙を見たのはどれくらいぶりだろう。小さい頃にはよく見ていた気がする。でももうずっと見ていなかったのだ。 本当に海飛のことを想っているのだろう。 あの強がりな空羅様が泣いてしまうのだから――。 「風流ちょっと来い」 空羅様の部屋から出ると泉樹王子と兄貴が待っていた。 「何ですか泉樹様……」 泉樹王子の表情から俺は少し不安になった。 「お前には今日で空羅のボディーガードをやめてもらう」 「えっ……」 突然の言葉に俺はそれ以上言葉が出てこなかった。 「どういうことですか!?風流をやめさせるなんて」 「好きなんだろ?空羅のこと。そんな奴がボディーガードなんて困るな」 しっかりしなきゃ。どうにもならないことはわかってる。自分で婚約決めたんだからしっかりしなきゃ。 「風流?」 部屋の外で待っているはずの風流の姿が見あたらない。先に行っちゃったのかな……。そう思っていると廊下の曲がり角から声が聞こえた。 「今日中に荷物をまとめて城から出ていけ。わかったな風流」 「はい……」 その言葉を聞き急いでその場に向かう。 「泉樹どういうことよ!何勝手なことばかり言ってるの?まだ婚約は成立してないのよ。あなたにそんな権限ないわ!」 「してるよ。僕には次期王の権限があるんだ」 「なっ……うそ……」 どういうことよそれ……。だってまだパーティーしているだけ。発表も何もしていないのに……。 「先に会場戻ってるよ。早く来なね」 「俺も先に行ってます。話は風流としてください」 風流をやめさせるなんて嫌だ……。 「風流大丈夫だからね。泉樹があんなこと言ったって風流は私のボディーガードだもん。私がやめさせないから」 「無理です……」 「大丈夫よ!絶対にやめさせない」 「俺の気持ちを知ったら時雨様だってやめさせますよ……」 少し淋しそうな……それでも笑顔で風流は言う。 「ボディーガードを解任されたから言わせてもらいます。俺は……空羅様のことが好きです」 「えっ……」 優しい顔と真っ直ぐな眼差し。風流の真剣さが伝わってくる。 「俺と一緒にいてほしいとは言いません。でも……幸せになってほしいのです。泉樹王子と婚約して幸せですか?海飛のこと好きなんでしょう?このままでいいのですか?」 「でも……海飛は迷惑がって……」 「あんなの嘘ですよ。本当は空羅様のこと好きなんです。言えないだけです。素直に言えないだけです。海飛、まだ城に残ってるんです。今言わなくて後悔しませんか?」 後悔……しないわけない。このままじゃ泉樹と結婚して……。今伝えなかったらもう一生――。 「どこ……どこにいるの?」 ――海飛に伝えることは出来ないんだ。 「噴水の所で待っていてください。連れて行きますから」 そう言って俺は走り出した。 俺の気持ちは伝えた。それだけで充分だ。空羅様が幸せになれるなら俺は諦められるから……幸せだから。 俺が最後に出来ること。それは空羅様を幸せの道に導くことだけだ。 どうして素直に伝えることができないのだろう。空羅のことが好きなのに。傷つけてしまう言葉しか出てこないんだ。自分の気持ちと反対の言葉ばかり出てくる。今日伝えなかったら……もう伝えることはできないのに。奪うことができなくなってしまうのに。 本当の気持ちを伝えることができない。 「海飛!」 そんな思いが頭の中を駆けめぐる中、風流の声が聞こえた。 「なんだよ」 「空羅様に言いたいことがあるんじゃないのか?だからまだ残ってたんだろ?」 本当の心を見抜かれまた違う言葉が飛び出す。 「……今から帰るんだよ。じゃーな」 風流なら空羅の居場所を知っているというのに。 その相手に背を向け門の方へ歩き出す。 「俺は空羅様に幸せになってほしいんだ!あんな金や地位のことばかり考えてる奴に渡していいのか?」 風流の声に俺の足は止まった。 「じゃぁお前はどうなんだよ?」 お前だって空羅のこと好きなくせに……。 「俺の気持ちは伝えたよ。……俺じゃ空羅様を幸せにできない。お前じゃなきゃダメなんだ!いい加減素直になれよ。空羅様、海飛が来るの待ってるんだ!」 「俺で……本当に幸せにできるのか?俺は何も持ってない……」 空羅と俺は全然身分が違う……。泉樹王子が持っていて俺が持っていない物はたくさんあるんだ。 「身分なんて関係ないって言ったのはお前だろ?自分が一番気にしてんじゃねぇか。空羅様を思う気持ち……今の空羅様にはそれだけで充分だ。それともその気持ちさえもないって言うのか?」 空羅を思う気持ち……。それは捨てたくても捨てられなかったもの。その気持ちは今でも誰にも負けないって言える。 「ちゃんとその気持ちはあるんだろ?だったらもっと自信持てよ。お前が空羅様を幸せにしてくれなきゃ俺が諦める意味がない。お前だったら空羅様を幸せにしてくれるって思ったから諦めようと思ったんだ」 「俺で本当に幸せにできるんだな?」 「それは自分の心に聞けよ。空羅様は噴水の所にいる」 「……お前いい奴だな」 俺はそう言うと空羅の元へ駆けだした。 一番大事なこと忘れるとこだった。表面ばかり気にして奥にある大切なものを見てなかった。心の奥にある空羅を思う気持ち、埋めてしまうとこだった。 「空羅」 その呼びかけに不安そうな顔で振り返る空羅。俺がずっと傷つけていたためだろう。 「海飛……私――」 「俺、空羅のこと好きだよ。たぶん……出会ったときからずっと。もう……遅いか?」 空羅の目から涙がこぼれ落ちる。 「ううん。遅くない……遅くなんかないよ。だって……海飛以外のこと考えられないもん……」 「空羅……今までごめんな、ひどいこと言って。もう絶対……離さないから」 そう言って俺は空羅を抱きしめた。 やっと伝えられた本当の気持ち。もう絶対に空羅を傷つけない。 俺は空羅にキスをしようとした。空羅はそれを受け入れようとしていた。 「そこまでだ!」 それを止めるように泉樹の声が大きく響く。 「泉……樹……」 私達はお父様と泉樹、それにたくさんの兵士に囲まれていた。 「お前一国の姫に手を出してただですむと思うなよ。僕の婚約者に手を出すなんて絶対に許さない。風流も僕に逆らうなんて許せないね」 「二人とも今すぐ城から出ていきなさい」 すぐにお父様の命令が下る。 「お父様!」 「待ってください!」 後ろから風流の声が聞こえる。 「俺のことはかまいません。でも海飛のことは許してやってください。空羅様と海飛は愛し合っています。その二人を引き裂いていいのですか?空羅様の幸せを考えるのなら海飛とのことを認めてあげてください!」 でもお父様は風流の言葉を聞こうとはしなかった。 「星流はどうする?私と泉樹の言うことを聞くのなら城に残してやろう」 「残らせてください」 星流は即答した。 「そうか。それならあの二人を追い出しなさい」 「はい」 「やめて!私は海飛と一緒にいたい!風流だってやめさせたくない!」 「空羅様は泉樹様とパーティー会場にお戻りください。風流と海飛はこっちだ。来い」 星流も私の言葉にはかまわず海飛と風流を連れて行こうとする。 「空羅!」 海飛は抵抗するが兵士に囲まれて逃げることはできない。私もそれは同じだった。結局、私はすぐにパーティー会場に連れて行かれた。 「兄貴……まさか王の味方するなんてな」 「そんなことするわけないだろ」 兄貴が耳元で言う。 「空羅様と海飛は必ずくっつけるよ。お前は心配しないで待ってろ」 「……わかった」 婚約は親が勝手にすませていた。抗議したけど聞いてもらえなかった。星流は城から出ることを許してくれなかった。 あれから何日たっただろうか。海飛に出会う前と同じ退屈な日々。 「空羅」 一つ変わったことは泉樹がいること。 「またそんな顔して。いい加減に心開いてくれないかなぁ」 「だましたくせに何言ってんのよ」 「だました?」 「私の知らない間に婚約すませてだましてないって言えるの?」 「空羅は僕のことを認めたんだろう?あの時点で婚約は成立したんだよ。あれはみんなに知って貰うためのパーティーさ」 そう言われてはどうすることもできなかった。もう本当にどうすることもできない。せっかく海飛の気持ちを知ることができたのに。一緒にいることはできないんだ。 突然、泉樹が私を後ろから抱きしめる。 「やだっ、何すんのよ!」 「いい加減僕の物になれよ。空羅」 泉樹の物に?そんなの……。 「あなたの物になんか絶対にならない!」 絶対嫌だ。海飛の気持ち知ってるのに泉樹の物になんかなれない。 「わがままだね」 そう言って泉樹は私の体をダンッと廊下の壁に押しつけた。泉樹の声のトーンがそこから急に変わった。 「それだったら無理矢理僕の物にするしかない」 そして唇を奪おうとする。 泉樹の声と壁に押しつけられたことで私の体は動かなかった。いつもと違う様子の泉樹に恐怖心を感じたためだ。 「やめて――っ」 どうにかその声が出せた。 「空羅様!?」 その声を聞きつけ星流がその場に現れる。そのことで泉樹は私から手を離した。私はすぐにその場から逃げ出した。 「星流……よくも邪魔をしてくれたね。僕達は婚約しているんだよ?キスをすることに問題があるって言うのかい?」 「すいません……邪魔をするつもりは。ただ空羅様の悲鳴が聞こえたもので……」 泉樹王子は軽く溜息をついた。 「まぁいいよ。空羅もこれでわかっただろうし」 そう言って自分の部屋の方へと歩き出した。 やばいな……泉樹王子のこの行動。でも逆らうわけにはいかないし。空羅様……お願いだから諦めないで。 まさかあんなことするなんて……。やだよ……泉樹の物になるなんて。 ふと窓の外を見ると海飛の姿を見つけた。 海飛……会いたい――。 急いで部屋から飛び出した。 「空羅様、どこへ行かれるのですか?」 「どこでもいいでしょ。ほっといてよ」 「そうはいきません」 「どうせ門からは出られないんだから文句言わないでよ!」 そう言って空羅様は走り出した。やっと強行突破する気になったかな。窓の外に海飛の姿が目についた。 あぁ、海飛が来てるのか。俺は手伝えないから……うまく抜け出してくださいね空羅様。 門からは出られない……。絶対に兵士達が出してくれない。門以外から出るとしたら――。この壁越えるしかないかな。 「よっと、けっこう簡単なものね」 「一国の姫ともあろう人間が何してんだよ」 壁の一番上まで上り地面に飛び降りると声が聞こえた。 「海飛」 「そんなことして見つかったらどうするんだよ。それに危ないだろ」 「だって窓から海飛のこと見えたから……会いたくなったんだもん。でも門からは出られないし壁越えするしかないと思って……」 海飛は私の頭をぽんっと軽くたたいた。 「とにかく場所変えよう。見つかったらやばいだろ」 行くところはもう決まっている。海飛と出会った森だ。人目につかないし落ちつく。 二人の大事な場所。 「あれ?風流なんでここにいるの?」 森の中の大きな木の根本に寝っ転がっている風流を見つけた。 「空羅様こそ……」 風流が起きあがって答える。 「脱走してきた」 「脱走って……よく門の兵士に見つかりませんでしたね」 「壁越えしたから」 「あぁ壁越え」 その言葉を自分で口にして驚いたように風流が言う。 「……壁越え!?姫!そんな危ないことはおやめください!」 「大丈夫よ。けっこう簡単だったし、落ちたとしても死にはしないわ」 「ケガしたらどうするんですか!」 「それくらい問題ない。それよりなんでここにいるの?」 「ここに住んでるから」 私の質問に海飛が答える。 「えっ!?海飛も風流も家ないの?」 「冗談ですよ姫……そんな嘘信じないでください」 私の言葉に風流が言った。 「海飛、嘘ついたわね」 「空羅だって俺のことだましてたじゃん」 「あっ……」 「そんな顔するなよ。別に責めるために言ったわけじゃない。もう気にしてないし」 そう言って海飛は私の髪をなでた。 「ここにいるのは海飛を励まそうと思ったからなんです。落ち込んでるんじゃないかと思って」 「お前の方が落ち込んでたけどなぁ。励ましに来たはずが慰められちゃって。覚悟決めてあんなことしたはずなのにねぇ。本当に追い出されたらどうしようもなくなっちゃったってやつ?」 海飛がからかうにように言った。 「海飛は何でそんな平気なんだよ。辛くないのか?」 「んー……思いは通じあってるんだ。だったらどんな手を使ってでも攫おうと思ってたし。落ち込んでたってしょうがないだろ」 「海飛ってなんかすごい。私落ち込んでるだけだった。海飛がそこまで思ってくれてるなら早いとこ星流なんて踏み倒してくるんだった」 「踏み倒すって……恐いなぁ空羅は」 海飛が笑いながら言う。 「だってそのくらいしないと逃げ出せないもん」 空羅様が少し切なそうな表情を浮かべて言う。 「ねぇ……三人でどっか行こうか」 「ん?」 「誰も知らない場所へ三人で行こうか。ここにいたらいつまでたっても幸せになれる気がしないよ。だから幸せになれるところに行きたい。誰にも文句言われずに海飛と一緒にいられるところに行きたい」 こんなこと言い出すなんて。海飛と離れていることは空羅様にとってすごく辛いことなんだ。 「そんなとこへ行かせませんよ、姫」 「星流……何で……」 「ずっとついてきてたんですよ」 兄貴……空羅様と海飛は必ずくっつけるって言ってたのにまだダメなのか?まだ空羅様に辛い思いを――。 「やっ……やだっ。城になんか帰らないから!」 「空羅何を言い出すんだ」 「お……父様……。星流……お父様まで連れてきたの?」 「いやっ俺は――」 「ひどいよ!何で私は人を自由に愛しちゃいけないの?お父様はお母様と結婚したじゃない。身分が違ったって結婚したじゃない!お母様が生きてたら……おじい様がいたらきっと私と海飛のこと認めてくれるわ!」 空羅様は涙を零しながら言った。少しの間、誰も何も言えなかった。 あたりには木々のざわめきと、空羅様の泣き声だけが響いていた。 「そのとおりだ。わしは二人の愛を認めるぞ」 時雨様や兵士の後ろからその声が聞こえた。その声にみんな振り返り、道をあける。 「おじい様……」 「いっいつ戻られたのですか」 時雨様は動揺しているようだった。空羅様は驚きのためか涙が止まっていた。 「もうけっこう前じゃよ。時雨、お前には王をやめてもらう。わしが王に戻ろう。空羅が結婚してその相手に任せられるときが来るまでわしが王じゃ」 「そんな……」 「お前は変わってしまっている。わしの娘が愛したときの時雨じゃない。一人娘の幸せすら考えられない奴に、この国を任せるわけにはいかん」 「ちょっと待ちなよ」 今まで黙っていた泉樹様が口を開いた。 「空羅は僕と婚約しているんだ。今更それを解消することはできないよ。いくら大王様がそう言っても空羅と海飛は結ばれない。そんなの僕が許さないよ」 そう言う強気な泉樹様に大王様は歩み寄った。 空羅様は今の言葉で悲しそうな表情を浮かべていた。 「君が空羅を傷つけた婚約者か」 「僕が空羅を傷つけた?」 「廊下の壁に体を押しつけ、無理矢理唇を奪おうとした。そんなことされた空羅が傷ついてないと思うのかい?」 「何でそれを……」 「そんなことする奴が王になるなんて国民は認めないだろう。君が婚約を解消しないと言うのならば君の国の国民にこのことを話そうか」 「……わかった」 泉樹様より大王様の方が圧倒的に強かった。 今まで木に寄りかかり何も言葉にしなかった海飛が空羅様のもとへ歩いた。 「それじゃ認めてもらえたわけだし、改めて。俺は空羅が大好きだよ。結婚してほしい」 「かっ……こんな所で……」 「嫌だった?」 空羅様は首を横に振った。 「嫌じゃない。私も海飛のことが大好きだよ」 そう言って空羅様は海飛に抱きついた。 「姫……こんな人前で抱きつかなくても……」 「あっ……」 「いいじゃん別に。やきもちか?風流」 「ちがっ……そんなんじゃ……」 「あわてちゃってあやしいなぁ」 海飛はぎゅっと空羅様を抱きしめた。 その腕の中で空羅様はすごく幸せそうな顔をしていた。 それから数日後、空羅様と海飛の結婚式が行われた。時雨様は王を解任され、泉樹王子との婚約も解消した末のことだ。ボディーガードを解任され、城から追い出されていた俺も戻ってきていた。 純白のウエディングドレスに包まれていつも以上にきれいな空羅様。国民に祝福されながら恥ずかしそうに海飛と誓いのキスをした。二人の愛がみんなに認められた瞬間だ。 式が終わりテラスで空羅様がふとつぶやく。 「なんでおじい様はいきなりあの森に現れたんだろう」 「俺が教えたんですよ」 その言葉に兄貴がこたえた。 「え?」 「姫と海飛が森で会っているのがばれた次の日にたまたま街で会ったんですよ。ちょうどその日戻られたみたいです。それで姫と海飛のことを話したら帰っていることを秘密にしてほしいと言われました。そのあとずっと姫と海飛のこと話してたんです。二人が本当に愛し合っているのか確認したいと言われまして」 おじい様に報告してた?それじゃぁ星流は――。 「星流はお父様の味方についたわけじゃ……」 星流はにっこり微笑んで言った。 「俺はいつでも姫の味方ですよ。でも空羅様のそばにいなかったら大王様に報告ができない。だから時雨様の味方についているように思わせるしかなかったのです。本当ならすぐにでも海飛と会わせてあげたかったのですけど……。それが時雨様にばれたら俺も城から追い出されちゃいますからね。あの日は空羅様と海飛をくっつけに行ったのですけど……。まさか時雨様が来てしまうとは思いませんでした」 「私……ずっと星流のこと誤解してたんだ……」 お父様の味方につくなんてひどい奴だって思って……。本当はこんなにもがんばってくれてたのに。 「無理もないですよ。あの時の空羅様から見れば敵にしか思えませんから。風流には言ってあったんですけどね。空羅様と海飛は必ずくっつけるから心配しないで待ってろって」 「でもこいつすごい落ち込んでたぜ?」 今まで黙って話を聞いていた海飛が口を開いた。 「それは失恋したからでしょう」 「兄貴!」 風流が顔を赤くしながら言う。 「本当のことだろう?」 「ふぅん。それじゃこれから大変だなぁ。毎日やきもちやきまくりか?」 「なっ……そんなこと……」 「そうかなぁ?」 風流をからかうために海飛は私を軽く抱きしめる。 「海飛!こんなとこでベタベタすんな!」 「おいおい、次期王にむかってなんて口のききかただ」 「お前が王ってガラかよ……」 「それでもなるんだよ。空羅と結婚したんだから。あんまり言うとクビにするぞ?」 「う……」 二人のやりとりを見ていると笑ってしまう。 本当は風流の純粋な気持ちを笑うなんていけないことなのだろうけど。 「空羅様……そんなに笑わないでくださいよ」 「風流、俺のおもちゃになるか?」 「ならねぇよ!」 「風流にはきっといい人が現れるよ。私よりも何倍も何十倍も素敵な人がね。風流はすごく優しくて嘘がないから絶対に幸せになれる」 「空羅様……ありがとうございます」 本当は風流をふった私なんかが言う言葉じゃないかもしれない。でも風流には幸せになってほしい。 私が幸せになれるようにがんばってくれたのだから。 「ねぇ海飛、あの森に行こうよ」 「いいよ」 「二人で行く気ですか?危険ですからおやめください」 風流は今までと変わらずそう言った。 「俺がいるから平気だって」 「海飛も王子になったんだから危険なんだよ」 「いいじゃん。気にするな。それに王子だなんて思ってないくせに」 「海飛様、おやめください」 「うわっ気色悪い」 「このやろう……」 結局何言っても文句言うのかよ……。 「海飛、風流なんてほっといて行こう」 「そうだな」 そう言うと二人は走り出した。 「あっ姫!もう……」 「まぁいいじゃないか」 「兄貴……だからそんなのん気じゃダメだって……」 難愛の森。 この森にはこんな伝説がある。ここで出会った男女は必ず困難な恋に落ちるというものだ。そしてその困難を越えて結ばれた二人は必ず幸せになれる。この先どんなことがあろうとも決して壊れない。二人一緒ならすべて乗り越えられるから。 この伝説を覚えている者はいない。 でもこの伝説はずっとこの森に生き続けるであろう――。 |