空色ノート
| 私は叶わない恋をしている。“叶わない”というよりは“叶ってはいけない”恋。私が今恋をしている相手。それは親友の彼氏だ。 しかもその2人をくっつけたのは私である。そのころは好きじゃなかったから。いや好きだったかもしれない。でも自分では気づかなかったから。 その時彼には中学からの友達という感情しかなかった。2人をくっつけたすぐあとだ。この思いに気づいてしまったのは。なんてバカなことをしたのだろう。こんな思い気づかなければよかったのに。こんな思いとっとと消えてくれればいいのに。 この思いはしまおう、消してしまおう、閉じ込めてしまおう。 でも心の中には無理だ。辛すぎる。 だからこの『空色ノート』にすべてをしまってしまおう。 彼――芝崎巽(たくみ)を好きになったきっかけはこのノートだと思う。今、芝崎への思いを書いているこのノートをもらった日。ただその時はまだそれが恋だってわからなかったんだ。 この時彼と親友――狛江舞子はまだ付き合ってはいない。ただもう舞子には協力してと頼まれていた。芝崎とは同じクラスだし中学のときから一緒のためよく話もしていた。 だからこそ舞子は私に頼んだのだ。 その日芝崎の机の側を通った時ふと机の上に置いてあるノートが目に入った。 「わぁ、きれい。空色だぁ」 思わず声が出てしまった。その声が聞こえたらしく芝崎は言った。 「清野、空好きなの?」 「あっうん。すごいきれいだね、このノート」 「俺も空好きなんだ。それあげるよ」 「えっ!?いいよそんなの。悪いもん」 「俺使わないからさ。こんなきれいなノートもったいない」 「でも……いいの?」 「あぁ」 「ありがと」 いつもケンカばっかりしていたような気がした。それなのにこの日はなんだか優しくて――素直でドキッとしたのだ。 それから数日後、芝崎と舞子は付き合い始めた。 「ねぇ、芝崎って好きな子いないの?」 「なっいきなりなんだよ」 「ねぇいないのぉ?」 「……いない」 「じゃぁ彼女ほしいと思ったことは?」 「……あるけど……」 「クラスで1番もてる子に告白されたら嬉しい?」 「そりゃまぁ……」 「そっ。ありがと。じゃね」 「そって……なんなんだおい!清野!」 舞子はこのクラスで1番人気のある女の子だ。はっきり言って芝崎にはちょっともったいないかもしれない。でも舞子が幸せになれるならと思いひきうけた。 「舞子」 「岼奈(ゆりな)どうだった?……芝崎君……やっぱり好きな人いるって?」 「いないって。クラスで1番もてる子に告白されたら嬉しいって言ってたよ?」 「えっ……なっ……」 「だって舞子ほんとに人気あるんだよ?自信もちなって」 「うん……。言って来る」 舞子の告白を芝崎はOKした。舞子は私に何度もありがとうと言った。 それから芝崎と舞子が一緒にいるのをよく見ている。そして日に日に私の胸は苦しくなっていった。どんどん締め付けられていった。 芝崎と舞子が一緒にいるのを見るたびに。 『空色ノート』を見るたびに。 そして私は芝崎を好きだって気づいたのだ。今さら気づいても遅いのに――。 どんどん苦しくなっていってしょうがなかった。誰にも言えない――自分の中に抑えなきゃいけないと思うと余計に。 どこかにこの思いをぶつけたかった。どうしようもない思いを沈めたかった。でもどこにもぶつけようがなくて――このノートに書く以外に思いつかなかった。 芝崎のことを好きな気持ち。叶わない苦しさ。日に日にページは増えていく。楽になっているのかな――わからない。 でもその時だけは気持ちを静められた。 芝崎は私に恋心を増やさせる。 「清野、ちょっと来い!」 そう言い私の手を引き屋上に上がる。こんなことされたら心臓がおかしくなっちゃうよ。 「ほらあれ見てみ!」 芝崎の指差したほうには2本の大きな虹が出ていた。 「うわぁすごいっ!きれぇ」 「だろ?前に空好きだって言ってたからさ。そういや舞子はもう帰ったのか?一緒にいなかったみたいだけど」 「うん」 教室に入ってきたとき舞子より私の名前を先に呼んでくれた。それだけのことで嬉しかった。それにこんなきれいな虹を芝崎と見れるなんて――しかも2人きりで。 「あっちょっと待ってて」 そういうと芝崎は急ぎ足で屋上から出て行った。ちょっと残念だった。だって2人きりになれることなんてそうないのに。 ため息をつき虹を見上げる。ずっとこの虹が出ててくれればと思った。芝崎と2人きりで見れた虹。 少しすると芝崎がカメラを持って戻ってきた。そして空を撮りはじめた。 「うまく写るかなぁ」 不安そうな顔をしながら何枚も何枚も撮り続けていた。 そんな芝崎がなんだかいとおしかった。 私はこの日、自分の思いを抑えるっていうことを忘れていた。いやこの日からずっと。 『空色ノート』には嬉しさが詰まっていく。今までは抑えようとする気持ちばかりだったのに。芝崎への気持ちを消すことを忘れていた。 放課後、一人で残っていた私に芝崎が声をかけてきた。 「清野、これあげる」 そう言って白い封筒を渡す。 「何?」 「開ければわかるよ」 嬉しそうに言う。でもなんだかいたずらそうな顔にも見える。ちょっと不安だったが封筒を開けた。出てきたのは一枚の写真。この前二人で見た虹の写真。 「これ……」 「一枚だけちゃんと写ってたんだ」 「えっ?一枚だけって……それなのに……もらえないよ」 「あーいいって。焼き増しすればいいんだから」 嬉しくて泣きそうだった。もう気持ち消すことなんて絶対無理だと思った。でも言えるわけない。だって芝崎の彼女は舞子――私の親友だから。 「ありがとう」 私は無理に笑って言った。 家に帰ると私は『空色ノート』を開いた。そしてその表紙の裏に二本の虹の写真を貼り付けた。この二つは芝崎からもらった大切な宝物。一緒にとっておきたかった。 「岼奈、悪いけど宿題見せて?」 あれ?いつから名前で呼ぶようになったんだろう。そう思いながらも口では普通に答えていた。 「忘れたのぉ?それなら舞子に言えばいいのに」 「そうなんだけどさ……いないし」 「しょうがないなぁもう」 「ありがと」 あの写真をもらった日から話すことが多くなった。嬉しくて嬉しくて時々舞子の彼氏だということを忘れてしまいそう。 ある日なぜか、かばんの中に『空色ノート』が入っていた。放課後、みんなが帰るとそれを読み返していた。そして気づかされてしまった。 このノートを書いていた目的。それは巽への思いを消すことだったって。いつのまにか嬉しさばかりになっていた。でもそれはこのノートの目的じゃない。 読み返して気づかされてしまった。 「岼奈、先生が呼んで来いって」 「巽……うんわかった」 泣きそうだった。それを必死に抑えて巽に答えて足早に教室を出た。 「岼奈、私巽にふられちゃった」 昼休み舞子にそう告げられた。 「え?うそ……でしょ?」 「本当だよ。まぁしょうがないんだけどさ。私も付き合い出したらドキドキしなくなっちゃったし。本当は好きじゃなかったのかなとも思ってたし。でもやっぱ……ちょっと寂しいね」 舞子は目に涙を浮かべていた。無理してるってすぐにわかった。本当はまだ好きなんだ。あんなこと言っててもやっぱり好きなんだ。何が原因?だって昨日は仲良さそうに話してたくせに。 放課後、私は巽の姿を探していた。舞子となんで別れたのか問い詰めようと思って。学校中探して見あたらない。あと探してない所は――屋上。 「巽、いた!」 やっぱり屋上にいた。 「何だよあわてて」 「どうして舞子と別れたの?昨日まであんなに仲良さそうだったのに」 「別にいいじゃん」 「よくない!舞子泣いてた。なんで?何が不満なの?」 私は自分の気持ちを忘れていた。自分だって巽のこと好きなのに。忘れて問いたてていた。 「あんないい子ふるなんて巽バカだよ!」 上の空で私の言うことなんか聞こうとしていなかった。ところがこの言葉を言った瞬間、急に振り返り言い返した。 「うるさいな!ずっと好きだった子と両思いだってわかったら別れるに決まってんだろ!」 巽の顔が少し赤くなっているように思えた。 「……え?ずっと好きな子って……」 巽は私から目をそらした。 「あーもうっ。お前だよ。ずっと岼奈のこと好きだったんだよ」 予想もしない言葉。でもなんで私の気持ち――。巽は私の前に『空色ノート』を差し出した。 「え?何でこれ巽が……」 「昨日の放課後お前が職員室に行ったあとさ――」 忘れてた……。そうだ昨日かばんに入ってて……放課後読んでたら巽が来てしまわずに……。あの時、頭パニック状態だったから帰るときにないことにも気づかなかった。 「――机の上から落としちゃって……ページが開いたんだ。そしたら俺の名前が目に入って。悪いと思ったんだけど読んだ。そしたら岼奈が俺のこと好きだって書いてあって。……その時舞子が来てさ。思わずかばんの中に入れちゃったんだよ。その場で舞子には別れを告げた。……その中に書いてあること……本当だよな?俺のこと……好きだって……」 「……うん。そのノートをもらった時から……好きだよ」 私は泣いていた。嬉しくて嬉しくて……涙が出た。今までは抑えられたけど無理だった。 巽は優しく抱きしめてくれた。 次の日舞子に伝えた。付き合い始めたこと。舞子は許してくれた。笑って許してくれた。だってもう新しく好きな人いるもん――だって。嘘だと思ったけど事実らしい。昨日泣いてた時にハンカチを渡してくれた人だとか。 舞子は恋に落ちやすい体質なのかもしれない。 「ねぇ巽ずっと好きだったって……いつから?」 「……中学のときからだよ」 「えぇ!?それなのに舞子と付き合ったの?」 「だってお前が俺と舞子のことくっつけようとしてるんだろうなって……。そうなるとお前は俺のことなんとも思ってないんだなって……」 「ふぅん。好きな人いないなんて言うからだよ。それに私、あのとき巽のこと好きだって自分で気づいてなかったし」 「はぁ?お前あのノートくれた時からって……」 「あーそれは好きだって気づいたときにきっかけはそれだろうなって」 「もっと早く気づけよ……くっつける前に……」 「しょうがないじゃない。それに巽だって悪いんだよ?一番人気の子に告白されたら嬉しいって言ったのは巽だもん」 「お前わかってないのなぁ。クラスで一番もてるのお前だよ?」 「え?舞子でしょ?」 「女子はそう思ってんのかぁ。まぁかわいいってよく言われてたしな。でも男だけで話してて彼女にするなら誰がいいって言うとお前なんだよ」 「……知らなかった……」 「だから嬉しいって言ったのに……たくっ」 「ご……ごめん」 「……キスさせてくれなきゃ許さない」 「えぇ!?……いいよ」 私は目を瞑った。でも巽がキスしたのは――頬だった。 「やっぱりファーストキスは二本の虹の下でしたいなぁ」 「巽……」 「ってあの時思ったんだ。だからまだしない」 「そんなの……いつできるかわかんないじゃない……」 「ははっそうだな」 「でも……それすごいロマンチックだね」 「この雨やんだら出ないかなぁ」 「そんな簡単に出ないってばぁ」 「そうだよなぁ」 それからしばらく二人で話をしていた。放課後、傘がなくて学校に残っていたのだ。雨でも二人一緒にいると幸せだった。 いつしか雨はやんでいた。そして――。 「巽、屋上行こう」 外に二本の虹が出ているように見えて急いで巽の手を引き屋上に駆け上がった。 「やっぱり出てた……」 巽は何も言わず私の手を引っ張り振り向かせた。そしてキスをした。 「時間そんなにかからなかったな」 「もう……唐突なんだから……」 ドキドキして巽のことが見れない。巽はそれをわかっていてからかって後ろから抱きしめてくる。何も言えない。声が出てこない。でも幸せだ。 「ずっと一緒にいような」 緊張が心地いい。本当に幸せだ。 「うん」 それから『空色ノート』には二人の思い出をいっぱい詰めた。巽の撮った空の写真と一緒に。大切な思い出を何冊ものノートにつづっていった。 二人の大好きな空柄の『空色ノート』。 |