海色の瞳

 

 ボートに乗り海に出る。ボートの上に寝ころんで青空、星空を見上げていた。よくやっていたこと。この日もそうだった。だが運が悪かった。いきなりボートが転覆したのだ。
 決して泳ぎが下手だったわけではない。むしろ泳げる方であった。でも俺は溺れた。
 あぁ俺はこのまま死んでしまうんだ――。

 目が覚めたとき満天の星が広がっていた。
 俺は……・死んだのか?生きているのか?わからなかった。起きあがると1人の女の子がいた。
「気がついたね。よかった」
「君が……助けてくれ――!な……え……?足が……ない」
 その女の子は足のかわりに魚の尾がついている――いわゆる人魚である。
「なんだよ……気持ち悪ぃ!」
 俺はとっさに叫んでしまった。でもそれを後悔した。仮にも彼女は俺を助けてくれた人――人魚である。
「ご……ごめ……俺……」
「いいのよ……。みんな……そう言うわ」
 暗くてよくわからなかったがよく見るとすごく綺麗な顔をしている。
 瞳から涙がこぼれ落ちていく。不意に彼女を抱きしめてしまった。
「ごめんな……ほんとに……ごめん」
 彼女はびっくりしたようだが涙は止まらなかった。俺は彼女が泣きやむまで彼女を抱きしめていた。

「そういやここって……どこだ?俺帰れるのか?」
「海岸まで連れていってあげるよ」
 彼女は俺の手を引いて暗い海に潜った。水の中は苦しいはず、それなのに全然平気だった。あっというまに海岸に着いた。
「ありがとう。君名前は?」
「海流(みる)」
「海流ね。俺は勇希。また会えるかな?」
 彼女は少し困ったような表情で答えた。
「夜で誰もいなければ……」
「わかった。それじゃほんとありがとね」

 彼女に興味がわいた。もっと話したいと思った。その反面これは夢なんじゃないかって。現実なら明日もう1回海流に会える。いなければ夢なんだ。
 夢か現実か――明日わかるんだ。

「海流、海流いないの?」
 夜の海。俺は海流の姿を探していた。やっぱり夢だったのか?
 岸から遠いところの波が動いた。
「海流?」
「そこまで行けない。ここが限界だよ」
 昨日彼女が僕を連れてきてくれた場所。そこがちょうど限界らしい。俺は海に入っていった。
「やっぱり夢じゃなかったんだ」
 彼女は何も言わずうなずくと俺の手を引き昨日の岩場まで泳いでいった。
「まさか人魚なんてほんとにいるなんてね」
「……私しか……もうこの世には私以外の人魚はいない」
「え?」
「私以外はみんな死んでしまった」
「な……どうして……」
 しばらく彼女は口を開かなかった。そう簡単に話すわけにはいかないのだろう。しばらく沈黙が続く。
 何か言った方がいいのかなと思っても何も出てこない。先に口を開いたのは海流のほうだった。
「人間が……殺した」
 予想もできない言葉だった。何も言葉が出なかった。
「人間が人魚を捕って……殺して……売りさばいたりした」
「うそ……だろ?まさかそんな……だってそんな話……」
「大人達はきっと知ってる。誰にも話さないだけ。でも――信じてくれないよね」
「……どう……してそんなことがあったの?」
「高く売れるから。お金持ちになろうとしてみんなやった。みんな殺された。私だけが……生き残った……。私が死ねば――海も死ぬ」
「どういう意味?」
 彼女はところどころ口を閉じる。何を思っているのか。すべてを思い返しているのだろうか。
「人間は海を汚す。それを人魚がきれいにしてる。私が死んだら海はきれいにならない。人魚がいなきゃ海はきれいにならない。汚し続ける人間がいる限り海はどんどん死んでいく。やがて海はなくなる」
 海流が死ねば海がなくなる……。人魚がいないから……。――人魚がいれば海はなくならない?
「人魚が生まれなければだめなのか……。でも海流以外に人魚がいないんじゃもう……」
「人魚が生まれる方法が1つだけある。でも……無理だよ……」
「何?」
 彼女はうつむいて答えた。
「人間。私と人間の子供は人魚になる。でも無理。私を愛する人間はいない。人はみんな敵。姿を見せたらきっと殺される」
「俺はそんなことしないよ?」
「わかってる。でもほかの人間は違う。勇希みたいに優しい人間いない」
 彼女の言葉1つ1つがずきずき心に響く。彼女の辛そうな、悲しそうな、悔しそうな顔。守りたい。彼女を守りたい。海を守りたい。
「俺は君を裏切らない。信じてくれる?」
「……うん。信じる。また会ってくれる?」
「もちろんだよ。明日も来る」

「海流いいの?簡単に話しちゃって」
「大丈夫だよ。勇希はすごく優しい目をしてる」
「でも……」
「勇希のこと……信じたいの」
 魚たちが心配するのは当たり前だ。人間が私の家族……友達……みんなを殺したんだから。でも勇希はそんなことしないって信じてるから。味方もいるって信じてるから――。

 どこにいても彼女の言葉が……顔が……忘れられない。心の奥がずきずきと軋む。俺は彼女に何をしてやれるのか。彼女は俺を信じると言ってくれた。でも……愛してはくれないだろう。彼女にとって人間は恐怖の存在でしかないのだから。

「きゃー誰か子供が溺れてる」
「助けてー」
 水の振動を伝って外の声は海の中まで通る。魚たちは声しかわからない。でも人魚である私は海のすべてがわかる。特にこの海のことは。
 どこで何が起きているのか。すべて目で見えるのだ。
「大変。助けなきゃ」
「海流?まさか行く気じゃ……」
「だって溺れてる子まだ小さいよ」
「でも外に出て行ったら人間に……」
「大丈夫だよ。すぐ帰るから」
 いくら自分の仲間を殺した人間とはいえ見殺しにはしたくない。だって……溺れてる人が悪い人とは限らない。
 勇希みたいな人もいる。そういう人には死んでほしくない。
「大丈夫?苦しくない?」
「うん大丈夫だよ。ありがとう」
「あぁ本当にありがとうございます。なんとお礼をしていいか――」
「なぁあれ……人魚じゃないか?」
「本当だ。人魚だ。捕まえろ!」
「きゃぁ」
 もう……だめだ……殺される――。
「やめろ!海流を放せ」
「勇希……お前人魚の存在を知っていたのか?」
「いいから放せよ。ほら海流逃げて!」
「う……うん」
 彼女を逃がしたことで街中のみんなから責められた。どういうことなのかと問われた。俺は何も答えなかった。何を言ってもみんな聞いてくれやしないのだから。
 目を見ていればわかる。みんな彼女を殺す気だ――。

「だからだめだっていったのにぃ」
「もし彼が助けてくれなかったらどうするのさぁ」
「海流は誰でも信じすぎだよ。信じたい気持ちもわかるけど殺されたことは事実なんだから。人間は……敵だよ」
「わかってる。でも……見殺しにはしたくないの。特に子供は。子供はいい大人になってくれるかもしれないもの。それを信じたいの。いつか……人間と分かち合える日が来るって信じたいの」
 本当にそんな日は来るのかな。だってさっきの人達……私を殺そうとした。みんなを殺した人と同じ目をしてた。勇希みたいな人がいっぱいいればいいのに。そうすれば分かち合えるのに。

「海流、海流?いないの?」
 夜の海に勇希の声が響いた。
「あっ勇希だ。行ってくる」
「海流待って!なんか外の様子がおかしいよ」
「え?」
 耳を澄ませて外の声を聞く。男が2人勇希に声をかけている。
「勇希人魚待ってんの?」
「なっ……いきなり何言うんだよ」
「早く呼んでよー。見たいなぁ人魚」
「まさか出てくるわけないじゃん。ただ海眺めてただけだよ」
 あーたくっどっか行けよこいつら……。海流と会えないじゃん。
「それで信じると思ってんの?昼の様子からは知り合いみたいじゃん?」
「かわいそうだから逃がしただけだって」
「名前呼んでたじゃん?あれはどう説明すんの?」
「聞き間違いだろ?」
「お前2対1で勝てると思ってんのぉ?俺らが短気ってわかってるよなぁ?」
「……どういう意味だよ」
「わかんねぇのか。じゃぁ教えてやるよ!」
「う……げほっ――」
 浜の様子が頭に流れ込む。
「海流……今の……」
「うん……勇希が……殴られた……」
「ひどいあいつら――」
 こいつらに……海流を……渡すわけにはいかない。本当に殺されちまう。絶対に会わせるもんか。
「勇希、わかっただろ?人魚呼べよ」
「知らないって……言ってるだろ」
「あーそう。じゃぁ自分で呼ぶわ。人魚さーん。どこにいるのぉ?出てこないと勇希ぼこぼこにしちゃうよぉ?」
「なってめぇ何言ってやがる」
「ならお前が呼べよ。そしたらまぁ殴らないでやってもいいぜ?」
「俺は人魚の知合いなんていない……」
「あーそうかよ!」
「ぐっ……――」
 このままじゃ勇希が……どうしよう……。
「海流……。しょうがないけどがまんだよ」
「そうだよ。出て行ったら海流のほうが危険だもん」
 わかってる……きっと殺される……でも……勇希が……――。
「人魚さん出ておいでー。聞こえてるんだろ?勇希ぼこぼこにしちゃうよ?いいのかなー?」
「やめろ!」
「うるせぇよ。黙ってろ!」
「う……――」
 勇……希……。
「海流?行く気?」
「うん……」
「ダメだよ!危ないもん」
「でも勇希をほっとけない」
「海流!」
「――ねぇ……協力してくれる?私が合図送ったら協力してくれる?」
「何するの?」
「津波。3人とも海の中に連れ込む」
「……わかった」
 海の中なら人間になんて負けない。勇希を助けるんだ!
「やめて!それ以上勇希を殴らないで」
「海流……だめ……だ……」
 ひどすぎる……あんなに殴って……・。
「やっとでてきたか。へぇかわいいじゃん」
「こっちおいでよー」
「無理よ。陸に上がれるわけない」
「そっか。じゃぁ迎えに行ってあげるね」
「海流!逃げろ!殺されちまう!」
「うるせぇつってんだよ!」
「う……げほっ……ぐ……」
「やめてって言ってるでしょ!勇希をおいてどっか行って!」
「んなの無理なお願いだなぁ」
「聞いてくれなきゃ波に飲み込まれるわよ?」
「そんなことあるわけないじゃん。そこでおとなしくしてなよ。今迎えに行くからね」
 殺される……やだ……絶対やだ。
「来ないで!来ないでったら!」
「海流!逃げろ!」
 私は魚たちに海の者にしか聞こえない声で伝えた。
 すると波が高く岸に向かってあがった。
「げっ津波?うわぁぁぁぁぁぁぁ」
 泳ぎが得意な人でもいきなり波に飲み込まれて泳げるはずがない。3人とも波に飲まれて溺れていた。
 私はすぐに勇希の手を引きいつもの岩場に連れて行った。

「勇希。勇希起きてよ」
「う……俺……」
「ごめんね、ちょっと無理しちゃって。大丈夫?」
「あっ……うん。大丈夫。ありがと。――あいつら……は?」
「ん?あっち」
「うわぁぁぁぁぁやめてくれぇ。食べないでくれぇ」
「……あれ……鮫?」
「うん」
 2人はいろんな魚に囲まれて鮫になつかれていた。
「……まさか……食べさせる気?」
「まさか。ちょっとお仕置き。勇希殴るなんて許せないもん」
「あはっ……ははははは」
「……何?」
「んん……なんでもないよ。ありがと海流」
 そんなこと言われたら嬉しいじゃんか。そういった海流の顔がかわいくて愛しくてなぜだか笑ってしまった。
「もう海流にこんなことするなよ。したら本当に鮫のえさだからな」
「わ……わかったよ」
「勇希行こう。海岸まで送ってく」
「うん」
「ちょ……ちょっと待ってくれよ。俺達はどうなるんだよぉ」
「んー……鮫さん岸まで運んであげてね♪」
「OK♪」
「わぁやめてくれぇ。死ぬ死ぬ死ぬぅ〜」
「きゃはははは」

 勇希を海岸までつれてきて思い出した。勇希がケガしてること。
「勇希どっか血出てない?」
「え?」
「だって殴られて……海水の中なんかに入ったら……」
「あー血は出てないから大丈夫だよ」
「そっか。よかった。傷、手当てしてあげられなくてごめんね……私何もしてあげられない……」
「そんなことないよ。助けてくれたじゃん」
「助けてもらってるのは私のほうだよ。勇希がいなかったらあの時……」
 すごい辛そうな顔。今にも涙があふれそうだ。でも海流は涙をこらえている。俺は海流の頭をポンっと叩き顔を上げさせた。そして微笑んでやった。
 海流は泣き出した。泣き出した海流を俺は抱きしめた。
「絶対海流を殺させたりしない。大丈夫だよ。俺が守る」
 勇希……いつも優しい……人間がみんな勇希みたいだったらいいのに。そうすればみんな死ぬことなかった……。また人魚だって……増やすことできたかもしれないのに……。もうこんな危険なこと……いやだよ――。

「勇希お前さぁ、あの人魚のこと好きなのか?」
「え?何言ってたんだよ……」
「昨日の見てればわかるよ。すごい大事にしてんじゃん」
「うん……海流のこと好きだよ。でも……どうにもできないだろ」
「相手が人魚じゃな……」
「海流が言ってた。いつか海は死ぬって……。海流が死ねば海も死ぬって。守れたら……いいのに……」
 守りたい……そばにたい……叶わないことだとしても――。

「海流、海流いないのか?」
 いつもと同じように海に向かって海流の名前を呼んでいた。でも海流は出てきてはくれなかった。しばらく名前を呼び続けると魚が顔を出した。
「海流は来ないよ」
「え?どういうことだよ……」
「会いたくないって」
「なっ……嘘だろ?」
「本当だよ」
「この前はそんなことちっとも言ってなかったじゃないか!」
「とにかく帰ってよ」
「嫌だ!」
「あっちょっと!?」
 俺は海に入っていった。なんでだろう。海流と一緒のときは苦しくないのに1人だと苦しい。海流といるときは水の中でも呼吸してるように楽なのに……。やっぱりあれは海流が何かしてたのかな。
 息ができない……苦しい……でも……このまま帰るなんて嫌だよ。とにかく1回息継ぎに……。――!やべっ足が海藻に……。早くほどかなきゃ……あーもう……水の中じゃ体が自由にならない。もう……ダメ……だ……俺……このまま……。海流に……海流にもう1回会いたかったな――。
「勇希!」
 俺は薄れゆく意識の中で海流の声を聞いた気がした。

「勇希!勇希!起きてよ!どうしよう……私がすぐに助けてれば……ちゃんと会いに行ってれば……」
「海流のせいじゃないよ……。彼が無理に飛び込んだから……」
「勇希が……もし……このまま死んじゃったら……私……」
 涙が溢れ出る。このまま勇希を失うのは怖い。なんで強がって会いに行かなかったんだろう。勇希に迷惑かけたくないから会えないなんて……思わなきゃよかった。勇希はいつも会いに来てくれてたのに……迷惑なんてきっと思ってなかったよね……。それなのに勝手に思い込んで……こんなにしてしまった……。
 人工呼吸……でもそれは……キスすることになる……。でも……このままほっとくわけにはいかない……。やらなきゃ勇希は死ぬことになるかもしれないんだから……。
「海流!?何する気……?」
「人工呼吸」
「だっダメだよ。そうしたら勇希と結婚することになるんだよ?無理でしょ?そしたら海流は……」
「でも……このまま勇希を見殺しにするくらいなら死んだほうがましだよ!」
 私は魚たちの言葉を受け入れることなく勇希に人工呼吸をした。何回かくりかえすと勇希は口から水を吐き出し息を吹き返した。
「――海……流……俺……」
「よかった勇希……死ななくてよかった……」
 海流はそういうと俺に抱きついた。泣いていた。
「どうして……来てくれなかったの?」
 泣いている海流に言うことじゃないかもしれない。でも気になってしょうがなかったから。聞かずにはいられなかった。
「ごめんなさい……もう勇希に迷惑かけられないって……勝手に思い込んで……」
「俺、海流を守るって言ったよね?信じてくれてなかったの?」
「……だってあんな危険なこともう……させられない……。私と一緒にいたら……また嫌な思いする……。でも……勇希が死ぬのはもっと嫌だった――」
 泣きじゃくる海流を抱きしめた。
「俺は海流のことが好きなんだよ。だから守りたいって思った。一緒にいたいって思った。俺が迷惑なんて思うはずないんだよ」
「海流、やったじゃん。それなら海流死ななくてすむよ」
「何?どういうこと?」
「――さっき勇希に人工呼吸したの。人魚はね……キスした相手と結婚できなきゃ死んじゃうんだよ」
「俺は……海流と結婚したいって思ってるよ」
「……ダメだよ……私は人魚だもん。人間が私との結婚を認めるはずないよ……」
「恋なんてさ……1番大事なのは自分の気持ちだよ。自分と相手の心が通じ合っているのに離れる必要なんてない。周りのことなんてあとから考えればいいじゃん。海流は俺のこと……どう思ってるの?」
「……好きだよ……大好きだよ……。でも――」
「その気持ち殺すの?人間と人魚だからってその気持ち押し殺すの?お互いの気持ちは通じ合ってるのに?反対されるに決まってるからって今からあきらめるの?海流の気持ちってそのくらい軽いものなんだ……」
「ちがっ……私だって一緒にいたいよ……でも無理だもん……。そんなの反対されるに決まってるもん。私は幸せになれても……それじゃ勇希は幸せにはなれないよ……」
 反対されてまで結婚しても幸せにはなれないよ……認めてもらえなきゃダメだよ……。
「説得すればいいじゃない。何度だって説得すればいいじゃない。認めてもらえるまでがんばればいいことだよ。それまで海流待っててくれないの?」
「勇……希……」
「必ず説得するから。必ず認めさせてみせるから。そしたら海流の不安もなくなるだろ?」
「……うん……」
 正直俺だって認めてもらえるなんて思ってない。強行突破でも何でもするつもりだった。でもそれじゃ幸せになれないっていうんなら俺はやる。必ず説得してみせる。
「説得できたらまた海に来るよ。それまで待っててくれよな。次会うときは幸せになるときだ」
「うん待ってる。必ず来てね」

「俺は海流と――人魚と結婚したい」
 次の日のことだ。俺はみんなに言った。
「なっ……バカなことを言うんじゃない」
「そんなの認められるわけないだろ」
 やっぱり思ったとおりの反応だ。
「海流が死ねば海も死ぬ。海を守る方法は誰かが人魚との子供を作ることだ」
「何わけのわからないことを言ってるんだ!ばかばかしい」
「それってさぁ、しょうがないから――海を守りたいから結婚するってこと?」
 予想外の言葉だ。何を言っても無駄だと思ってたけど。特に自分の気持ちを素直に言うのが1番無駄だと思ったからああ言ったのに。――無駄?あぁ……俺あきらめてんじゃん。海流に必ず説得してみせるなんて言っといて俺あきらめてんじゃん。
 ちゃんと言わなきゃ。自分の気持ちを――。
「俺は海流が好きだ。海流も同じ気持ちなんだよ。お互い気持ちは通じ合ってる。2人でいれば幸せになれるんだ。俺たちの結婚を認めてほしい。俺は海を守りたいんじゃなくて……海流を守りたい。海流と一緒にいたい」
 これが今の俺のすべてだから……。
「気持ちが通じ合っていようと何と言おうとそんなの認めないぞ」
 当たり前だよな……。たった一人の息子が人魚と結婚するなんてそう簡単には認めてくれないよな。でも――あきらめない。だって海流と約束したんだ。必ず幸せになるって。必ず迎えに行くって。
「俺は海流以外の人とじゃ幸せになれないんだ。海流だってそう思ってくれてるんだよ。頼む認めてくれ」
「何で人魚が人間と結婚なんかするんだ。そんなのおかしいだろ!?人魚は人魚同士でくっつくものだろ」
 俺は怒りがこみ上げてくるのがわかった。人魚同士?父さんは知っているはずだろ?人魚が殺されたこと……。大人は知っているくせに――!
「人魚はもう海流以外いないんだ!人間が殺したからいけないんじゃないか!父さん達大人は知っているんだろ?人魚の虐殺を!」
 俺は抑えることができなかった。この怒りを。
「人魚の……虐殺!?」
「勇希なんだよそれ……」
「お前ら知らないのか?海流を殺そうとしてたくせに……」
「殺す?俺らは水族館にでも売り飛ばそうと考えてだけ……」
「何だよ……ってそれもダメだけどな。海流が言ってたんだ。海流以外の人魚はすべて人間に殺された。高く売れるからって……みんな殺したんだ」
「まじ……かよ……」
「俺は傷ついた海流を支えたい。人間に仲間を殺されたっていうのに俺のことは信じてくれた。それに海流は……本当は人間と仲良くなりたいんだ。でも人間はそれに応えることはしない。そして海流はどんどん傷ついていく。俺は海流を守りたい。それでいつか人間と仲良くしたいって夢叶えてやりたい。いけないことなのか?人間と人魚だから?そんなのどうだっていいよ。大事なのはそんなことじゃないんじゃないのか?好きって気持ちが一番大事なんじゃないのか?大人はどうしていつの間にかそれを忘れるんだよ。純粋な気持ち忘れちまうんだよ!」
 俺はいつの間にか泣いていた。しばらく沈黙が続く。
 最初に口を開いてくれたのは母さんだった。
「許してあげましょうよ。こんな一生懸命な勇希初めてじゃない。本当にその人魚のことが好きなのよ。許してあげましょう?ねぇお父さん?」
「……お前は本当にそれで幸せになれるんだな?」
「なれるよ」
「相手もそれで本当に幸せになれるんだな?」
「なれるよ。俺が幸せに必ずするんだ」
「本人に確認しないとわからないな。つれてきなさい」
「無理だ」
「無理だと?」
「だって海流は陸には上がれない。海からは出られないよ」
「そうか……ならこっちからいこう」
 父さん……本当に認めてくれる気あるのかな。まさか海流を……殺したり……しないよね?父さんやみんなのこと……信じていいよね――?

「海流、海流出てきてくれないか?」
 いつもみたいに海流を呼ぶ。でも海流はしばらく姿を現さない。当たり前だ。こんなに多くの人がいるんだから。不安なんだろう。
「海流大丈夫だからさ。何もしない。怖がらなくていいんだよ」
 少しすると奥のほうの波が動く。海流が姿を現した。
「ねぇ海流、俺と一緒になって本当に幸せになれる?」
「え?……なんで今さらそんなこと……」
「みんながね海流の口からそれを聞かないと信じられないって言うんだ」
 海流は少しうつむいて言った。
「なれるよ。そうじゃなきゃあんなに勇希と一緒にいなかった。自分の命を捨てるようなまねしてまで助けないよ……」
「命を……捨てる?どういうことだ勇希。何かやったのか?」
「……海流がさ……会ってくれなかった時に海に潜ったんだよ。そしたら海藻に足とられてそのまま意識がなくなった。それを海流が助けてくれて人工呼吸までしてくれたんだ」
「それのどこが命を捨てることになるんだ?」
「人魚はキスした相手と結婚しなきゃ死んじゃうのです。勇希と結婚なんてできると思ってなかった……それでも勇希を助けたかった……。勇希をなくすくらいなら自分が死んだほうがましだって思ったから……。それくらい私にとって勇希は大切な……必要な存在なんです」
 海流はゆっくりと自分の気持ちを言った。
「わかった……お互い気持ちは強いみたいだな。二人の結婚を認めよう。必ず幸せになるんだぞ。そしてこの海を……守ってくれ」
「ありがとう父さん!」
 俺は海に駆け入っていって海流に抱きついた。そして改めて言った。
「海流、俺と結婚してください」
「はい」
 海流は少し顔を赤く染めて嬉しそうに言った。

 あれから数ヶ月の時が過ぎた。俺と海流には子供が生まれた。もちろん人魚の。女の子の三つ子だった。
「ねぇパパ。どうしてパパには尾ひれがないの?変だよぉ」
「ん〜?パパはね、人間だからだよ」
「人間?それってママが言ってた……怖い人達?」
「ママの仲間をいっぱいいっぱい殺した悪い人達?」
「うーん……まぁそういうことになるなぁ」
「水海(みみ)、魚水(まなみ)、パパはね悪い人じゃないのよ。だってママのこと助けてくれたんだもん。それにもう怖くて悪い人間はいないのよ。それは過去の話なの」
「なーんだぁ。そっかぁ」
「ねぇ海の外ってどうなってるの?頭の中に流れてくる景色あるけど……本物が見てみたい」
「そうね。久しぶりに外に出てみようか」
「そうだな」

「なぁあれさぁ……勇希じゃないか?」
「あっ本当だ。おーい勇希何やってんだよ」
「久しぶりに出てきたんだよ。子供達が外に出たいって言うから」
「えっ?子供?どれどれ?」
「あっちにいる」
「人魚の子供かぁ……かわいいなぁ」
「勇希、みてみて」
「んー?何?」
「子供達みんな人間の男の子に恋したかも」
「え?」
「だってあんな嬉しそうな顔見たことないよ?」
「本当だ」
 なんか複雑だ。だって人魚ってやっぱ魚だから……大人になるのが早い。もう水海も魚水も青海(きよみ)もそんなに海流と変わらない……。そんな3人にあんな風に恋されちゃぁ……なんか……な。
「あっ勇希なんか嫌そー。娘が他の男に取られちゃって不満?」
「なってめぇ!そんなんじゃねぇよ……」
「ごまかしたって無駄だぜ。全部顔に出てるんだから」
「おまえらなぁ!人をからかって遊ぶな!」
「クスクスクス大丈夫だよ勇希。私はいつまでも勇希のそばにいるから」
「……海流……からかってないか?」
「そーんなことないよぉ」
 絶対にからかってるな……・。でも……それでも幸せだ。
「仲いいなぁ。海流ちゃんかわいいし勇希本当に幸せだよなぁ。おまけに海の中に住めるなんてそうないぜ?人間は水中じゃ息できねぇから長く潜れないしなぁ」
「なんだ潜りたいのか?」
「んー?そりゃまぁ……でも無理だ」
「海流、海流」
「ん?なぁに?」
「こいつらがさぁ海の中潜ってみたいって言うんだけどどうにかならないか?」
「あっいいよぉ。大丈夫大丈夫。私と一緒なら平気だよ」
「だって。潜るか?」
「いいのか?」
「もちろん。だって人間はもう敵じゃないもん。それに勇希の友達だし」
「やった!行こうぜ〜」
 2人を連れて俺達は海に潜って行った。

「パパあの2人誰?」
「パパの友達だよ」
「ふーん。なんか叫んでるけどいいの?」
「わぁぁぁぁぁぁぁ。もう何もしないんだから食べないでくれってばぁ」
「あはははははは。鮫になつかれてやんの。海流あれほっといて平気なの?そのうち食われたりとか……」
「大丈夫だよ。だってあの鮫人食い鮫じゃないもの。じゃれついてるだけだから大丈夫」
「んーならまぁいっか。そういやさぁ前より海の水きれいだなぁ」
 海流はなんだかぼーっとしていて反応がない。
「……海流?どうかした?」
「今まで気づかなかった……。海が汚れてたせいかな……。勇希って人魚と同じ海色の瞳をしてるんだね」
「へ?海色の瞳?」
「うん。きれいな海の色と同じ。勇希と出会った頃は私一人で海が充分にきれいにできてなかったから気づかなかったよ。私と同じ海色の瞳してるってこと。人魚が殺された原因はね海色の瞳なんだ。海色の瞳はすごく高く売れるんだって。人魚の瞳の奥に宝石があると思ってたみたい。マリン・アイがね。それがほしくてみんな殺されたの」
「マリン・アイ……海色の瞳か……」
「本当は好きな人を思って流す涙がマリン・アイになるんだけどね。ほらこれ」
 海流はつけていたネックレスを俺に手渡した。
「俺を思って泣いたってこと?」
「うん。勇希が死んじゃいそうになった日だよ」
「すごい……きれいな宝石だな……」
「勇希にその宝石があるかどうかわからないけど……私はきっとその目に無意識に惹かれたんだね。自分と同じ目の色に。海色の瞳に」

 なぜか昔いたはずの男の人魚は生まれることはなかった。そして人魚は海の外に出て男の子に恋をするのだ。
 海色の瞳を持つ男の子に。人魚の運命の相手に。

 マリン・アイ。
 好きな人を思い流した涙。
 透き通る目。素直な心。
 純粋な愛。最愛の人。運命の相手。

 海色の瞳。