銀色の魚の飼育方法
ザンザスのお気に入りのサカナが、酷い傷を負って帰って来た。本物の魚なら尾びれがズタズタ、鱗が剥がれ落ちて見るも無残な状態だ。
十年前の指輪戦の時のように、全身に及ぶ傷ではなかったから彼は自力で立って歩き、食事も取れたけれども、彼の武器であった左腕はつい先日見た時よりも随分短くなっていた。肘の関節のすぐ下から先が無くなっている。
まだ縫合したばかりで抜糸も済んでいない傷だが、現時点で、神経や組織が嵐の炎で分解され、晴れの治癒能力を使っても二度と再生はできない状態である、と医療班からの報告が届いていた。
「ボス、スクアーロが帰ってきました」
モヒカン頭を極彩色に染め上げたルッスーリアが告げる。彼は普段、その南国の鳥みたいな頭に相応しい陽気さと気遣いで幹部のみならず、部下たちにもルッスーリア姐さん!と慕われているが、今回ばかりは頬笑みさえ浮かべられない。何しろスクアーロは隊長に次ぐヴァリアーの2、ザンザスの副官である。その彼が、もう二十年近く前、彼らが出会ったばかりの頃にスクアーロがザンザスに捧げた筈の左手を、手首まであった腕を、肘近くまで失って帰って来た。
ザンザスの元には、若い十代目ドン・ボンゴレやアルコバレーノから感謝の言葉や、スクアーロに対する労り、寛大な処置を望む旨が届いていたが、ザンザスはそんなものはてんで聞いていなかった。雑音にしか聞こえない。邪魔にしか思えない。
ザンザスにとって大切なのは、スクアーロが誓いだと言って斬ってきた腕を他人に斬られた、そのことだった。
「連れて来い。それから出て行け」
「はい」
ルッスーリアが一度執務室のドアの向こうに消える。一度閉まったドアはすぐに開いて、長い銀髪に白のワイシャツと、隊服のボトムスを履いた姿のスクアーロが現れる。右に傾ぎながら歩くスクアーロの隣でルッスーリアは心配そうに、けれど手を貸さずにザンザスが居るデスクの前まで歩いた。そうして二人を室内に残し、背を向ける。ザンザスとスクアーロとが同じ部屋に居て向かい合っていて、これだけ静かなのはとても珍しい。珍しいどころか、ほぼあり得ないことだ。いつだってスクアーロは怒鳴るような大声でザンザスに話しかけ、ザンザスは大抵耐えかねてスクアーロを殴る。背を向ける際にちらりと隣を見ると、スクアーロは床を見つめていた。長い髪が垂れ、顔にかかった一筋や、耳からこぼれた髪の束が彼の顔に影を落としていた。
ぱたん、と重いドアが、丁寧な閉め方のせいであまり音をたてずに閉まる。
ザンザスは椅子から立ち上がった。スクアーロは顔を上げるが、主の顔までは視線を上げられない。薄く開いた唇の隙間から、ボス、と掠れた小さな声が零れた。ザンザスはそれを聞かないふりをして、執務室の奥のドアを開ける。ようやく顔を上げられたスクアーロが見たのは彼の背中であった。
ドアを開けて一歩室内に入ったザンザスは、スクアーロを振り向かないまま口を開く。
「義手は」
区切られた言葉にスクアーロは小さく肩を震わせた。右手をぎゅっと握り込んで、手袋越しにも掌に爪が刺さる。
「義手は作らせねぇ。二度とな。この屋敷の外にも出さねぇ。三階以外に行く時は俺に許可を取れ」
「な…っ!」
灰青色の目が見開かれて、唇はわなわなと震えた。元からあまり血色の良くない頬は更に血の気を無くして、青ざめた。
「そんな、だって、じゃあオレは…!」
「その年で、ンな腕が使い物になるか。戦えねぇ剣士を傍に置くつもりはない。だがペットなら考えてやる」
震える唇は、開かれはしても何も言うことができなかった。十四歳のあの日、ザンザスに誓うと言った左腕を切られた。それもザンザスを守る為ではない。彼の愛するボンゴレを守る為ではあったが、スクアーロが直接的に守ったのはボンゴレ十代目と、アルコバレーノの姫君。広い背中を見つめ、唇を噛む。左腕が短くなった所為で右半身がやけに重かった。
「選ばせてやる。夜まで時間をやろう、…それまでに決めるんだな」
顎を僅かに動かしてザンザスは室内を指し示す。スクアーロは黙ったまま、馴染んだザンザスの私室へ入った。入れ替わりにザンザスは部屋を出る。目はずっと合わないままだった。スクアーロが部屋に入ると、ばたん、と、乱暴にドアを閉める音がした。おまけに外側から施錠する音まで聞こえた。この部屋は内側からでも、鍵がないとドアが開かない仕組みになっているのだ。
以前までのスクアーロならば剣が無くとも、義手を叩きつけて窓を割るなり蹴り割るなりすれば外へ出られた。けれど今は真っ直ぐ歩くことにさえ難儀する。
ドアは閉められ、鍵がかけられた。窓は割れない。水も電気も、風呂もトイレもこの部屋にはある。エアーポンプが取り付けられた大きな水槽だ。水槽の中では、傷ついた銀色の魚が一匹、ゆらゆらと所在なさげに泳いでいた。
To be continue...?
リンカさんの所の茶でお話しながらぽちぽちしてました。そこでのお話に触発されたり。
続くかどうかは未定です。原作次第…?あとどうも鬱かつえげつない方向のBADエンドに行きそうです
続編できました。
“堕ちた剣帝”バッドエンド
→銀色の魚の調理方法 ※十八歳未満閲覧禁止
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