「こちらスペルビ・スクアーロ。目標変わりなし。どうぞ」
「こちらマーモン。抜かりはないよ。」

深く暗い森に抱かれた要塞めいた城。何十、何百年とかかって蔦で覆われた石壁。
緊迫したやりとりがなされているのはその中でも奥の奥、縁に植物が絡まる様が彫られたキャラメリゼに近い色の扉の傍であった。
スクアーロはまるで空気と同化させるかのように己の気配を殺して、油断なく扉へ視線を送っている。 何としてもしくじってはいけない。色素の少ない目の中で浮いた小さな瞳孔は冴え冴えとした光を放っていた。


時を同じくして、談話室。今しがた通信を切った小型通信機をマーモンはポケットの中に入れる。
「スクちゃん、大丈夫なの?」
キッチンから出て来たルッスーリアが問う。彼の手の中には今し方焼き上がったばかりのケーキがあった。
ケーキ---それは、何とも美味しそうなチョコレートケーキだった。今突き崩せば、熱く溶けたチョコレートがとろりと流れ出すような。 冷やして切れば、その断面にはしっとりとした肌理が並ぶような。たっぷりと入れた洋酒がチョコレートと、バターが焦げる匂いを伴ってえも言われぬ甘美な香りを漂わせている。

「うん、まだ大丈夫みたいだ。でも準備はしておいた方が良いだろうね。」

ではなぜケーキを持っているのか?答えは至極簡単だ。

「ええ分かってるわ。ここまでやったら、もう隠しようがないもの。」

誕生日だから、である。
彼らの最愛のボスの。


家具は磨き抜かれてテーブルクロスは変えられ、その上には七人分の食器や茶器が並ぶ。
絨毯は足が沈み込むほどやわらかく、上座に近い壁には“Buon Compleanno!”の紙細工。活けられた花は血潮のように赤い薔薇。そろそろと傾き始めた陽がカーテンの隙間から、銀の燭台を射る。

「おいムッツリ、そこ歪んでんだけど。uとp。お前そんなこともできねぇの?」
「何だと貴様…「ちょっと静かに!」
スクアーロだ、と椅子の上に立ったマーモンが呟く。小さなノイズの混ざった通信機から、それに紛れてしまいそうな声が届いた。
「コーヒーだ、早く!」



扉の中の空気が揺れた。書類仕事が一段落したのか、もしくは単に飽きたのか。どちらにせよこんな時、彼は必ずコーヒーを求める。
執務室の中からインターフォンで持ってこさせることが多いが、自分から出向いていれさせることも少なくはない。 スクアーロが思うに、長時間紙とにらめっこしていて固まった体を解したくなるのだろう。
揺れた空気は収まることがなく、扉に向かって歩いてくるザンザスの気配さえ感じられる。早く届け、と珍しく祈るような気持ちになる。
ほらドアが開く。部屋の中ならまだしも、あの男相手にもう気配は隠しきれない。
早く届け!

その時だった。廊下の端から白いフリルのエプロンが走ってくる。
否、エプロンが走るはずはない。ピンクの毛束が揺れているのが見えた。あれは。
あれは、そうだ、ルッスーリアだ。片手でギャルソンがするようにトレイを持って走ってくるルッスーリア。その上半身は驚くことに、殆ど揺れていない。

「あと頼んだわよ!」
唇の動きだけで伝えてくる彼に、任せとけ!と叫びたいのを我慢した。

「いよぉ゛、奇遇だなぁボス。今コーヒー届けに行こうとしたところだぜぇ。」
不審そうな目がスクアーロをじろじろと、不躾なまでに見る。トレイの上には正真正銘のいれたてコーヒーが二つ、湯気をたてていた。

「向こうで飲む」
だから向こうは困るんだよ!と、思ってしまえば伝わるのだろうか。超直感というやつはなかなかに扱いづらい。もうルッスーリアの背中が消えた廊下の端へ向かってずんずん歩いていくザンザスの服の端を、 スクアーロはまるで追い縋るように捕まえる。
「…何だ」
「たまには、外で飲まねぇ?」
「どこにその必要がある」
不審というよりももう、鬱陶しそうに細められた目だ。スクアーロは考える。何と言ったら、彼を引き留められるだろうか。

「オ、レ…」
何と言ったら。

「オレ、…お前と一番星を探してぇんだ!」

かくて、準備が整う前に強制お披露目、というバースデイパーティ最悪の事態は免れた。
廊下に響き渡るザンザスの笑い声を伴って。


「バカ鮫上手くやったかな…それじゃ間が開きすぎ。ほんっと不器用極まりねぇの。」
「なぬ?そんなに言うなら貴様がやってみろ!」
「は?そしたらお前花買ってくる以外に何もしてないじゃん。お前がボスの為にできる事ってそんくらいな訳?」
「はいはい、喧嘩しないの。ベルちゃん、そこが終わったら二人呼んできてちょうだいな。」


油絵の具を指で伸ばしたような、かすれた雲が浮かんだ空だ。夕焼けはもう山の輪郭を照らす程度で、代わりに水色と藍色が、同じ刷毛で刷いたように混じり合っている。
執務室に入る時に一度ノックをして、いらえが無いのを返事にベルは扉を開けた。テラスへ続く窓は開け放たれたままで、かすかな風に揺れたカーテンの向こうに後ろ姿だけ見るとほとんどモノクロのような二人が立っていた。 数年前まではザンザスの髪に色とりどりの羽根飾りが付いていたが、それももう無い。
振り向いたザンザスは、凪いだ目をしていた。


「それじゃ電気消して」
部屋が暗くなった。辛うじて残る外の明るさは薄墨のように頼りなく、それよりも強く光るのはケーキの上の蝋燭だ。ザンザス自身が記憶するより八本も多いことには、もう慣れた。
彼よりも先を歩いたスクアーロの髪が白く浮かび上がっている。ちいさなマーモンはほとんど部屋の暗さに混じって、けれどそれはレヴィも同じようなものかも知れない。ゴーラ・モスカのボディに蝋燭の火が映っている。 ルッスーリアはこの暗がりの中いつもと同じようにサングラスをかけ、一足先に部屋に戻っていたベルの金髪が揺れる。


そうして響いた、
「「「「「Buon Compleanno Boss!」」」」」