ちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップ音がする。寒い夜。ここは、ザンザスの私室のベッドの中だ。
まるでどこぞの王国のお姫様の持ち物のような、広々とした寝具の中には、その持ち主、ザンザスと、 彼女の持ち物である女が二人で寄り添っていた。リップ音は、彼女らの体の間からあがっている。
まるで五月雨の一本一本を、真珠で包んだかのような艶めく髪をさらさらとシーツに落として、それで光の道を作りながら、
女は、ザンザスの体にキスをする。
「スクアーロ」
太陽の恵みを存分に受けた、茨を纏わりつかせた喉が動いて女の名を呼ぶ。
女の名は、鮫。けれども、鮫という名前に対して、あまりにも彼女の仕草は丁寧だ。
まるで子供が、触ったら壊してしまいそうなガラス細工に触れているような、こわごわとした動作である。
薄く、色のない唇が鎖骨から肩、たわわな膨らみの輪郭を辿り、仰向けになっていてもなお、ふっくらと盛り上がった乳房の間に這う傷痕に触れ、臍の上の、ケロイドのように引き攣れた皮膚へと押し付けられる。
「スクアーロ」
眉間に皺を寄せたザンザスが、自分の体の上に垂れてくる髪の束を掴む。それを引いても、彼女はキスを止めようとしない。
「いい加減にしろ」
「…」
こんな風に彼女が、物も言わずザンザスの体に触れたがるのは、あの日を思い出しているからだ。
もう二十年近くも前の、秋の日。ザンザスの体に、つる草が這うような傷がついた日。彼女が、八年間の眠りに就いた日。
そうしてスクアーロが、彼女を守れなかった日。
痩せぎすのスクアーロの体が、ザンザスの上で動く。彼女の顔色は、ザンザスよりも余程白く、白いというよりも青いといった方が相応しいくらいで、いつもの大声がないと、何だか酷く儚げに見えた。そんなタマじゃないのは、誰よりも一等、ザンザスが分かっている筈なのに。
例え一粒の豆が一番下に置いてあったって気付かない、柔らかい寝具の中は暖かく、風呂からあがって髪を乾かしたばかりのスクアーロの肌も、しっとりと温かかった。体温が低い彼女には、珍しいことである。
毛布の中でじゃれあっていると、寄せた頬で、重なった平たい腹で、擦れる腿で、眠りから覚めた当初よりも、幾分か薄くはなったものの、未だに他の肌とは質感の違う傷痕が、スクアーロの肌に引っ掛かる。彼女はそれを醜いとは思わない。
寧ろ、キリストの聖痕のように、戦いの女神のように、ザンザスの肌に残る傷は彼女を彩るものだとさえ思える。けれど、それを他人がどういう目で見るか、そうして、これが何の証か、分かっていない訳ではない。これは、自分が剣として、彼女の持ち物として、役立たずだった証だ。罰だ。
「オレが、守るから。アンタを必ず、守るから」
額に口付け、頬の大きな引き攣れに唇を当てながら、スクアーロは静かに言う。ザンザスは、掴んだ髪を指で梳いた。手入れの行き届いた長い髪は指通り良く、するすると、まるで逃げるようにどこにも引っ掛からず、彼女の手から流れていった。
斜め前じゃなくて、隣に立てば良い。
中身の足らない小さな頭を撫でて、けれどもザンザスは口には出さない。その代わりに頬に触れている唇に、自分の唇を寄せる。
長い長い髪が、白いシーツに降り注いで二人を世界から隠す。銀色の流れと、艶々とした黒髪が混じりあう。瞬いたら音をたてそうな互いの睫毛が、触れそうになる。
ちゅ、と、またひとつリップ音がたった。