キスにまつわる小品集 サンプル





“髪”


「ひ…っ!?な…っぅ、く…!」
「……」
 無言の指先にきつく乳首を捏ねられ、スクアーロの体が強張る。摘むというよりも抓るというに相応しい手つきで触れられたかと思えば、開いた足の間になにかゴムのようなものを当てられて、見えもしないのに思わずそちらを振り返ってしまう。目隠しをされた視界はもちろん、暗いままだ。手や指ではない、体温さえも持っていないらしいものの感触を裸の尻に感じ、更にグイと押し付けられるそれについ及び腰になる。
「や…っ」
 無機質なものが体の中に割り入ってくる。細い先端がローションを垂らしただけの穴に潜りこみ、性器を模したかのような丸みがゆっくりとそこを広げていく。無理矢理に体内を広げられている以外の痛みはないけれど、それでも何か分からないものを入れられるという恐怖に痩せぎすの体が逃げをうつよう、小さく身じろいだ。
「う゛あ…!」
 それを抵抗と見做したのか、広い掌が音たかく尻を打った。ヒュッと風を切る音だけは聞こえていたものの、どこに振り下ろされるかも分からなかった平手はいつもの殴打より大きな痛みを生む。もう何度か同じように打たれた尻は赤く腫れて、じんじんと熱を持っていた。パンツも下着もすっかり脱がされて、けれど上半身は上着とシャツのボタンを外されただけの姿で、スクアーロは床に這わされている。目蓋の上からは光すらも感じられないほど厚く布が巻かれて、自分で腰を上げているように言い付けられた。何度も殴られはしたけれど骨は折れていなかったし、両腕は自由だった。だから外そうと思えば、目隠しなど外してしまえるし抵抗だってできる。けれどスクアーロはそのどれもしない。するつもりもない。ザンザスは敢えて手足を拘束しないことで、彼を試しているのだ。どこまで耐えられるか。いや、どうしたら耐えられなくなるか。
「は…、ぅ…あ゛…!?」
 性器でいえば亀頭に当たるのだろう丸みがすっかり体内に入ってしまうと、急にくびれがある。一旦細くなったそれに息を吐いたが、しかし今度は体内に入っている分よりも大きいだろう部位が入り口を広げようとしていた。視界が見えない分他の五感がそれを補おうと敏感になって、どうしてもその形を把握しようとしてしまう。自分でもそこにばかり意識が集中してしまうのを止められないのだ。
「い゛…っふ、ぅ…」
 ひくひくとうごめくそこに、なおも異物が入ってくる。今しがた受け入れたものよりも大きな部分を飲み込むと息が詰まり、腹の中が苦しい。それでも男の手は更にその先を押し込もうとしていて、それは最初に受け入れた部分よりも、今体内に飲み込んだ部分よりも太く、不可能とも思える大きさに体が竦んだ。入らない。嫌だ。そんな言葉が唇から出掛かるが、必死に押しとどめて絨毯に爪を立てる。足の間に垂れ下がる性器はもちろん上向いてなどおらず、唇からはただ苦しげな呻きと押し出されるような息が洩れる。
「…っはぁ…、あ…!?ひァ…ッう゛ぁあ!?」
 けれどスイッチが入れられると違った。カチリと小さな音がしたかと思うと、腹の中に埋められたものが振動しだしたのだ。入れられたものはまるでアルファベットのJを描くように曲がっており、切っ先がいつもそこを押し上げられると頭が真っ白になる場所に触れている。
「ひあ゛…っあ、ぅ…っう、ぐ…!」
 歯を食いしばっても声が溢れて、腰の辺りが熱くなっていくのを感じる。一等太い部分が終わったあとは、またおそらく抜けないようにくびれがあって、先程までザンザスが掴んでいたのだろう場所が今は性器と窄まりの間に当たっていた。皮膚の薄い、敏感な門渡りをぽこぽこと隆起したものに擦られて太腿が震える。機械的な振動はこちらの呼吸も何も関係なく、逃げたいのに逃げることもできない。
「はっ」
 快楽から逃れようと身を捩る姿が、腰を振っているようにでも見えたのだろうか。自分の視界を奪ってからというもの、一言だって発そうとしなかったザンザスが息を洩らすようにして笑った。その小さな音から、スクアーロは彼の赤い目が冷たく自分を見下ろしているさまが想像できる。肉厚な唇の片方の端だけが微かに持ち上げられ、嘲笑としか言い得ない表情を作る。ありありと思い浮かべることのできるその姿に、スクアーロの頬は打たれたように赤くなった。先程までは力なく揺れていただけの性器は、膨らんで緩い角度を持っている。恥ずかしい。浅ましい。
「あ…っあ、う゛…っぁあ…ッ」
恥じているのに、後ろにいる男が確かにザンザスであると証明されたような心地がして、スクアーロは頭の中がじんわり痺れるような気がした。こちらはずっと目が見えていないのだ。主人と他人の気配など間違う筈もない。けれども視界を封じられて後ろから触れられるということ自体が、人間にとっては大きな恐怖だ。どうしても、誰だって不安になる。本当に後ろの男は自分の見知った人間なのだろうか、漠然とそんな感覚が込み上げてきてしまう。だからこそ、自分を苛むこの快楽と羞恥が彼から与えられたものだと知れて、強張っていた体が自然と緩んでしまったのだ。
「ボス?あ゛…っひぅ、ン…ッア…ッ」
 声のした方に首を巡らせた彼の尻を、再びザンザスは平手で打つ。今度は与えられるのは痛みだけではない。体の中で羽音じみた振動音をたてながら機械が暴れているのに、さらに外から叩かれて思わぬところに機械の凹凸が擦れる。更に彼は両側から尻を掴んだかと思えば、そのまま柔らかくもないそこを強く揉んでくる。緩んだ肉の筒がぬぷぬぷと音をたてて、左右から力を入れられるたびに前立腺や内壁に絶えず振動する凹凸が痛いほど押し付けられた。
「淫乱」
「っひぁ…、あ…ッ」
 押し付けられて痛いのか、気持ち良いのかもう分からない。ついには下半身を支えていた足まで崩れ、床に腹這いになってしまった背を見下ろしてザンザスが言い放つ。否定しようとしても振動は容赦なく続いていて、口からは飲み込む余裕もない唾液と上擦った吐息が零れるだけだ。辛うじて微かに首を振って、違うと伝えようとする。その拍子に黒い上着の背で揺れた髪を捕まえ、彼は目元は見えず頬を紅潮させ、唇からは唾液を垂らしたその顔を力尽くで上げさせた。
「言い付けを守れねぇ奴には仕置きが要るな。なぁ、スクアーロ?」
 軽く首を傾げた男が、前触れもなく手を離す。もはや自分の体を支える力もなく、掴まれた髪によってだけ顔を上げさせられていた状態だったのだから、当然スクアーロの頭はそのまま床に落ちる。歩けば靴が沈むような気がするほど毛足の長い絨毯の上だから鼻血こそ出なかったが、口を閉じ損ねたのだろう。切れた唇に玉のような血が凝り、やがて表面張力が保たなくなって細く赤い筋となった。
「ボス…?あ゛…っボ、ス?ひぅ…っなぁ、ボス」
 切れた唇の痛みよりも、ザンザスの気配が近くから消えた方がスクアーロには大きな問題だった。おそらくわざと気配を消し、足音も殺している男は、言い付けられていた姿勢を崩したスクアーロを殴ることも蹴ることもしない。殴られるよりも蹴られるよりも、遠のかれるのが一番嫌だ。逃れようのない快楽に濡れた唇で、彼は迷子のように主人を呼ぶ。見えもしないのに部屋の四方八方に顔を向け、何とか気配や足音だけでも男の存在の欠片を拾おうとする。その甲斐があってか、それとも単純に自分を探す姿を眺めているのにも飽いたのか、不意に頭上からザンザスの声が降ってきた。
「これが何の音だか分かるか?」
 しゃきん。まるで楽しんでいるかのような彼の声と共に、刃物が擦れあう音がした。それも武器と呼べるほど鋭い刃物ではない。せいぜい文房具レベルのものだ。ザンザスは自分の姿が相手には見えていないと知りながら、微笑みさえ浮かべていた。
「教えてやろうか」
 言って彼は力なく床にくずおれたままの体を爪先で蹴る。
「あ゛…っ」
 抵抗もなく転がされた体は床の上で仰向けになって、長い髪が絨毯の上に広がった。開いた足の間のものは前立腺からの刺激で緩く勃起し、白い胸板の上で小さな乳首がツンと凝っている。
「っ…」
開いた鋏の刃先を薄い胸に触れさせて、ザンザスはそのまま軽く力を入れ手ごと刃先を滑らせた。刃先の冷たさと、鈍い刃物で肌を傷つけられる痛みにスクアーロの体が強張る。もともと左右の刃でものを挟んで切る道具なのだから、軽く刃を滑らせただけでは肌が切れることはない。そこにはただ、みみず腫れのような赤い線が引かれただけだった。
「分かっただろ?それじゃ本番だ」


“唇”


 二日酔いの頭に波の音が響く。寄せる波、返す波。岸壁にあたって砕けた波頭が、白い泡になっていくさま。水面に照りかえる日差しの眩しさ。十分もいれば体までしょっぱくなってしまいそうな潮の匂い。そんなイメージと共にスクアーロは目蓋を開いた。
「…ボス」
「起きたか」
「つーかあんた起きてたのか。起こしてくれたら良かったのに」
「間抜け面で寝てるもんだからな、ほっといた」
 どこまでも体が沈みこむようなベッドの上で視線を巡らせると、開け放たれた窓の傍にザンザスがいた。このベッドはちょっと柔らかすぎる。腕をついてもうまく支点が作れなくて、のっそりと起き上がりながらスクアーロはその、黒髪を潮風に乱されたままの横顔を見た。
「間抜け面で悪かったなぁ、お前だって髪ぐっちゃぐちゃで相当男前だぜぇ?」
「よだれ垂らして寝てた奴に言われたくねぇ」
「な…っ…垂れてねぇじゃねーかう゛お゛ぉい!騙したなぁ!?」
「うるせぇ、朝から喚くな」
 片手で口の周りを拭い、ついいつもの調子で大声を出してしまってから、おのれが二日酔いだということを思い出したスクアーロは眉を寄せてこめかみを押さえる。これでは間抜けと言われても仕方がない。自分の声が頭蓋骨の内側でわんわんとこだまして、まるで弾丸みたいに跳ね返っているかのようなのだ。普段はこの程度の酒で二日酔いになったりしないのに、バカンスで気が緩んでいるのか。それでも量はいつもと同じでも、慣れない土地の酒に当てられたのか。黙りこんだ彼をよそに、ザンザスは身を翻して窓辺から離れ室内を横切る。カーテンをはためかせる風に乱された髪を手櫛で雑に整える仕草は、やはり普段よりもどこか開放感があった。若い頃はぴったりと撫でつけていた髪を、くしゃりと後ろに流した姿は昔とは違う艶がある。オレより呑んでたくせに涼しい顔しやがって…、と、そう思ったと同時に、プシュ、と炭酸の漏れでる音が聞こえる。
「あ゛」
 上げた視線の先では、今まさにミネラルウォーターのボトルの封が切られたところだった。淡いグリーンのボトルの中では小さな泡が下から上へと泳ぎ、海の色とも空の色ともつかぬ水色のパッケージの中央に描かれた赤い星があざやかだ。彼らが普段贔屓にしているのは国内の別のブランドのものなのだけれど、この近辺では生憎、これしか手に入らないとのことだった。昨日それを知った時スクアーロはザンザスが機嫌を損ねるのではないかと危惧したが、要らぬ心配だった。この男も随分と丸くなった、と感心したものだ。
「いいな」
 彼の傍にある冷蔵庫に、同じものが入っている。分かっていながらわざわざザンザスに向かって強請るような口をきく時点で甘えている。告げられた男は一度視線だけをちらりとくれるが、何も言わずにボトルキャップを外して、飲み口に唇を付ける。普段着ているワイシャツよりも柔らかなリネンの開襟シャツから伸びた首で喉仏が動き、冷たい発泡水を飲みこむ音が大きく響いてくるかのようだった。
「欲しいか?」
 ボトルの半分ほどまでを煽った男は、わざとらしく首を傾げて見せた。緩く笑みの形を描いた肉厚な唇も、自分で冷蔵庫を開けて取れば良いとは言わない。そっちの方がずっと手っ取り早いとお互い分かっていながら言っているのだから、まるでごっこ遊びのようだ。
「うん」
 子供のように素直に頷いてスクアーロが彼のもとへと歩み寄る。ベッドから下りてまだ靴も履かないまま、ぺたぺたと裸足で床を歩く。背中では吹き込む風に揺らされた長い髪が躍り、青い空とのコントラストは目に痛いくらいだ。
「う゛ぉい、…ん…っ…」
 ボトルに伸ばされた手を逆にこちらから捕まえて引き寄せ、もう一度ザンザスはその中身を煽った。けれど今度は飲みこまずに、文句を言いたそうに開いた口へとおのれの唇を押しつける。もともと口が開いているのだから、口内の水を流し込むのは簡単なことだった。せっかく冷蔵庫から出したばかりの冷たい水が飲めると思っていたのに、予想に反して生ぬるい水を口に含まされたスクアーロが眉を寄せる。けれども昨夜の酒で渇いた喉には、冷たかろうと生ぬるかろうと水は水、どちらも甘露に等しい。流しこまれた水を喉を鳴らして飲み干して、彼はもっとと言わんばかりにザンザスの舌をつつく。無論、そうしたからといって再び水が出てくるだなんて思っちゃいない。また水を飲むには唇を離してペットボトルに直接口を付けるのが一等早いのだ。そんなことは分かっていて、けれどじゃれるように二人は舌を絡ませる。
「ふ…、…」
 水を一口飲んだだけでは、まだこの渇きは癒されない。ぬるぬると舌をこすりつけたまま、まるで食らうように口を開いて何度も角度を変える。少しでも水分を求めるかのように唾液を啜り、更にはボトルに伸ばしたままだった腕をザンザスの首に回した。裸の腹がリネンのシャツに当たる。スラックスの下から潜りこんで足首をツイと撫でる足指は、悪ふざけめいた仕草だ。
「…は…っ…」
 ふと目蓋を持ち上げて、じっとその深い眼窩を見つめていれば視線に気付いたのか、彼の目蓋も開かれる。自分とは正反対の艶やかな黒い睫毛が、いかにもラテン男らしい。真っ赤な目玉のその中に、自分の色味の少ない目が映っている。彼の目に映る自分の目の中にはまた彼の目が映っていて、合わせ鏡みたいにお互いの姿ばかりがずっと続いている。海にほど近いこの部屋では、やはり絶えず波の音が聞こえていて、ときおりカーテンが大きくはためく音がした。甲高い声で鳴く鳥が、さきほどから何度か鳴き交わしている。電気はつけていなかったけれど、部屋の中は射しこむ陽光で明るかった。そんな明るい部屋の中で起きぬけに舌まで絡めてキスをしているのが可笑しくて、どちらともなしに目を細め、ついには軽く息を漏らして笑う。そうなるともうキスをしている雰囲気ではなくなって、お互い良い年をして、もう人生の半分近くを一緒に過ごしているのに一体どれだけ二人ともがっついているのやら。自分はもちろん相手の行動も笑えてきて、これがバカンスのなせる業か、なんて思いながらこみ上げる笑いを抑える気にもならない。
「はは…っ…く…、おい、シャワーを浴びたら外に行くぞ」
「ああ…っと、ごちそーさん」
 当初の目的である冷たいミネラルウォーターに手を伸ばし、炭酸の利いたそれをボトルが空になるまで流しこむ。喉を転がり落ちていきながら、ぱちぱちと爆ぜる泡が心地良い。キスも良いけれど、やはり酔いざめには冷たい水こそ甘露だ。簡単に思い直して、男は空になったペットボトルを簡易キッチンの隅に据えられたゴミ箱に放る。軽い音がして、プラスチックの箱の底にボトルが落ちていく。
「早くしろよ」
「分かってるって。そんなに待たせねぇから安心しろぉ」