メタリックハート サンプル


「こっちに来い」

 案の定ピタリと足を止めたスクアーロを、ザンザスは指で自分の方に招いてみせた。琥珀色のブランデーが入ったボトルはサイドボードの上に戻して、男が自分のそばまで来るのを待つ。背筋がピンと伸び黙りこんだまま大きな歩幅で歩いてくるさまは、昔、まだ彼の左の手首から先だけが無骨な機械であったころとほとんど変わらない。服の上から見る分には、ただ年をとっただけのように見える。年をとったといったって、いまだ現役の殺し屋として名を馳せている男である。運動を欠かさないからか、それとももともとの体質か、目尻や頬、口元や首筋にうすい皺こそあったが、年齢より何歳も若く見えた。それはもしかして、臓器のいくつかを人工のものと取り替えているからかも知れないけれど。

「なんなんだぁ」
「遠い。もっと近くだ」

ベッドから一歩離れたところで立ち止まる男に、ザンザスは赤い目を眇める。
目を眇めると同時に彼はまどろっこしいとばかりに手を伸ばして、そばに立つ男の手首を掴む。昔は口より先に手が出ていたのだから、手と口が同時に出るようになっただけでも大きな進歩だ。

「う゛お…っ!?」

 掴んだその手を力任せにひっぱると、バランスを崩した男の体がそのまま倒れこんでくる。いくらか明るさを絞られた照明が、ベッドの上に男の影をやわらかく映した。

「なにするんだぁ!」

 体の内側まで変わっているというのに、この声は昔から一向に変わらないらしい。自分の腕の中に彼を倒れこませたものだから、耳元で大声を聞かせられることとなったザンザスは盛大に眉を顰めた。

「うるせぇ」

 ゴツン、とにぶい音がしてふたりの額がぶつかる。正確には、ザンザスがスクアーロの額におのれの額をぶつけたのだ。

「う゛…ってめぇ…!な゛…っちょ、やめろよ!ボスやめろって!」

 この石頭め。そう言わんばかりにおのれを抱きとめた男を睨みつけたスクアーロだが、目の前にチカチカと散る星がすべて消える前に仰向けにベッドに転がされて、慌てて起きあがろうとする。しかししたたかに額をぶつけられたせいで、脳がまだ揺れているのか、上手く力が入らない。藻掻いて手足をばたつかせているうちにマウンティングポジションをとられてシャツの裾がパンツのウエストから引っ張りだされる。いよいよ彼は慌てた声を出した。

「やめろって言ってるだろぉ!よせって、脱がすんじゃね…っん゛…!ん゛ん…ッ」

 シャツの裾から入ってきて直に肌を撫でる手を、どうにか止めさせようと相手の腕を押し返す。けれども相手はやめるどころか、制止の声さえも封じるように、唇で唇を塞ぐ。

「ん、ぅ…っ…ふ…」

 咄嗟に固く閉じた唇を宥めるように舌でなぞられ、くすぐったくて息が洩れた。上下の唇のあわいを舌先でなぞられ、舌腹で刷かれ、押し返す腕に力が入らなくなる。根負けしたかのようにおずおずと開いた唇に、ザンザスはおのれの舌を差しいれる。ぐるりと口内を舐めると、深い傷が治ってそれでも肉が引き攣れているような傷跡が舌にふれた。

「ん…っ…は…ここまでにしとこうぜ?な…?」

 陸地に揚げられた魚のごとく抵抗しつづけていた男が、ようやく少し大人しくなったかと思えば、かすかに上がった呼吸混じりにそんなことを言う。暴れたせいでシーツには皺が寄り、シャツの裾からは白く平たい腹が覗いていた。ザンザスはいよいよ不機嫌そうに眉を寄せる。眉間には深い皺が何本も寄って、黒髪の合間から覗く目が赤みを増す。

「嫌なら嫌とはっきり言え」

 幼少期に大人たちのあいだで響きだけは優しい言葉を聞いて育った男には、なにか本音を隠しているようなスクアーロの口振りが気に障るのだ。言いたいことがあるならはっきり言えば良いのに、普段は煩いくせに肝心な時ばかりこの男は口を噤む。

「嫌だなんて言ってねぇだろ、ただもうやめようって言ってるだけだぁ」
「だからその理由を聞かせろと言ってるんだ」
 話が進まない。眉間の皺は更に増え、声が怒気を含んで低くなる。
「…、…」

 スクアーロはやはり口を噤んで、目を逸らした。片方きりの目は澄んだ水に灰色と水色を一滴ずつ落としたかのような、淡い色彩をしている。それと似せて作った義眼は色はよくできているし脳の神経と繋いであるから物も見えるらしいけれど、まばたきをすることはないし、美しすぎて本物のガラス玉を嵌めこんでいるかのように見える。酷く苛立って、ザンザスはスクアーロの体に乗り上げたままその頬を平手で張った。パン!と高く音が響き、彼の目は本物の目までもガラス玉のように大きく丸く見開かれる。

「俺のものでいるのが嫌になったか」

 呆然と目を見開く男のシャツの前を、強くひっぱる。嫌な音がして白いボタンがいくつも千切れ飛んだが、構うことはない。昔はよくこんな風に事に及んだが、そういえば久しぶりにこんなことをする。ザンザスは他人事のように思いながら男の喉笛に噛みつき、パンツのウエストへと手を伸ばした。

「や…っやめろ、やめてくれ。ボス、なぁ!」

 自分が何をされているのか理解できずに固まっていたスクアーロが、ようやく正気を取り戻したかのようにふたたび暴れ出す。肩を押し返し、身を捩って腰を引く。けれどもう既にマウントポジションはとられているのだ。体格か力によほど大きな差でもない限り、形勢がひっくり返ることはない。

「やめろって!頼む、…っお願いだから、やめてくれぇ…!」

 ベルトを引き抜いてチャックを下げ、パンツを引き下げるとそこには、義手と同じように無骨な鉄の部品でできた脚があった。うすにび色に輝くそれは、ちょうど下着の裾の辺りから始まって部品を組み合わせた膝へと続き、脛や踝はまだパンツの中に隠されている。手よりも大きな部位だから、当然部品も大きい。指先で触るとひんやりと冷たく、ひどく固かった。

「オ、レは…っもう、あんたの相手できる体じゃねぇんだよ。触っても冷てぇし固ぇだろぉ…」

 悲鳴とも哀願ともつかなかった声がしまいには啜り泣きじみた音になって、男はおのれの体を隠すように身を縮こめる。