ないしょのはなし サンプル 16p〜 「…んー…すく、あーろ…?」 ひゅっと風を切ったナイフが間一髪頬の真横を擦りぬける。避けたと思った瞬間にちいさな痛みが走って、幼い声で呼ばれたスクアーロは目を見張った。たしかに避けたはずなのに、と思うよりも先に体の後ろに逸れていくナイフを捕えて、彼は気付いた。ナイフの尻になにか糸のようなものが結んである。腕を伸ばして体から離したままそれを揺らせば、暗闇の中にきらきらと蜘蛛の糸に似たものが見え隠れした。 「う゛お゛ぉいクソガキィ」 と、踏み出した足に引っ張られるような感覚を覚えて見下ろせば、そこにも透明な糸が張られている。まるで本物の蜘蛛だ。投げたナイフの尻にワイヤーがついていて肌を裂くのではなく、標的が足元のワイヤーに触れたところからが始まりだったのだ。 「ガキじゃないよ…王子だって…、何回言ったらわかるのさ…」 まったく天才的、いや悪魔的と評するべきだろうか。長い前髪に隠された目元を擦りながら眠たげに返す子供は、歳でいえばまだ十を二つ越えたばかりでしかなかった。長袖のボーダーTシャツに爪先がぽっこりと丸い白の編み上げブーツ。それをご丁寧にも血で汚したまま、ベルフェゴールはスクアーロの部屋のベッドで猫のように丸まっていた。おそらくは自分の帰りを待っているうちに眠ってしまったのだろう。ナイフの扱いや人を殺すことにかけてはスクアーロさえも素直に感心させ、常人とは相容れぬ化け物ばかりが集うヴァリアーでも抜きん出ているくせに、こういうところはてんで子供なのだ。寧ろ、普通に暮らしている同い年の子供たちはもう中学に通っているということを考えれば、年齢よりも子供じみているくらいだ。 「汚ぇナリして人のベッドに入りやがって」 白いブーツについているのは血の汚れだけではもちろんなくて、毛布の端にはしっかりと彼の靴底の跡がついていた。道端で寝ろと言われれば眠れるし、ヴァリアーに入る前、剣一本を携えて武者修行よろしく強い相手を探し歩いていた頃には実際にそうしていたけれど、こういう状況はまた別だ。逆にさる国の王族の出だという子供の方が、ベッドが固いだの毛布が薄いだの、生地はシルクで中身はどこそこ産のアイダーダックダウンでないと嫌だとか事細かに注文をつけるくせに、他人のベッドに限らず自分の寝床でさえも靴跡をつけていたりする。そんなところをあの男は気に入っていたようだけれど、スクアーロはといえば、ベルの態度が彼に対するものとは違うから毎度手を焼かされるばかりである。 「お前がー…帰ってこないのが、悪いんじゃん…せっかく王子が待っててやったのにぃ…」 眠たいのか構って欲しいのか、自分でも判別がついてないであろう子供は、それでも自らを王子というだけあって目を覚ましてすぐ、枕元に転がっているティアラに手を伸ばす。金のティアラには赤いものだの青いものだの、あるいはよく光るようにカッティングされた透明のものだの、とにかくたくさんの宝石が嵌って輝いていた。そんなものをいつも頭に載せていて重くないのかと、ここへ来たばかりの彼の頭からそれを取り上げてみたことがある。贅を尽くし流麗な細工が施されたそれは、長剣を持ち慣れている手にもずっしりと重量感があり、その時初めてスクアーロは王冠というのはこんなにも重いものなのか、と思った。 「新技開発したしー…」 細い指先はなるほど、少年の繊細さをもっていたが、引っ掻いたようなちいさな赤い傷が散らばってもいた。スクアーロにも今は義手に変わった左手に、かつては肉刺をこしらえては潰しまたできては皮が破れた経験や、剣に仕込む火薬の量を調節しそこねて、何度も火傷を負った覚えがある。怠惰なのか勤勉なのか、残酷なのかそれともただお子様なだけなのか、どれもいっしょくたに持った指先は手探りでティアラを見つけ出すと軽々と摘まみあげ、おのれの頭に載せる。けれど本人がベッドに横たわっているのだから、きちんと頭上に載る訳がない。結局はベッドの上で、ただ少し場所が移動しただけに過ぎなかった。カーテンの隙間からは白い朝日が射し込んでいたが、朝寝坊が癖になっている王子様にとってはまだ睡眠時間のうちなのだろう。この状態のベルを起こすのは骨が折れるし、抱えて隣の部屋に移すには、スクアーロの方も疲れていた。仕方がないからこのまま放っておいて、自分はソファででも寝れば良い。ついに言葉さえ途切れた彼の横を抜けバスルームへ向かおうとしたスクアーロの腕を、しかし眠っているかに見えた少年のちいさな手が掴んだ。 「おまえ…焦げくさい?それに血のにおいもする」 バネ仕掛けの玩具みたいに起き上がった子供が鼻を鳴らしてスクアーロの体を嗅ぎまわる。ウールの黒いコートは産着から高級品に慣れきった身からすると、肌がちくちく痒くなるような安物だ。もっといいのを買えばいいのに。でもそんなのどうだっていいんだろうなぁ。呆れながら顔を近づければ、長い髪が頬を撫でてくすぐったい。そういえばもう慣れちゃったけど、初めて会った時はもっと全然短かったんだっけこいつの髪。血と硝煙の臭いをまとわりつかせた銀色の髪を見て、ベルは改めて思った。そっかぁ、ボスがいなくなっちゃってからこんなに経つんだ。 かつては項が見えるくらい短く、ザンザスが居なくなってから切られたことのない髪は、まさに彼が居なくなってからの時間を目に見える形で表したかのようだった。そのことに気づいているのかいないのか、スクアーロは剣の手入れと同じくらい丁寧に髪を扱う。だからそれはスクアーロ本人の殺伐とした雰囲気と裏腹に艶やかで美しい。 コートの上から腹の辺りに触ると、そこにごつごつとした固いものがあるのが分かった。道理で火薬の臭いが強い訳だ。まるで宝探しに成功したような気分になって、ベルは笑った。やっと永久歯が生えそろった歯列が、歯磨き粉のコマーシャルに出られそうなくらい真っ直ぐだ。スクアーロが眉を寄せたのが見える。掴んだ腕がちいさく揺れた。 「ねぇなにして遊んできたの?秘密にしてあげるから教えてよ」 なんて厄介な王子様なのだろう。指先で触れたものがなにか分かっているくせに、無邪気そのもので尋ねてくる子供にスクアーロは溜め息を吐いた。 27p〜 まるで串刺しにされていくかのような感覚に、スクアーロは身を反らした。 「あ゛…っは…!」 体の中に太い楔が打ち込まれていく。両足の間から酷く熱いものが潜りこみ、腹の中を息が止まりそうになるくらい目一杯押し広げられる。ベッドシーツについた膝が笑いそうになって、腰から背筋がジンと痺れる。全身の毛穴が開くような、口の中にどっと唾が溢れるような熱に、彼は喘いだ。まるで溺れる者がどうにか水面に顔だけでも出そうとするかのように頤を上げ、喉笛はひゅっと空気を吸い込んで鳴る。大きな呼吸に引き攣る腹。つるりとビニールを張ったように盛り上がった白い傷跡もくねる。浮き出た肋骨がまるで籠のようだと、ザンザスはその姿を見上げた。 「ひ、…ぅ…っぐ…」 何年も見ている光景だけれど、未だにこの薄い腰におのれの性器が入っていくさまは、なんだか不思議な気分になる。女のそれとは正反対にごつごつとして、どこもかしこも骨っぽい体。長身で頑丈な造りをしているけれど、とにかく厚みがなくて横から片手で掴めてしまう腰に、どうにも雄を咥えられるだけの隙間があるようには見えない。よく入るものだといっそ感心してしまうくらいだが、一度中に入ってしまえばそこは熱くぴったりと彼のものを締めつけ、絡みついてくるのだった。 「ん゛…っは、ぁあ…!」 喉笛を鳴らし苦しげな声を出すくせに、スクアーロの足の間にあるものは反り立ったままだ。大小の傷跡が白く隆起し、あるいは茶けて跡を残す肌はしっとりと汗ばんでいる。低く高く不安定に掠れる声も苦悶のそれではなく、苦しさと同時に堪えようがない悦びを孕んでいた。ようやく男のものをすべて体内に収めたスクアーロは、大きな息をひとつ吐く。運動で乱れた時とは違う、熱っぽい甘い吐息だ。嬉しそうに目を細めれば背中を曲げ、男の唇におのれの唇を近づけようとする。もちろん背を曲げただけではザンザスの顔までは届かないから腰を浮かす。せっかくたった今体内に収めたものがずるりと半分ほど抜け、仕方がないからザンザスはベッドに肘をついて自分も半身を持ち上げてやった。 「ん゛ん…っふ…は…」 「は、…ン…」 唇と唇が触れる。唇が触れたかと思えば、すぐに舌が絡まる。舌先は性急にザンザスの口内に潜り込み、頬の内側の粘膜や口蓋の凹凸をなぞった。二匹の蛇が鱗をこすりつけ合うかのように味蕾を擦り寄せ、唇を合わせる角度を変えるたびに、互いの鼻先からちいさな息が洩れる。潜り込んできた舌を押し返して、その裏の柔いところをツゥとなぞってやると、スクアーロの胎内が波打つように引き絞られた。 「ふ、ァ…っ」 腰を支えていた手で脇腹をなぞる。尖った腰骨に引き締まった腹、浮き出たあばら。時折指先に引っ掛かるのは、おそらく一生消えないであろう傷跡だ。あるものは腰骨にかかり、あるものは腹から胸にかけて大きく、いつも戦いの前線に立つ彼の体には多くの傷跡が残っている。傷跡といえばおのれとて目の前の男のことを言えた義理ではなかったが、零地点突破の火傷のような傷と、皮膚を裂かれ肉を抉られたそれとはまた違うものだ。肌を辿ればザンザスの手にはスクアーロの長い髪も一緒に触れて、興奮した体の熱さと裏腹なひやりとした感触が、まるで春雨に手を差し入れたかのようだった。 「ん゛っん…っ」 ぴちゃぴちゃと水音をたてながら、スクアーロは腰を揺り動かした。傷跡が散らばり、銃を扱うせいで皮の厚くなった掌の感触が彼を追い立てたのだ。傷跡にわざと爪を立てられて、絡めている舌が怯えたようにびくつく。それが楽しかったのか、男の指が鉤のように曲がって脇から腰の辺りまでを引っ掻いた。 「ひぅ…っ!い゛…、てぇ、だろぉ」 いつもヤスリで短く整えられている爪だから、猫のように引っ掻かれても血が出るほどの傷になることはない。けれどそれを見越してか強く引っ掻かれたものだから、ピリッとちいさな痛みが走って肌には赤い線が浮かび上がる。濡れた唇を離し弾んだ息を混ぜながら、スクアーロは非難がましく男を見た。赤い目は悪戯っぽく細められ、サディスティックというよりも子供のような雰囲気をもっていた。嗜虐的なまなざしよりも、寧ろこちらの方がスクアーロにとっては性質が悪い。大人の性嗜好の話ならやめろだの痛いだの言いつつ楽しみのうちなのだけれど、二歳年上の、しかし八年も眠っていた男に稚気を出されると本気では咎められなくなってしまう。ならば前者なら本気で言えるのかというと問題を残すが、それでも最近のスクアーロは以前よりも抵抗が増えた。抵抗が増えたというのはつまり、ザンザスが彼の抵抗を許すようになったということだ。口答えひとつ取ったって、以前は二言目を聞く前に拳か蹴りか、あるいは灰皿や燭台が飛んでくることが当たり前だったが、最近ではそのまま口喧嘩になってしまう。喧嘩といっても怒鳴っているのはスクアーロだけで、ザンザスはといえば煩そうに眉間に皺を寄せていたり静かにぽつぽつと主張をするだけ、たまに声を荒げることがあっても二言三言、という有様だから、傍からは喧嘩であるとは分かりづらい。けれどそれだけだって、大きな進歩だ。ときにはスクアーロの方から「もういい、部屋に戻る」なんて言って本当に部屋の扉を閉めてしまうことだってあるが、それこそ数年前にはありえなかった光景だ。 「だってさぁ、同じレベルじゃないとできないって言うじゃん喧嘩ってさ」 とはベルフェゴールの談である。彼はいつか朝食の席で口もきかず目も合わせず、お互いにお互いの方を見ないようにと、椅子ごと斜めにずらしてまでいるふたりを見て絶句した。これが三十路間近の男のやることか。まるでこれでは子供の喧嘩ではないか。しかも味方を増やしたいのか互いに対する対抗心なのか、事あるごとにベルに話しかけては、やれ買い物に付き合ってやるだの、やれこの間言っていたワインを開けてやるだの、巻きこまれるこちらの身にもなって欲しい。もちろんレヴィはたとえ原因が何であろうと絶対的に全面的に100%ザンザスの味方に決まっているから数にかぞえられないし、ルッスーリアは茶化したがる。ならばマーモンはといえば鼻を鳴らしてただ一言、くだらない、と一蹴するだけだ。どちらの味方になったって面倒くさいのは目に見えているから、結局その日はマーモンと街に出かけた。 帰ってきてみればふたりが談話室でコーヒーを淹れているところで、ついでに原因を聞いたら、その年の誕生日にザンザスがスクアーロに贈ったネクタイピンをスクアーロがなかなか使わないことだったというのだから、もうただただ呆れるばかりである。呆れながらしかし、ベルは思った。こうしてふたりは、昔できなかった分の喧嘩をしているのだろうか、と。 「やめろって、いて…っあ゛…」 色白という言葉では足らない。人間の皮膚というより魚の腹や陶器でできた人形を思わせる肌を引っ掻くと、面白いように赤い線が浮かび上がる。砂に指で絵を描くかのごとく、爪の痕が簡単に残るるのだ。まるで蝶の翅を毟り取る少年みたいに、ザンザスはなおも爪を立ててその肌を引っ掻く。薄い胸板から筋肉の隆起する腹へ、膝の裏から太腿の裏にかけて。代わりに離れてしまった唇をもう一度合わせて、舌では優しく口内をなぞってやる。前歯の裏側の少し上、筋の当たるところをつつけば、男を悦ばせる器官ではないはずの場所がやはり波打って、肉の輪がきゅうと窄まる。 「う゛…っ…やめろって、も…いてぇ、嫌だ…」 口付けの合間に洩らされる声は甘い。子供のように首を左右に振ろうとするけれど、下腹に押しつけられる性器は硬さを保ち、それどころか先走りに濡れているくらいだ。稚気をもったザンザスの行動が性質が悪いのはもうひとつ、結局のところ、スクアーロにとって彼の手で触れられることで心底嫌なことなどないからであった。引っ掻かれた箇所は痛いだけではなくむず痒いような、どこかもどかしいような心地がするのだ。膝の裏の皮膚の薄い場所や内腿に爪を立てられると、背筋が震えて頭の中にじわりと痺れが広がる。腹の辺りにわだかまる熱が風船のように膨らんで、まともな思考回路を隅に追いやってしまう。 「っ…体中、引っ掻きやがって…!ひっ!?てめぇ!」 振り解くように濡れた唇を離し、ついに身を起こしたスクアーロが水の膜の張った目でザンザスを睨みつける。未だ鉤のように指を曲げて、左胸辺りに手を載せていたザンザスは、そこから手を離しておのれを睨む男の性器に手を伸ばした。反り立ち濡れたものを、下から上に引っ掻く。引っ掻くとはいってももちろん、肌にしたように強くではない。爪を立ててはいるけれどほとんど力は込めず、寧ろなぞるような手つきである。けれど今の今までそこら中を引っ掻かれていたスクアーロの肩はびくんと跳ね、次いで痛みに身構えた分、予想外の快感に高く裏返った声が出た。脅かすような真似に余計視線が厳しくなるが、ザンザスはそんなものちっとも怖くはない。 「あんたはしばらく大人しくしてろぉ」 自分が体を起こしたのとは反対に、白い手袋をつけた指先が厚い胸板を押した。浮かせていた腰はふたたびザンザスの腰の上に落されて、半ばまで抜けていたものがぬぷぬぷと肉の輪を潜っていく。傘の張りが女のそれのような機能をもたない、シンプルな器官の壁を擦って腹の奥を押し上げる。男の腰に跨っているから、スクアーロは彼自身の体重で雄を腹の奥に押しつけるように咥えることとなる。 「ふん、てめぇ一人でちゃんと出来るのか?」 「甘く見てもらっちゃ困るぜ。これくらい、…はぁ…っは、…」 |