ザンザスがスクアーロを殴ることは珍しくない。
しかし殴られたスクアーロが気絶してしまうことは珍しい。
その上殴ったザンザスが少しでも後悔することなんて、一生のうちでも数える程だろう。

いつもと何が違った訳ではない。いつも通り、まず襟を掴んで頬に拳を入れ、揺らいだ身体の腹をめがけて膝をめり込ませると身体を丸めて咳き込むスクアーロの前髪を掴んで頭突き。革靴の先で肩を蹴り、そこから先はもう覚えちゃいない。
覚えてはいないが、それもいつものことだ。
スクアーロは殴られている間抵抗というものをしようともしないし、今日もそうだった。それでも普段はザンザスの怒りが治まった後、殴られて赤黒い痣になり始めた頬を押さえ、あるいは鼻血を手の甲で拭いながらよろよろと立ち上がり部屋を去って行くのに。(勿論、そのままベッドに雪崩れこまなかった場合に限るけれど)

スクアーロを殴っている間その体調の悪さを感じなかった訳でもない。確かに普段より体温が高いようだったし、呼吸がせわしないようでもあった。

けれど、一頻り殴った後ぐったりと身体を弛緩させている彼を見るまでそれを気にかけもしなかった。
殴っている間は瞬間的にしか触れない肌に手を当てると、驚くほどに熱い。思わずその顔を凝視すると発熱のせいなのか、普段青白いまでに血色の無い頬が赤い。
唇は渇いた熱い呼吸を繰り返していて、おいカス、とザンザスが小さく呼んでも閉じた瞼が開く様子はない。

そこで初めて自分の胸に苦い気持ちが広がっていくのを感じる。名前は知らないが、とにかく苦い、もやもやとした気持ちだ。
おいカス、スクアーロ、と今度は肩を揺すりながら呼んでもいらえは勿論、微かな反応さえ返ってこないことに更に胸の中の苦みが広がって、ザンザスはチッと一つ舌を打った。
この苦みを打ち消すすべを知らない。

放っておいても死にはしないだろうが、執務室の床に気絶した部下を転がしておくような趣味を持ち合わせてはいないザンザスは、仕方なくスクアーロの身体を荷物のように肩に担ぎ部屋を出る。担いだ身体全体が熱を帯びているのが、隊服の上からでも分かった。

医務室に着くと丁寧とはいえない手付きで担いでいた身体をベッドに寝かせる。相変わらず閉じたままの瞼を見て、前髪を指で払い分け熱い額を触る。額よりも冷たいその手の温度にスクアーロが小さく、どこか心地良さそうな息を吐いた。

胸の中の苦みが、少しだけ治まっていくような気がした。