くるぶしへ届くほどに長い髪の毛を切ったスクアーロの頭は、驚くほどちいさい。
これだけちいさければ中身の出来が悪いのも納得せざるを得ない、 とザンザスが思ったほどだ。
誓いの証であったスクアーロのながいながい銀色の髪の毛は、その誓いをたててから 13年目の今日、ザンザスの手で切られ、彼の炎によって灰となった。
何しろ彼の半生をかけて伸ばされた髪だから、切ってしまうのは簡単でも本体と分かたれたあとのその量に、 当の本人でさえ呆然とした。
いつそういう話になったのかは、はっきりと覚えていない。
ベッドの中でだったかも知れないし、朝食の席だったかも知れない。 あるいは晩酌の途中だとか、シャワーを浴びたあと長すぎる髪から垂れる雫を見てだったかも知れない。どれにせよ、なぜそんな話になったのかほとんど記憶にない。
ただその時、スクアーロは静かに頷いたはずだ。それまで何度も迫った行為に頑として首を縦に振らなかったあの男が、だ。それだけははっきりと覚えている。
それから数週間はお互いに暇がなかった。明け方帰ってきてセックスをして寝るくらいの暇なら何日かに一度あったが、新ドン・ボンゴレが就任してからあまり間のない今、自分たちが文字通り暗躍する機会は多いのだ。
その間俺たちは、まるで約束でもしたかのようにあいつの髪についての話題は出さなかった。いつ切る、という具体的な話もしないまま、いつの間にかあの誓いの日になってしまった。
13年前のあの日、空は暴力的なほどに青く、地平線の果てまで晴れ渡っていた。それがどうだ、今日という日はまるで今にも雨が降りそうな、そんな天気じゃないか。遠雷さえも聞こえる。
あのバルコニーではなかったが、髪は俺の部屋から続くベランダで切った。椅子を一脚運ばせて下には新聞紙を広げて、椅子に座らせたスクアーロを俯かせ、その髪に鋏を入れた。
これだけ長いとかなり思い切り良く切れるものだ。俺はまずあいつの胸の前で、既に新聞紙に付いてしまっている髪を断ち切ることにした。けれども手入れの行き届いた髪はさらさらと刃から逃げ、結局三度に分けて切られた髪ははっきり言って見れたものではなくなっていた。
ばさばさと音をたてて髪の束が三回、重力にしたがって新聞紙の上に落ちる。落ちた髪はまるで銀色の大蛇のようにとぐろを巻いていて、所々新聞紙からはみ出していた。
単純に横に鋏を入れられただけの髪に、今度は縦に刃を入れる。片手で髪の束をすこしずつ摘み、鼻先に届くくらいにまで揃えていく。その長さがあったために前で押さえられていた後ろ髪は、刃を止め手を離すと軽やかに後ろへ戻っていってそれまで晒されていたあいつのうなじを隠した。
全ての髪を鼻先で揃えた後に見下ろした新聞紙はもう、銀色で埋まっていた。俺たちはそれを二人で屋敷の裏に運んだ。
正直な話、あいつの髪を切ることで俺は何か感じるもの、例えば計画が成就されなかったことを知らしめるものが断ち切られることでの解放感や、もしくはいささか長すぎはしたが指で梳くにはひんやりとして好ましいその感触を無くしてしまったことへの後悔などがあるかと思っていた。 鋏を入れた瞬間や、髪を切り終えたあとにそんな感情が自分を襲うのではないかと思っていた。
けれどもそれは無かった。あまりの量に圧倒されはしたが、強い後悔も解放感も感じはしなかった。ただ髪を切った。それだけのことだ。これまでと何が変わった訳でもない。
この髪を切る前と切った今も、まだあいつの髪が長かった昨日までとこれからの日々も、すべては続いている。
屋敷の裏に運んだ髪を新聞紙から芝生の上へ落として、切った髪が入ったのか少しちくちくするシャツをはたく。これはあいつもやっていた。
芝生の上でまたとぐろを巻く髪はこれまでの人生見たことのないもので、そこにかけられた年数とこめられた執念を思うと俺はすこし、気が遠くなった。何しろ俺が眠らされていた8年間、こいつは本当に髪を切っていなかったのだ。これは女の執念深さにも勝るだろう。
スクアーロもスクアーロで、何を思っているのかは知らないが普段喧しいくせに何も言わず、ただ数年前から癖だった指で髪を絡める動作をしようとして絡める髪がないことに気付きすこし驚いたような、納得したような表情を浮かべていた。もう何年も長い髪に覆い尽くされていて忘れていたがあいつの頭はとても小さく、たしかに指を伸ばせば手で掴んでしまえるサイズだった。
髪が焼ける匂いは決して良い匂いとは言えない。死体の肉が焼ける匂いよりはマシだが、そんなものと比べればこの世の大半のものは良い匂いになる。
一瞬で焼き消そうとは思っていなかったのでそれなりの温度でちいさな光球を作り、髪の中に落とす。小雨が降ってきたが、俺の炎に影響を与えるものではない。
髪はぱちぱちと音をたてて焼けた。慣れてはいるが嗅ぎ続けていたいとは思えない匂いを放ち、白い煙をあげる。一筋も残らなかった。跡があるとすれば、焼けた芝生だけだ。
降り出した雨は勢いを増して、遠くに聞こえていた雷もやがて近づいてきた。まるで叶え損ねた夢の荼毘に付すような天気だった。
これはたしかに二人の、夢の野辺送りだった。