スクアーロは見てしまった。
うららかな春の日である。ボンゴレが日本びいきなせいで独立暗殺部隊ヴァリアー本部の庭園にも植えられている桜が、まるで木自体がひとつの淡い色をした綿の花のようにふわふわと咲いている。ミモザの黄色は眩しいほどで、風は軽く頬を撫ぜるようにさえ感じられる。
執務机の後ろの窓からはガラスを通して虹色に光る陽が差し込み、正面にある椅子の背を暖めていた。こんな日に日がな一日座っていればまるでパンケーキにたっぷりかけられたはちみつのように、眠気がまぶたに染み込んでくることだろう。


この素晴らしい日に彼は徹夜明けの頭を抱えて帰ってきた。
飛行機を降りたその足でターゲットのもとへ向かい、一晩暴れて朝日と共にまた飛行機に乗る、突貫工事のような任務だったから頭の中はもうベッドでいっぱいだ。
報告書を書けば、半日の休みが待っている。奮発して買い換えたベッドは殺風景なほどシンプルな彼の部屋には少々浮くほどだ。
清潔なシーツとこの間干してふかふかになった羽毛の布団。一枚で眠るにはまだすこし寒いから毛布を被ろう。ベッドに入る前にゆっくり風呂に浸かるのも良いかもしれない。
たしかこの前貰ったバスオイルがまだ残っていたはずだ。
寝不足の目には自分の書いたアルファベットさえ何かの暗号めいて、意味のないモチーフの連なりのようだった。



「ゔお゙ぉい報告書ー…」
彼がドアを開けた瞬間に、正面の机に向かっていた男の首がカクンと垂れた。机に肘を立てたまま頭だけがあわや机にぶつかる、というところまで落ちた。頬杖をついていたのだろう。
ワックスで立てた髪が一筋その額にかかる。
他人の気配には、神経質なほど敏感な男だ。それ以上に隙を見せることを厭う男だ。それが、仕事中に机を前にしたまま居眠りをしている。

「ボ…ス…?」
信じられない思いで瞠目する彼の目の前でうっそりと顔を上げたXANXUSはけれど、夢うつつであったとは思えないほど冴えた、地獄の炎のように赤い目で睨みつける。
音高く舌を打つ。もうじき三十も近いというのに、その悪癖は変わらないのだ。
握ったままだったらしい万年筆を置いて立ち上ると、大股では数歩しかないスクアーロとの距離を埋めにかかるが、その距離が埋まりきる前に節の目立つ大きな掌が伸びてくる。


ちょっと待てオレは悪くねぇぞぉ!思いながらも避けようとせず衝撃に構えて竦めた首に、XANXUSの腕が巻きついた。
脇の下にスクアーロの頭を挟み込んでヘッドロックの要領で締め付けて歩き出す。正直に言って、締め付けられる頭よりもシャツと擦れて引っ張られる髪の方が痛い。


「てめぇも寝ろ」

何が楽しくていい年をした男が二人ベッドにもつれ込んで昼寝なんて。思う暇も口を開く隙もなく、頭を抱えたままベッドに倒れこまれる。
男二人の体重を上等なスプリングは軋みもせず、ただ二人の体を少しだけ跳ねさせて受け止めた。首から上をようやく解放されたスクアーロは、がっちり押さえられて顔にまとわり付いた長い髪を払うためにちいさく首を振る。それでもまだどこか引かれているような気がする…と、 XANXUSのワイシャツの釦に引っ掛かってしまった一筋を、火傷に似た傷の残る指がくるりと解いて耳にかけた。

以前のXANXUSならばスクアーロの頭を抱えるのではなく、殴り飛ばしていただろう。釦に絡まった髪を邪魔だと言って引っ張っただろう。
スクアーロが見た、居眠りをするXANXUS以上に珍しいものはその手指の動きであったかも知れない。
いつの間にこの手は破壊するのでも支配するのでもなく、こんなにも柔らかく触れるようになったのだろう。大きなベッドの真ん中に、埋もれるように体を投げ出して思う。思うけれど、思う端から波のようなまどろみが頭の中で組み立てる言葉を攫ってゆく。
まだ風呂入ってねーのに…、寄せては返し、寄せた以上の力で引いてゆく波の中でXANXUSが剥がした上掛けに一緒に包まれる。見るともう先程自分を睨んだ目は瞼の下に仕舞われ、黒々とした睫毛が並んでいた。
外の日はまだ高い。閉じかけた瞼の隙間から往生際悪く机の方を見ると、放り出された書類に映りこんだ木の葉の影が揺れていた。