アンケート結果一位“十年後ザンスク甘い話”






「いらっしゃいませ!」
店内に私の声が響く。私の声と一緒に、舌足らずな子供の甲高い声も響く。
こんがりローストしたような樫の木のドアが開いて、溢れるように流れ込んできた春の日差しが眩しくて私は目を細めた。
入ってきたのは男性客の二人連れだった。先に入ってきた方は腰に届くほどのプラチナブロンドが見事で、日差しを受けて浮かび上がったシルエットは一瞬女かと思わせたが、女にしては肩が骨っぽくて下腹が薄っぺらかった。体のラインに丸みというものが一切無かった。

「お持ち帰りですか?それとも店内で?」
「…店内で良いよなぁ?」
一瞬女と思えたのが嘘のようにドスのきいた低い声を出した長い髪の男が、店内を見渡して、隣の男の顔を見る。見られた男は黒髪で前髪が長く、それでも隠しきれない頬に火傷の痕のような、大きな傷があった。そうして興味無さそうに、頷きもせずに黙っている。
「じゃあ店内で!」
気を悪くした様子もなく私に告げた男に向かって、かしこまりました、と告げて、私は自分の腰の辺りに目配せをした。 すぐにカウンターの横から金髪の巻き毛の子供が飛び出していって、店内にいくつか置かれた小さなテーブルの一つを濡らしたナプキンで綺麗に拭く。それを横目に見ながら私は、彼らは長く一緒に居るのかもしれないな、と思う。

「フレーバーはピスタチオとチョコラータ」「おい」
長い髪の男がフレーバーを告げた途端、隣の男がそれまで軽く伏せていた目を上げて隣を見やった。そちらも頬と同じような傷のある指先で、ジェラートの並んだガラスケースをとん、と軽く叩く。
「あ゛?」
「ピスタチオじゃなくてマカダミアナッツにしろ」
「自分で頼めよ」「そんなに食わねぇ」
「そう言ってボスさんいつも普通に一人前食うだろ」「食わねぇよ今日は」
「嘘つけぇ。いっつもそう言うんだぜ」
「だから今日は食わねぇって言ってるだろう。分かったらマカダミアナッツにしろ」
「嫌だね。オレはピスタチオが食いてーんだ」
「俺の命令が聞けねぇのか」
「ジェラート一つで命令もクソもねぇだろ」
「何だその口のきき方は。とにかく、マカダミアナッツとチョコラータだ」
「あっう゛お゛ぉい!」
ポケットから財布を出して、緑色の百ユーロ紙幣を私に渡した男はお釣りもジェラートも受け取らずに先程金髪の巻き毛の子供、私の息子ミケーレが拭いたテーブルに向かって歩いて行った。残された方は、店内にいた客すべてが肩をびくっとさせて振り返るような大声で叫んで男の背中を追おうとする。けれどもその場に立ち止まって、ピスタチオとマカダミアナッツ、どちらを掬えば良いのか惑う私に声をかける。

「…チョコラータと、マカダミアナッツ」
髪の間から覗く、髪よりも濃い色の眉を寄せ、渋々そう告げると、彼はそれきり唇をへの字に曲げて黙り込んだ。
私はガラスケースを開けてスコップで、チョコラータとマカダミアナッツのフレーバーをそれぞれ掬い、一つのコーンに二つが寄り添うように盛り合わせる。
お待たせしました。笑顔で言ってスプーンを二つ刺したジェラートとお釣りを差し出すと、黙ったままの男が軽く頷いてその両方を受け取った。席へ向かう足取りは荒々しい。
ガタン、と音をたてて椅子を引きそこへどっかりと腰かける男の背に流れる白銀の滝が、私の頭のどこかを擽っていた。
何だろう、何だっただろう。照明に反射するその色。への字に曲げられた薄い唇。鋭い目つき。びっくりする程大きな声。
まさかこの年で、子供まで居て一目惚れなんてする訳もなくて、私はジェラートを掬ったスコップをお湯で流しながら考えている。子供の頃は天使みたいなきらきらした金髪でも、大人になるにつれてブルネットになる人間は珍しくない。むしろ私も含め、大抵の人間がそうだ。その中で彼の青みががった銀の髪はとても目立った。これを以前にも見た気がする。それに連れの男。彼の目は赤かった。アルビノのように真っ赤な目をしている。あの目も、いつか見た気がする。映画やテレビの中ではない。最近ではなくて、もっとずっと昔に…。


「何拗ねてんだ」
「べっつに。拗ねてなんかねぇぜ」
「それが拗ねてない顔なのか」
「悪かったなぁこんなツラで」
「てめーが食べたいって言ったから来たんだろうが」
「…オレが食いてぇのはピスタチオのジェラートだぁ」
「チョコラータもだろうが」
「チョコラータもだけど…ってボスさん殆ど食ってんじゃねぇか!」
「うるせぇ騒ぐな。てめぇが食わないからだろう」
「だからオレが食べたいのはチョコラータとピスタチオだって言っただろ」
「そんなに食いてぇなら買ってくりゃ良かったじゃねぇか」
「お前、そんなに食わねぇ、って言ったじゃねぇか」
「ぐちぐちうるせぇカスだな。食べるのか食べないのか…食わねぇなら食うぞ」
「…食う」
「おら持ってろ」
「あ゛?」


考え込んでいると、いつの間にか目の前に目の赤い、顔にも手にも傷がある男が目の前に立っていて私は酷く驚いた。瞬きをした瞬間にカウンターの向こうに立たれたような気分だった。椅子をひく音さえしなかったような気がする。
私が顔を上げると、男はコインをトレーに置く。
「ジェラートを。チョコラータとピスタチオのフレーバーで」

その時、チリンチリン、とドアに付いている小さな鈴が鳴った。ドアが開くと鳴るようになっているものだ。
「いらっしゃいませ!」
私がそちらを向くとそこには金髪の青年が立っていて、彼はカウンターの前へ、今私の目の前に立っている男目掛けてずんずんと歩いてきた。
「ここに居たのかよボスー。スクアーロも一緒?二人で消えるなんてさ、大人げないとか思わないわけ?」
「あのカスがジェラートが食いたいって言い出すから、付き合ってやっただけだ」
「それが大人げないって言ってんの。ボス最近、マジでスクアーロに甘すぎ」

チョコラータと、それからピスタチオのジェラートを盛り付けながらも私の頭の中ではやっと糸が繋がって、手が震えてしまいそうだった。
金髪の、頭にティアラを乗せた青年が引き金だった。確かに彼を、そして彼らを過去に見たことがある。もう二十年も前のことだ。場所はこの店で、私はまだ学生だった。親のやっている店のカウンターにアルバイトがてら立っていた。
銀の髪の男は、たしかあの頃はあんなに髪を伸ばしていなくて、赤い目の男には傷がなかった。髪型が違った。二人は私がカウンターに立っている時に店に入ってきて…そうだ、銀の髪の男の大声にあの時も驚いた。少女だった私は少年だった二人がとても格好良くて、少しドキドキした。今だって、ドキドキはしないけれど格好良いとは思う。隙のない、そこらの男とは違う雰囲気を持っている。銀の髪の少年のオススメのフレーバーを、赤い目の少年が注文しなかったからそこで言い争いになって、銀髪の方が殴られて……それから、少し経った頃、少し髪の伸びた銀の髪の少年と、まだ子供だった金髪の青年が店に来た。金髪の子供はきょろきょろ店の中を見回して楽しそうだったけれど、銀髪の少年にはどこか沈んだような、荒んだような雰囲気があった。銀の髪の少年と赤い目の少年はまるで二人でひとつのセットみたいに見えたから、見たのは一度きりなのに、彼が隣にいないのがとても変な感じがした。フォークとナイフのどちらか一方が無いみたいに。
それからもう二十年。私は結婚をして子供も居て、またこのジェラート屋のカウンターに立っている。そして彼らは再びここへ来た。かつて少年だった銀の髪の男と、赤い目の男はまたセットのように二人でいる。金髪の子供は、前髪で目を隠したままだ。
「お待たせしました」
コーンを差し出すとそれを見たらしい青年がまた声をあげる。
「なにそれ、ボスが買ってセンパイは座ってるの?ずるい。俺にも買ってよボス」
「う゛お゛ぉいベルうるせぇぞぉ」
「あ、センパイ良いご身分だね。ボスに強請って二人だけ抜け出してデートなんて。さすが作戦隊長サマ」
「うるせぇって言ってんだろうがぁ!」「お前の方がうるせぇ。ベル、買うなら何にするのか選べ」
「やったぁ!俺イチゴとー…そうだなぁ…」
「ほらよ、ピスタチオとチョコラータ。ガキみたいに拗ねるんじゃねぇぞ」
「だから拗ねてねーって。どうせお前食べ出したら一人前食べたくなったんだろ、……グラッツェ」

赤い目の男は、今私が渡したジェラートを銀髪の男に渡して、彼が持っていたジェラートを掴んだ。フレーバーを迷っている青年に紙幣を一枚渡して、自分はさっさと席へと戻っていく。それを銀髪の男が追って、天井からの照明に長い髪がきらきらと光る。日差しの暖かい、春の日のこと。