あーなんか、この感じ、ちょっとあの時と似てるかも。

煤けた天井を見上げながらオレは思った。
部屋の中はぼろぼろ。カーテンが焦げてチェストが吹っ飛んで、ワインかブランデーのボトルでも割れたのかガラスの破片が散らばってて、カーペットは踏み散らかされてぐちゃぐちゃ。
部屋の中全体が焦げくさくて鉄錆びくさくて、ついでになんでか、死体が腐ったみたいなにおいまでする。
オレの両脇にはごっついオカマのルッスーリアとごっつい上に童貞だか素人童貞だかのレヴィが伸びてるわけだけど、たしかまだ腐ってないと思うし息はあったはずだ。それでもくさいものはくさい。そんでよく考えたらどっちもロクなもんじゃなくて、二人ともオレより全然体格が良くて重たくて、そんなのを二人も一緒に抱えて避難させたオレって偉くない?って、誰も褒めてくれそうにない雰囲気だから自分で褒めとく。まあ結局復讐者相手にはへばっちゃったけど、その前の王子のあのミラクルを誰も褒めてくれないなんてちょっと不当だ。レヴィには今後一年はこれでパシらせるつもりだし、もちろん遊びに行く時の運転手もさせるつもり。ルッスにはマドレーヌとカヌレを焼いてもらって、それからビーフシチューも作ってもらおう。

そんなことを思ってると、ふよふよとまるでクラゲみたいに宙に浮いていたマーモンがオレの枕元に降りてきた。
「あのさぁ、きみ」
声の調子がなんていうか呆れてるというか、ちょっと怒ってるみたいな、体が赤ん坊なマーモンには珍しく低い声だった。
「なぁにマーモン」
「きみ、まだ戦えるだろう」
「ムリムリ。ヒバリに手首やられちゃってナイフぶれるし、関節ぎしぎしだし」
「まだ自分の血も見てないっていうのに?」
「血ィ見たらほら、チームプレイだし」
「そんなの気にしない癖に」
「ばれた?」
「知ってるよ元々」
マーモンを見上げるって、そういえばあんまりないなぁ、なんてオレは考えてた。
なんでって、マーモンはフードの中を見られるのをすっごく嫌うからだ。
オレも前髪を伸ばして目元を隠してるけど、それはほとんどヴァリアーの外で素顔を見られないためだ。
オレの実家…もう両親がいない場合にも使うのか知らないけど、とにかく実家は正真正銘の王族で、ないとは思うけど出自が知れたら結構うるさいことになる。だからオレは外で素顔を晒したくない訳で、そんなことてんで気にしてないここの幹部連中とかボスに見られたところでどうってことない。
というかスクアーロに至っては小さい時に「ガキが目ぇ悪くしたらどうすんだぁ!」って怒鳴って追っかけてくるもんだから、前髪掴まれてハサミ入れられそうになったりピンで留められそうになったり、相当な攻防戦を繰り広げたものだ。
でもマーモンの素顔は、多分ボスしか知らない。
オレも子供の頃はすっごく気になって、隠されたら隠された分だけもっと見たくなってお菓子で釣ってみたり無理矢理見ようとしたり、あとはナイフでフード切り裂いてやろうともしたけど、全部失敗した。そのうちなんだか、もういいやって思っちゃった。そんなに見せたくないなら、マーモンが自分から見せるまで待っててやる、って。
どう?さっすが王子いい男でしょ?
ぎゅーってしたら「お金取るよ」とか文句言いながらもそのまんま膝の上にいてくれるマーモンだけど、素顔は見せてくれない。いまもフードを仰ぎ見ても、その中は真っ暗で丸い目か細い目か何色か、そんなの全然わからない。それでもまあ、マーモンはマーモンだし、いまはこうやって王子の所に来てくれるんだ。

「だってさ」
「言い訳するつもりかい?」
「言い訳っていうか情状シャクリョーの余地っていうか?」
「悪いことしてる自覚はあったんだ」
「違うよ王子のじゃない」
「ム?どういうことだい」
「スクアーロのだよ。あいつの情状酌量」
「ムム…ますますわからないじゃないか」
「だからさぁ、あいつがさ、あんな嬉しそうな顔してるから、王子としてはホントは戦いたいんだけどその気持ちを汲み取ってこうやって大人しくしてやってるわけ」
「嬉しそうな…」
「うん」
「それは認めるけど」
「そんでさ、ボスも楽しそうじゃん。あいつ戦闘バカだけど可哀想だったじゃん八年。戦ってもちっとも楽しくなさそうでさ。指輪戦の時だって、テンションは高かったけど楽しそうってのとはちょっと違った。まあそりゃそうだよね。そんで今回ボスと一緒に戦えてほんっと楽しそうだしもう戦闘バカ丸出し。でもボスも満更じゃなさそうだし、だから邪魔者は引っ込んでようかなーって」

ほとんど声は出さないで喋ってるけど聞こえたらまずいかな?そう思って、オレは二人の方を見る。でも二人は気付いてないみたいだ。ボスはこっちを向いてないし、スクアーロは真剣な顔でボスの傷の手当てをしてて、まるでこっちが目に入ってない。
真剣な顔でもさ、やっぱりどっか嬉しそうなんだよねスクアーロ。見ててこっちが恥ずかしくなるくらい。ああこいつボスと一緒に戦えてほんっとうに幸せなんだろうなーって思っちゃうくらい。もしかしたらオレより酷いくらいの怪我してる筈なのに、なんか妙に毛艶の良い犬みたいな感じ。でっかくって細くって、でもすっごい牙が鋭くって大きいくせに強いくせにすぐぎゃんぎゃん吠えてうるさい。
ボスはボスで戦ってる途中にスクアーロのことなんか見ないし、終わっても怪我を気遣ったりしないし、自分のものだから当然って顔してる。目に怪我までしてるのに機嫌は悪くないみたいだし、されるがままにしてるし。
なんかさ、王子は思ったんだ。
こういうのって、八年ぶりじゃないっけ?って。ゆりかごの時見てた二人の背中って、こんな感じじゃなかったっけ?って。
ゆりかごに負けてボスが凍らされて八年たって、また負けちゃって、別に知りたくもなかった未来のことなんか教えられて、多分色々変わってることは多いんだろうけど、でも。
ボスが16歳でスクアーロが14歳で、そんでオレはまだ8歳で。あの時のボスといまのオレとはもうおんなじ歳で。
でもなんか、あの時みたいな少年みたいな、青春みたいな、そんな二人がいるような気がして、だから王子は戦えないこともないけどお役御免。観客に徹するよ。そんでこれが終わったら乱暴な二重奏に盛大な拍手を送るよ。

「でもそれ、きみが僕の呪いを解くのに協力しない理由にはならないんだけど」
「あれ、それもばれた?」
「ばれたも何もないだろう」
「それはさぁマーモン、オレがマーモンにずっとヴァリアーにいて欲しいって思ってるからだよ。呪いが解けなくてお金もなければここにいるしかないじゃん」
「あのねぇベル、別に僕は呪いが解けたからっていって…」
「あ」
「ム?」

ちゅーした。
口元は見えちゃいないけど、でもあれってちゅーしてるようにしか見えない。オレの視線の先を見たマーモンが、ごくごく静かに溜め息を落とす。
暴力も愛情も信頼も狂気もぜーんぶひとりに向けちゃって、そんなのってきっとちょっとフツーじゃないって、やっぱりこんなオレでも思う訳だけど、でもいいよ。
オレはスクアーロの八年をずっと見てるから。スクアーロが死んだかと思った時のボスを知ってるから。
やっぱりふたりが好きだから。
だから見てないふりして、目を閉じてあげるね。