「caro mio ben」
色のない唇だ。
ディーノは包帯の隙間から覗くそれが母国の言葉を紡ぎ落とすのを見下ろして、車椅子に固定していたスクアーロの身体を解放するようにと命じる。しかし、とためらう部下に視線のむこう、一人ぽつんと立ちつくすザンザスの姿を目配せする。沢田綱吉はもうその守護者達や彼の優秀なる家庭教師に囲まれて気の抜けた笑顔を浮かべていた。
拘束が解かれるや否や、頭に狙いを定められたままスクアーロはザンザスに向かって走りだした。本人としては走っているのだろうけれど、包帯だらけの薄い身体は一歩ずつ、突んのめりそうになりながら進む。
ついにその身体がすとんと地に落ちた。
電池の切れたロボットかネジの飛んだブリキのおもちゃ、はたまた壊れた人形のように崩れ落ちたスクアーロはけれど、ただ崩れたのではなかった。片膝を立て、ザンザスの足元に跪いているのだ。白に近い色をした長い髪が真黒い制服の背中を流れてあふれ、グラウンドの埃っぽい赤土のうえに落ちる。
そして伸ばされた、手袋に包まれた10本の指がザンザスの手をそっと包み自分の前に引き寄せた、かと思うと赤土のうえを髪の先が音も無く滑り、先程見た青い唇がその手に触れていた。
それはひどくうやうやしい仕草で、声を出すことさえ憚られた。
スクアーロの背を覆い尽くすような長い髪が、かすかな風になびいている。
きっと彼からはよく見えているのだろうスクアーロの顔を見下ろす、土埃と血の汚れと、火傷のような傷で今まで見たことが無いほど全身ぐちゃぐちゃにしたザンザスの姿。血走った目には徒労が浮かび、うすく開いた口元がくりかえす呼吸は荒い。
ディーノの隣で空になった車椅子のうえ、残骸のように残された包帯だけが風を受けてびょうと鳴いた。
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「caro mio ben(カーロミオベン)」愛しいひとよ・大切なひとよ
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