アンテナ
 余計な騒動を避けようと思うだけの分別はあったので、少女がアンテナを盗むのは人気のないときに限られていた。状況さえ許せば、駐車中の車、電話ボックス、軒先、そしておそらく技術があるなら屋根の上にも登り、アンテナを盗っていったことだろう。
「どうしてそんなことすんの? どうせならもっといいモンにしなよ」
 友人は呆れたようにそう告げ去っていったが、ひとの発言を覚えていられないのだからしょうがないと、少女は気を悪くすることもなく思っていた。忠告とも侮蔑ともわからないそんなことばも、少女はすぐに忘れた。
 相手の喜怒哀楽に合わせたつきあいで、充分に日々は流れていく。それよりも大切なもののために、少女はアンテナを集めている。
 風の強い昼下がりは、絶好の電波日和だ。そんな日はうっすらと笑みを浮かべ、自宅近くの小さな砂浜へと少女は向かう。ハマヒルガオが名残の春を讃えるように、淡い桃色の花をつけはじめている。それを踏まないようにして、少女は肩のトートバッグからアンテナを一本抜きとる。そして倒れないように、砂浜に深く突きさす。
 全てのアンテナを砂浜に立ててから、その中心に娘は横たわる。雲を流し風に乗って届く電波を、アンテナに受けとめ身体に溜める。それで少女は、なにが起こっているのかを知る。ひとがなにを思っているのかを知る。
 殴られもしたし、なじられもした。泣かれもしたし、嘆かれもした。
 少女の所業がそれらを呼んだが、その理由はアンテナを介してしかわからなかった。そしてわかったところで、どうしようもなかった。
 アンテナからもたらされるよくない出来事は、次第に増えていく。時折り女性の唸り声が訪れ、少女の身体を捻るようにゆきわたる。だがそれがだれの声か、少女にはわからない。
 そしてある日、悲鳴が届く。アンテナは立てていなかったのに、叫びは少女の身体に充満し破裂した。
――やめて。彼を連れていかないで。どうして。離さないで。やめて。いかないで。やめて、やめて、やめて……。
 どれほど気を失っていたか、少女は知らない。ただ行かねばという衝動だけが、渦巻くように残っていた。
 あの場所へ、あの塔のもとへ、そこにいる、きっとそこにいる。
 それがだれか、少女は知らない。塔の場所も名前も、少女は知らない。だがいずれそこに辿りつき、幾千と繰りかえされ生まれ死ぬ、彼を待つ。
「ツノ? きみはだれ? ぼくが考えたことをしゃべっているのか? やめろ、やめてくれ」
 やがて青年が去り、少女の口から洩れたことばも空気に融けていく。青年の小さくなる後ろ姿を眺めながら、少女は自分の頭に手をやり、初めてアンテナが数本、生えているのを知った。
 あのときと同じ声が、ときおり届く。泣きながら責めて、なじりながら愛を告げる。
 罪のことばは生まれる。青年に代わり、少女がこぼす。アンテナは風を読む。いつか嘆きが消え、棒切れになる安息を待ちわびる。