昔聴いた唄が生け垣の奥から聞こえる。一年中下がったままらしい簾が、窓の外側に下りているのが上のほうだけ見える。猫町の家は小さい家が多いわりに、庭と生け垣がちゃんとある。そしてどの家も古い。
今日引っ越す彼から聞いて、布団が安く売られている店へと向かう。彼は軽トラックを出してくれる友人が来るということで、もう会うこともないだろう。お元気で。
電信柱に小さく書かれた住所から猫の字が消える。バス停が見えれば、その手前の信号を渡って右手のほうに進む。車もひとも多くなった。猫町を出たからだろうか。水の匂いがした。川の手前にある四階建ての建物が全国チェーンのショッピングセンターだそうだ。もっともぼくの田舎だと県庁所在地まで行かないとその店はない。
布団も冷蔵庫もそこで揃うだろうとのことだったが、急がないのならば冷蔵庫はもっと繁華街まで行けばいいらしい。往復のバス代よりも値引きが見込めるならそうしようと思う。
入ったはいいが、ひとの多さと重なるアナウンスで正直よくわからない。平置きされた台には苺が並び、甘い匂いを放っている。上だろうと見当をつけてエスカレーターに乗る。婦人服の二階に、紳士服と子供服の三階、そして最上階が生活用品ということのようだ。でもエスカレーターから下りても見えるのは食器と文具と電化製品だった。どこかにはあるのだろう。だからどこかを探してうろつくことにする。家からの荷物が着くのには、まだ二時間半ある。
鍋を通りすぎ、風呂用品を抜けて、絨毯に至る。壁沿いに曲がれば手芸用品が始まり、カーテンが垂れさがり、そして布団を発見した。エスカレータのちょうど向かい反対側だったのはご愛嬌。
いちばん安い敷き掛け布団と枕のセットにいまならそれぞれにカバーもついて8499円、おまけに市内配送は無料とあったのでそれに決める。三時までの購入なら、当日配送可能なのもいい。見本の布団に顔を近づければ、卸したての綿の匂いがした。なぜかぼくはわくわくする。ぼくの匂いに染まっていくだろう布団を買ったからかもしれない。
配送先をとボールペンを渡されて、はたとぼくの手が止まった。猫町一丁目そこまでは覚えている。けれどそのあと、番地は何番だったのだろう。記憶を探るために顔を上げれば、時計売場の目覚まし時計たちが三時が近いと教えてくれる。ふたりいる店員はレジを打ち商品を包んでいる。猫町一丁目、そこから先が止まる。困ってぼくは、猫町一丁目アパート(レンガ色の壁で二階建て)203号室、と続けた。運送のひとの目端と手腕を祈って、ボールペンを置く。
配送票を確かめても店員はなにも言わない。一円玉が乗ったレシートと「では本日六時以降にお届けとなります」という声が返ってきた。上着のポケットにそれらを詰めこんで、ぼくは冷蔵庫の下見に入る。夕飯のおかずも見なくちゃならない。苺はもう少し安くなってからでいい。
宅配便が届くまでには、あと一時間半ある。そして布団が届くまでには二時間半だ。寝るまでに到着するかどうかは、運送屋さんに期待する。
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