2007年02月28日(水)ふしだらピーッ!

「関西テレビの番組「発掘!あるある大事典2」の実験データ捏造(ねつぞう)問題で、同社は28日、社内調査の報告書を近畿総合通信局に再提出した」

…東京じゃないと平気で叩けるんだな。東京の局については叩かないくせに。例えば?「テレビ東京の株式を数パーセント取得したあいつの身辺」に関して。

あまり関西をバカにしない方がいい。戦時統制体制として形成され、戦後においても存続した「40年体制」を利用して、中央省庁は国策として
経営・企画・立案・情報等の機能を東京に集中させることに注力した。地方は、第一次産業と製造業の現場(工場)で生きていけ、というわけである。

ところが、近畿圏においてはその製造業でさえ制限されたのだ。近畿圏の足かせとなったのが、いわゆる「工場三法」である。

1964年:「工場等制限法」制定 正式名称:近畿圏の既成都市区域における工場等の制限に関する法律
既成都市区域内の制限区域において、産業・人口の過度の集中を防止し、都市環境の改善を図ることを目的として、工場や大学の新設・増設を制限。

1972年:「工業再配置促進法」制定 工業が集積した地域(移転促進地域)から集積が低い地域(誘導地域)に工場を移転・新設する場合、事業者に補助金を実施。

1973年:「工場立地法」制定 特定工場(敷地面積が9000平方メートル以上または建築物の建築面積の合計が3000平方メートル以上の大・中規模工場)を
新設・増設する場合、生産施設に面積制限を課し、一定規模の緑地、環境施設の確保を義務づけるもの。

「工場三法」によって近畿がダメージを受けたのは、法律の結果ではなく、ダメージを与えることが法律の目的だったフシがあるからである。
40年にわたって近畿がこれだけのダメージを負わされたにもかかわらず、大阪はなお、これだけの都市を作り、それを維持していて
神戸は壊滅的大規模災害からの復興を果たしたとして、世界中の注目と尊敬(リスペクト)を集めている。

…と言う事で。基本東京の大阪(関西)叩きに関しては「じと〜っ」とした眼差しで冷やかに見ている方が大正解だったりする。東京のマズゴミはウンコ!てな感じで。
一言だけ書いておくと「全国紙は東京の新聞である」「全国キー局は東京のテレビ局である」と言う事。「全国に見せかけた東京ローカル」これが大半の現実。

2007年02月28日(水)22時28分02秒