2007年08月10日(金)the shortest test

[ 本田雅一のAV Trends「Blu-rayとHD DVDを巡る新展開 〜誰がためのフォーマット戦争維持なのか?〜」 ] 先日、新型HD DVDレコーダが発表され、HD DVDと
Blu-ray Discに関連する話題で再び盛り上がっている。レコーダの動向に関しては、普及型HD DVDレコーダ発売後、数週分のPOSデータからの集計が
上がってきているが、松下が安定して60%ほどのシェアを維持。一方、東芝は発売直後の初週、ソニーを上回ったが、その後はシェアを落として現在は約10%(Gfk調べ)。
速報値のため修正が入る可能性はあるが、HD DVDレコーダは苦戦しているようだ。もちろん、国内レコーダの市況に関しては、まだ年末の商戦期を迎えておらず、
結論を出すのは早すぎるが、普及型HD DVD発売後の第1ラウンドは東芝の健闘及ばずという状況に見える。だが、本当に動きが出ているのは日本のレコーダ市場
ではなく、北米のBDビデオソフトを取り巻く状況である。このところ、続けざまにHD DVDにとっては不利なデータが出てきた。

ワーナーがHD DVDとBDの売り上げ内訳を公表:HD DVDとBDの両方を販売してきたワーナーブラザースとパラマウントピクチャーズだが、これまで各タイトルが
どの程度の割合で売れたかを示すデータは示していなかった。その中で、これまでややHD DVD寄りの態度を取っていたワーナーが、最新作「300」において、
BDの占める割合が非常に高いことを公表したのだ。ワーナーが発売したHD DVD/BDの中で、これまでもっともよく売れたのは「ディパーテッド」。発売第1週に
10万枚(HD DVDとBDの合計)を売り上げた。これに対して「300」は発売第1週に25万枚と、これまでの2.5倍となる数字を叩きだしている。
とここまでは普通の発表だが、今回はプレスリリースにおいて「BDの占める割合は65%」と明記された点が新しい。「300」は、言わばゲームの「無双シリーズ」を
映像化したような映画で、大量の敵をバッタバッタとなぎ倒す爽快なアクションが売りの映画であり、ゲーム世代からの支持が強いと想像される。
65%という数字も、PS3ユーザーがBDの売り上げに大いに貢献したからで、フォーマットの実力を示す値ではないという主張をする向きもある。
とはいえ、全く同じタイトルでの売り上げ差は、各フォーマット対応プレーヤーのユーザーが示す購買力差と読み取れるわけで、HD DVDにとっては
あまり都合の良い数字とは言えないだろう。東芝は既にIntel製チップを使わないローコスト版HD DVDプレーヤーを発表しており、多くのアナリストが指摘する
普及ラインの「200ドルプレーヤー」に近付いて来ている。松下製プレーヤーが599ドル、ソニー製プレーヤーが499ドルに設定されている中で、299ドル
(実際にはさらに安価になっている店もあるようだ)の東芝製HD DVDプレーヤーで戦って、同じタイトルでの比較でBDソフトの方が多く売れている事実は軽くない。
なぜなら、これ以上はプレーヤーの値下げ効果での普及を促進できるかどうか厳しいポイントにまでさしかかっているからだ。後述するがプレーヤーのコスト
逆ザヤ状況は限界近くまで来ており、今後、本当に普及を目指すならばこれ以上は下げられない。価格を下げすぎ、本当に大量に売れてしまうと供給できくなる。
さらに、ブロックバスターのBDソフトレンタル開始、ターゲット(米大手流通)で販売する高解像度対応プレーヤーの公開入札でソニー製BDプレーヤーが選ばれたことなど、
最近のいくつかのニュースも考えると、好調と言われた北米市場でも、HD DVDと東芝にとってはかなり厳しい状況になってきていると言わざるを得ない。
加えて身内からも、HD DVDビジネスが非常に難しい状況に陥っているとの声が出始めている。

ユニバーサルはHD DVD支持を年内も堅持。その理由は?:ハリウッドにおけるHD DVD/BD関連ニュースを集めたWebサイト「HOLLYWOOD in Hi-Def」に
ユニバーサルホームエンターテイメント社長のクレイグ・コンブロー氏のインタビューを元にした記事が掲載され、その中でコンブロー氏が「フォーマット戦争を
続けることを望んでいる」と発言しているのだ。また、その記事にもあるとおり、実はユニバーサルは年内にもBDでのパッケージソフト発売を計画していた。
コンブロー氏には、直接話を伺ったことがあるが、熱心なコンボフォーマット(両面でHD DVDとDVDをサポートするディスクフォーマット)支持者であり、これまでも
ユニバーサルは、多くのコンボフォーマットディスクを発売してきた。DVDから高解像度の世界には、徐々に移行していく必要があり、そのためには
コンボディスクが必要と話してきた。しかし昨年末以降、BDのソフト売り上げが急伸したことで態度が軟化。関係者によると、年末向けにA級タイトル2作
(「ボーン・アルティメイタム」と「キングダム」)を含むユニバーサル作品をBDでも発売する方向で調整が行なわれていた。オーサリングサービスを
松下電器の下部組織であるパナソニック・ハリウッド研究所が提供し、ソニーがディスク製造を行ない、2社がユニバーサルがBD市場への参入を果たすために
必要な道筋を作り、それに乗って BD市場参入というシナリオがほぼ決まっていた。ところが、この話が急にご破算になった。松下とソニーの関係者は
上記のディールに関して否定も肯定もしなかったが、どうやら家電業界以外からの外的要因が作用したようだ。前述したインタビューにおいて、コンブロー氏は
フォーマット戦争を継続したい理由を「2つのフォーマットが併存していた方が、機器メーカーによる競争で価格が下がり、消費者、映画スタジオ、流通の3者にとって
都合が良いからだ」と話している。つまり、あえてユニバーサルがHD DVDを支持し続け、フォーマット戦争を維持した方が、プレーヤーが安くなり、それによって
普及が加速され、機器メーカー以外にとってはハッピーであるというのである。もっとも、コンブロー氏の発言は東芝にとっても良い話ではない。
なぜなら、コンブロー氏は「現在、HD DVD市場は危機的な状況であり、ユニバーサルが両フォーマットをサポートすれば、HD DVD市場は維持できなくなる。
だからこそ、HD DVD単独サポートを続けることでフォーマット戦争を継続させなければならない」と考えているからだ。この発言の意味するところを整理すると、
コンブロー氏は高解像度ビデオパッケージソフトの商機がまだ先であるため、今は両規格を煽ってプレーヤーの低価格化を誘導。200ドルを切って普及が始まるまで、
フォーマット戦争を維持させたい。さらには、今のHD DVDは、自分たちの支えがないと維持できない状況と見ているわけだ。

フォーマット戦争維持に消費者の利益はない:しかし、本当にコンブロー氏が言うように、フォーマット戦争の維持が消費者にとっての利益につながるのだろうか?
そうは思えない。HD DVDおよびBDのプレーヤーは、システムLSIの統合が進められており、プレーヤーを構築するためのシステムLSIコストは両フォーマットで
ほぼ同じと考えていい。搭載メモリはHDiの処理が必要なHD DVDの方がやや多く必要だが、ドライブの価格はおおむね同等と見られており、同程度の仕上がりの
外観、同程度の映像出力、音声出力回路を持たせれば、どちらも同じようなコストが必要だ(松下製BDプレーヤーは第1世代の設計であるため、やや高コスト)。
このため、松下製の599ドルプレーヤーは若干の足が出ているハズだが、ソニーの499ドルプレーヤーがコスト的にイーブン。さらに年末に向けて発売される
さらに低コスト版のプレーヤーでは499ドルでも利益が出る(コストイーブンなら399ドル程度だろう)ようだ。これに対して東芝製プレーヤーの第2世代は
299ドルで販売されており、100〜200ドル程度の逆ザヤ(製造コストが販売価格を上回っている状況)が出る計算になる。細かな原価計算はきちんと行なわなければ
わからないが、概算でも299ドル以下で販売して(さらにバンドルソフトを付けて)利益が出る構造ではない。松下やソニーの利益が出ない価格設定というのも
ビジネス的には問題だろうが(戦略的にはアリだろうが)、逆ザヤが出てしまうと数10万、あるいは100万台以上といった数はとても出せない。
機器メーカーが正常な利益を取れない状況が長期化してしまうと、性能や機能、品質を維持、改善することができないため、結局はそのツケが消費者に回ってくる。
価格が安くなって購入しやすくなるのは消費者にとって良いことだが、それはあくまでも正常なエコシステムが回りながら自然にコストが落ちていくからであり、
逆ザヤを出して価格が下がるのとは全く別の話だ。ゲーム機はどうなんだ? という話もあるだろうが、ゲーム機は全く同じ仕様の製品を独占的に5から10年
販売し続けることで利益を出すビジネスであり、通常の家電品とは本質的に異なる。まだ発売されてから1年、本格的にビジネスが立ち上げ始めてから
9〜10カ月という状況下で普及とコストダウンを語るのは早すぎる。歴史上、もっとも成功したコンシューマエレクトロニクス製品と言われるDVDでさえ、
96年の立ち上げから2000年の普及開始まで4〜5年を要しているのだ。あまりにも性急に市場を動かそうとしても、消費者を含め誰も得をしない。
また、フォーマット戦争はなくとも価格競争が起きることは、すでにDVDが証明している。また、日本市場におけるレコーダの状況を見ても、そのことは理解できる。
冒頭でも述べたように、ハイビジョンをそのまま光ディスクに残せるレコーダは、90%がBDレコーダである。そしてそのBDレコーダ市場では、松下が70%近くを占有し、
残りの30%をソニーが取っている。しかし、これは表面上のことだ。DVDドライブ搭載ハイビジョンレコーダ市場を見ると、ここでのトップはシャープ。
当然、シャープはBDレコーダ市場でもトップを狙っており、将来的には松下、ソニーに牙を剥いてくるだろう。年末に向け、BDレコーダ市場の中で見えない競争が
始まっているのである。これは北米でのプレーヤー市場に置き換えても同じである。ならばなぜ、ホームビデオ部門のトップという立場のコンブロー氏が、
あのような発言をしたのだろうか?フォーマット戦争を維持した方がユニバーサルにとって得なのだろうか? それも考えにくい。
製品は作り続けなければノウハウが蓄積されず、外注業者との関係も構築できない。つまり、BDの市場が立ち上がったとしても急にBDビジネスを立ち上げることは
できない。だからこそ、年末にBDソフトを発売するプランを持っていたのではないか。実際、タイムリーに消費者が望むタイトルを発売すれば発売1週間で
25万枚が売れ、その大半がBDというのだから、意味のないフォーマット戦争維持をユニバーサルが担うメリットはない。加えて機器メーカーの利益を
無視していることから、東芝がユニバーサルの引き留め工作を行なったという見方も否定される。となれば、残るのはマイクロソフトということになるだろうか。
とはいえ、マイクロソフトが執拗にHD DVDを支持し、BDを忌み嫌う本当の理由は、まだ誰も聞いたことがない。確かなのは、HD DVDの市場維持が
難しくなってきているという意見が陣営内から出たこと。そして、フォーマット戦争は(何らかの強い意志により)継続されそう、ということである。

2007年08月10日(金)22時12分00秒