[ 動揺せず「任務粛々と」 インド洋補給活動 ] インド洋やアラビア海で、テロリストによる武器や麻薬の輸送を監視する多国籍軍の活動を支援するため、
海上自衛隊が行っている洋上補給活動が岐路に立っている。産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が15、16日に行った世論調査では、
賛成(48・7%)が反対(39・1%)を上回った。だが、民主党の反対で、少なくとも一時的な撤退が不可避の情勢だ。海自はどういう活動をしているのか。
活動継続に向け新しい首相はどう対応するのか。国際貢献のあり方を問う連載初回は、アラビア海を航行する海自補給艦への同乗取材を報告する。
■常に“実戦” 同乗したのは、安倍晋三首相が退陣表明した翌13日。補給艦「ときわ」(基準排水量8150トン)の隊員たちは38度の炎天下、
汗だくで黙々と任務をこなしていた。午後2時(日本時間午後7時)、アラビア海北部。一面に広がる群青色の大海原。ジリジリと甲板に照りつける日差しがきつい。
海面をすべるように、静かに航行していたそのときだ。艦内放送が突如、鳴り響いた。「5番ステーション、洋上給油用意!」甲板から後方の洋上をみると、
灰色の船影が徐々に大きく、こちらに近づいてくるのがはっきり見える。「ときわ」を追って周辺の警戒に当たっている護衛艦「きりさめ」(4550トン)の後方に
姿を現したのは、パキスタン海軍の駆逐艦だ。軽油や水の補給を受けるためだ。洋上補給を円滑かつ安全に実施するには、約12ノット(時速約22キロ)の
スピードを保ち、40メートルの距離を保たねばならない。洋上でのこの距離は思いのほか近く感じる。「ときわ」の甲板上では、長袖の作業着にヘルメットと
救命胴衣を着用した隊員たちが慌ただしく動き回る。駆逐艦が補給艦の右舷にピタリとつけた。艦橋で操舵(そうだ)する隊員の表情はみるみるこわばり、
緊張が頂点に達したのがうかがえる。両艦の距離は、駆逐艦の乗組員の顔のひげが確認できるほどに近い。舵(かじ)を誤ればすぐに激突してしまう。
燃料を満載しているだけに、危険と隣り合わせの作業だ。「海上の無料ガソリンスタンド」(民主党関係者)という牧歌的な批判とはほど遠い、命がけの仕事だ。
「ときわ」から駆逐艦の甲板めがけ、ロープを発射。パキスタン艦の乗組員たちが素早くそれをたぐり寄せる。その後、両艦をつなぐ太いワイヤが渡され、
それを伝って3本の給油・給水ホースがパキスタン艦の給油口に手際よく接続される。3時半。この日は100キロリットル余りの軽油を流し込んだ。
作業を終えた隊員たちは、甲板上に直立不動の姿勢で整列。パキスタン艦を見つめ続け、高速で去っていく駆逐艦に大きく手を振った。補給艦の艦長、
菅原貞真2等海佐(54)は「海自艦船に補給を行うときはこの3分の1の時間で終わる。だが、知らない相手艦とコミュニケーションをとる分だけ作業は難しくなる」
と多国籍軍との連携の困難さを語る。これまで補給作業の失敗はゼロ。「常に100%の能力を発揮しなければ成功しない」(菅原艦長)と隊員らの練度の高さに胸を張る。
■将来のために 一報は、家族からの電子メールだった。安倍首相が辞任を表明した12日。衝撃的なニュースは艦内に瞬く間に広がった。甲板作業員長の
増田昭夫曹長(48)は「隊員に驚きはあったが、動揺はなかった」と淡々と語る。菅原艦長も、「どなたが最高指揮官になろうとも、われわれは与えられた任務を
粛々と実行するだけだ」と語る。ただ、「ときわ」と「きりさめ」の2隻を指揮する派遣海上支援部隊指揮官の尾島義貴1等海佐(47)はこう語る。
「みなさんのお子さん、お孫さんが将来、笑って暮らせる日本をつくるためにわれわれはここで活動している。そんな国につながるような結論が得られればいい」
補給活動の延長に「職を賭す」と語っていた安倍首相の言葉が脳裏をよぎったのか。
■日常化する派遣 「暑いからどうしても火を通した揚げ物が多くなるんですよ」「ときわ」の士官室。尾島指揮官がこう言って笑顔で昼食会に迎えてくれた。弁当のふたを
開くと指揮官の言葉通り、フライ、空揚げ、ハンバーグ、スパゲティ、それから昔なつかしい赤いソーセージと、お子様ランチのような食材が並ぶ。中年以上の隊員の
胃袋にはこたえるだろう。毎週金曜の昼に曜日を忘れないようにと供される辛口カレー。旧海軍時代からの伝統だ。これが「待ち遠しい」という隊員心理がよく分かる。
インド洋での海自の補給活動は平成13年12月の開始以来5年9カ月に及ぶ。アフガニスタンでのテロ行為を封じ込めるためテロリスト、麻薬、武器の海上移動を防ぐ
海上阻止活動を行う多国籍海軍への支援の一環だ。13日現在、11カ国に対し計778回、約48万キロリットル(約220億円相当)の給油を行った。日本に5隻しかない
補給艦の乗組員にとっては日常業務となり、中には6回の派遣を経験した隊員もいる。「家族からは、『頑張って』といわれただけです。家で仕事の話はしませんし、
海外派遣といっても特に変わったことはありません」こう語るのは、「ときわ」の甲板で給油作業に携わる戸田好美1等海曹(45)。派遣回数は今回で4回目。5カ月程度の
派遣をほぼ毎年のように経験している。132人の乗組員のうち2回以上の派遣を経験したのは6割の82人で、戸田氏を含め10人が4回、1人が5回の派遣歴を持つ。
だが、いかに訓練で慣れていても、2段ベッドを並べた16人部屋での長期の洋上生活はストレスにつながる。菅原艦長は隊員の心のケアについて「国内にいるとき
以上に隊員のプライバシーを尊重し、衛星携帯電話や電子メールで随時家族と連絡を取れるよう配慮している」という。(加納宏幸)(2007/09/17 21:48 産経新聞)