[ 中国がダライ・ラマ訪問でイギリスを非難(笑) ] 中国外務省の秦剛副報道局長は24日、英国がチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の訪英を認め、
ブラウン首相が23日に会談したことについて談話を発表、「中国の内政に干渉し、中国の国民の感情を著しく傷つけた」と非難し、「強い不満と断固たる反対」
を表明した。秦副局長は「チベット問題は中国の内政」とあらためて強調。英政府がこれまでチベット独立を支持しない方針を何度も表明してきたとして、
「実際の行動」で約束を実行するよう求めた。(共同)(サヨク産経 2008.5.24 20:37)
意味が分かりません。以上。チベット仏教の最高指導者、すなわちナンバーワンの地位にあるのはみんなも知ってるダライラマ14世。
チベット仏教のナンバーツーに居るのがパンチェンラマ11世。しかし6歳の時に政治犯として中国共産党に誘拐される。生きていれば19歳だが果たして。
偽のパンチェンラマを中国共産党は立てているんだが話にならない。「本物の」パンチェンラマ11世を返せ。洗脳されていない状態で返せ。
そして。最近になって「チベット仏教のナンバースリー」が動き始めた。カルマパ17世。今22歳。殆ど若者と言ってもいいな。そう言う年齢のお人。
パンチェンラマ11世が誘拐されてしまったので「実質的なチベット仏教のナンバーツー」は今はカルマパ17世。最近になって外交デビューした。
アメリカはニューヨークを皮切りにシアトルまで。説法と中国共産党批判の旅へと向かう。2000年にチベットより亡命しネパールを経由してインドへと渡った。
世界中が当時、いわゆる「ミレニアム」で沸いていた頃に機転を利かせて協力者を使って命からがらチベットを亡命し冬の雪山を経由して顔も足も凍傷だらけになって
インドへとたどり着いた。インドでは熱射病にも掛かった。それぐらいの命懸けの亡命だった。その時に協力してくれた人はおそらくもう既に殺されているだろう。
中国共産党に。当時14歳。日本で言うならば中学生ぐらいの人間が命を狙われて命からがらインドへと亡命した。現在のダライラマ14世がチベットを亡命したのは
1959年。今からおよそ50年前の事。もう50年近くもダライラマ14世はチベットに帰っていない。自分のふるさとに「50年近くも帰れない」と言うのは
筆舌に尽くしがたい状況ではあるな。お盆休みにふるさとへ帰省する、みたいな夏休みの過ごし方が出来る日本人に告げる。お前らはこれに耐えられるか?と。
ダライラマ14世がチベットを亡命したのは1959年なので最近のチベットをこの目で見ては居ない。しかしカルマパ17世の場合はつい最近までチベットに居た。
つい最近までのチベットの現況をこの目で見てきた。いわば「生き証人」である活仏。あまり考えたくは無いが現在のダライラマ14世に不遜ながらも
もしもの事があった場合はそれ以降このカルマパ17世がチベット仏教のリーダーとなって陣頭指揮を取っていく。もちろんパンチェンラマ11世も早く返せ!
と言う事でパンチェンラマ11世が無事に戻ってきた場合にはその限りでは無いと思うが中国共産党が素直に返してくれると思うかお前ら?思ってたらおめでたいな。
1981年に先のカルマパ16世が亡くなられ、遺言が残されており、その遺言通りの転生者が見つかって8歳で認定されカルマパ17世として修行に入り
14歳で命を狙われ命からがらインドへと亡命し22歳でチベット仏教の次のリーダーとしての外交を開始した。と言う事で。どんな気分なんだろうな。
俺には理解する事が出来ない。ひとつだけ言える言葉は「お体にお気をつけて」たったこれだけ。だな。正直言葉が出ない。今はただ手を合わせて祈るのみ。