写真。真実の真。か。「真実なんてこの世にねぇよ。この世にあるのは真実ではなく現実」だと。「真実ではなく現実」「写真ではなく画像」それが俺の状況。
Exifを掲載してもそこからシャドー補正によるゲインアップとか色々手を加えているから妄信する様な状況でもない。あくまでも「加工前のベース」として見るのが素敵。
ペンタックスの中古レンズは写りも決して悪くはない。単焦点のモノによっては最新のデジタル専用設計レンズにも劣らない。そして価格も廉価なので買いやすい。
買いやすいと言う事は外に出して使おうと言う気になれる。高級レンズで値段の高いレンズは外に持ち出して使おうとするとストレッサーとなってしまう。
そう言った細かい事をきちんと取り上げていない連中が多いな。どうでもいいが。ペンタックスの中古レンズの最大の問題はレンズマウントキャップの力不足か。
「電気接点を保護する為のつばがついている」そして「すぐにポロポロと外れる様なかぶせ式のキャップではない」この条件にあうキャップが付けられていない。
「レンズマウントキャップK」もしくは最新のDAレンズに付属してくるキャップ。が必須になって来る。レンズは使ってナンボなので本数持ちすぎても意味がない。
外に持ち出せる範囲。自転車移動で邪魔にもならない本数。それが俺の中での条件。自転車を漕ぐ時に左右のバランスを考慮して臀部の左右にそれぞれのポシェット。
片方にはカメラ。もう片方には財布携帯ビニール袋と言ったアイテムを入れた物。それでバランスを取っている。キットレンズを装着したK-x側が少し重いか?
と言う程度。エナジャイザーも考えなくはないが充電池の方が繰り返し使えると言う事によるそれ以上のメリット「電池をゴミに出さなくてもいい」が輝いて来る。
ゴミ出し。俺は「可能な限り物を持たない。物は最小限にとどめておく」「軽くて小さい物の方が動かしやすい」「ゴミ出しの種別、曜日、出す場所を把握し続ける為には
物質の製造に使われている種類を限定する必要がある」となる。例えば漆器とか使うよりもプラでいわゆるスーパーの弁当が入れられていた容器を洗って
普段からご飯をよそってそれで使う。と言う様な事で。「プラ&漆器」ではなく「プラオンリー」の感覚にて。こうやって「種類を減らす」と言うのがひとつの考え方。
貧乏くさいですか。見てくれ(外見)を優先する見栄っ張りの感情漂う連中の感情の発揮の仕方と言うのが俺はあんまり好きではないんで。やっぱマイノリティだな。
基本的には「プラスチック、紙、ペットボトル」以上の3点。これを略して「プラ紙ペット」と称する。覚え方としては「村上さんがペットを飼ったよ☆」と覚えるか。
ゴミ出しも含めると物質の種類も基本限定された方がしっくり来る。って言うか村上さんって誰だよ。競輪かっ、とツッコミが入る様な事でいいんじゃないでしょうか。
俺はそう言う風に考えている。よって極力Exifは消さない事にしている。けれども世の中の画像とか見ていると消されている事が大半なんだな。ふと思っただけ。