外出。今日からプレオープンを開始したベイシア「スーパーマーケット」伊勢崎バイパス店にでも向かう。理由?「11月から12月に掛けて群馬県南部あるいは東部。
各地に4ヶ所、ベイシアの新店がオープンする。別に4つ全ての店に行く必要はない。これからの『ベイシアの店づくり』を見て、現実的な対処を自らに施す」だけ。
到着。あぁなるほど。100点満点中で40点。それが結論。…自分の中ではこれだけで話が終わっているんだが、日本人の大半は絶対脳。自分で見た物。
それが基準となっている。俺は「自分で見た物は見た物として絶対の意見はあるが、それをどうやって客観視するかと言えば多少の説明や修飾を使って相対化する」
だから。俺がtwitterを嫌うのはそうした説明が皆無の絶対脳満載状態だから特にこれが話にならない。「文章量」「修飾の質」主にこの2つに関して物を見ている。
…分かりやすく書こうか。3次元の女がtwitterでスイーツ(笑)の店の話題を出すんだが、それって東京近郊にしかねぇぞお前。と言う様な店の名前で辟易する。
1:ブサヨマスゴミに乗せられやすいのは東京都民。そうした「東京都民の選民基準(たとえ東京近郊にしかなかろうと、その店を知ってて当たり前)」が透けて見える。
2:絶対脳。自分さえ分かってれば説明をネットに書かなくても十分。みたいな配慮不足。関係者脳だからツーカーで通用するよね(笑)みたいな意識がある。
以上2点の理由で3次元の女と言うのは全体的に説明が足りていなかったりする。まぁ3次元の女に限らず日本人の大半なんて言うのは大体そんなもんですが。
まぁいいや。多少の修飾が必要になる。それを「うげぇ」っと思わないのは親指シフトの恩恵だな。携帯電話なら2タッチ。いずれにしても「入力方式」とまとめておく。
さて以降。ベイシアが伊勢崎市内の旧伊勢崎バイパス店を、昭和56年に確か建設された2階建ての店を潰して平屋のスーパーを造りましたよ☆と言う事で
今日からプレオープン。そしてこの店が今後のベイシアの店づくりの基準となる「ベイシアクオリティ」の体現と化している。果たしてこのグループに消費者は金を使えるか。
そこら辺だな。店内を見て回る。なるほど。そして見て回っての結論と言うのが100点満点中で40点と言う基準となる。「人件費が高い」と言う理由が減点基準。以下。
店内の入り口が店内右端にたった1ヶ所だけ。2ヶ所とかない。店内レジは店内右端にある入り口に最も近い側を基準にして、1、2、3、4、と番号が割り振られている。
逆に、10とか11とかの2桁の数字を持っているレジと言うのは入り口から最も遠い所にある。「入店→買い物→レジ」と経て「レジから出入り口」までが遠くなる。
「レジから出入り口までの距離が近いレジ(1、2、3):客が割とそっちを利用したがる。
「レジから出入り口までの距離が遠いレジ(10、11、12):客かなかなかそっちを利用しない。例えそっち方面のお惣菜売り場へ行っても出入り口を基準にレジへ向かう」
それが人間心理。どうもこの人間心理を分かってないな。と言う印象を受ける。レジ番号が小さいレジほど客が集まり、レジ番号が大きいレジほど客が集まりづらい。
このパラドックス。人件費が「片方に寄ってる」まさにバイアスの掛かった状態。これが最大の失敗だと俺は見ている。10、11、12の方にも出入り口があればな。
出入り口を「××方面」に近い方に1ヶ所、それとは反対の「○○方面」に近い所にもう1ヶ所」とした方が、客の回遊をクロスさせる事なくレジまで運ぶ事が出来る。
これが最大の減点方式。…それ以外では、例えば「商品名と値段を1枚のポップで表示するのではなく分けて表示する(紙全体を入れ換える事がない。
値段の付け替えがその場で可能になる)」「肉類を、斜めに立ててボリューム感をアピール」「通路の幅を広めに取って、客同士が衝突すると言う事を防ぐ」
みたいな所による「あぁ、ある程度の意識改革も存在してるんだな」と思わせる様な工夫と言うのは揃っているんだが。細かい工夫も大きな減点で吹き飛ぶ事例。
なるほどな。それを見て現実的な対策としては「何を買うのかを明確にし、最終的には出入り口に近い方のレジへと向かえる様な順番を客の方で構築する」となる。
こうやって「具体的な対策を客の側が立てる」と言う目的で考える。他人?いや、とまむさんがこうやって客観視した内容を書くのも全ては基本自分の為なんで。
今後のベイシアの流れとしては、こうした店舗をドミナントとして建てていく。つまり「どこへ行っても似たような店」が並ぶ事になる。それはいい事か悪い事か。
結論から書けば「まぁまぁいい事」と俺は捉えている。「但し」と言う条件も多少はつくが。…要するに、スーパーなんて言うのは非日常ではなく日常。
つまり「近所の奴しか買いに来ない」と。だからわざわざ店ごとになんかコンセプトを作り替えるとか愚の骨頂で、群馬県内で引っ越ししましたとかやった所で
例えば高崎市から伊勢崎市に引っ越したとしても高崎のベイシアと伊勢崎のベイシアで似たような商品が似たような価格で並んでるみたいな事にでもすれば
割と心理バリアもなくすんなりと新しく引っ越した先の地域に溶け込んで行く事が出来ますよね☆みたいな流れで基本は十分なんだから。薄利多売と心理の解消。
それがコンセプト。だからどの店も似通っていて、今回の伊勢崎バイパス店さえ見れば他の店もまぁ似たような展開でドミナント的な出店が続くんだろう。
と判断しても特に問題はない。…但し。「前橋南モールがなんかインターチェンジ付近で高速道路使って遠くから客呼ぶぞー!とかホザいてる」事に関しての説明が
前橋南モールに限ってはこの「ドミナント的な説明」では説明不可能なんで。わざわざ遠くから食料の買い出しに来るのか?と。基本、スーパーは近所しか使わない。
それがな。ドミナント的な出店をしている割には、前橋南モールだけはコンセプトが違っている。じゃあ店の外観からして「特別なベイシアなのか」と聞かれたら
「いや普通のベイシアに普通のカインズですが何か?」となる。…それで一体どうやって非日常を演出して北関東自動車道を使わせるつもりなんだか。
…現在の所。北関東自動車道付近と言う立地でなおかつ非日常を演出してそれなりに成功しているのは佐野プレミアムアウトレットだけ。「非日常」だから。
さて、「パワーモール前橋みなみ」に佐野プレミアムアウトレットの様な非日常的な演出が可能なのかどうか。ベイシアの店づくりは基本ドミナントだから無理だろ。
あえて言うなら「コストコを隠し味」にするつもりかもしれないが、そうした会員制と言うだけで割と敷居が高くなる。それが日本人クオリティ。それでどこまで。
先に進出したカルフールの無様な失敗っぷり。だからさぁ、「外国人(1バイト思考)」に受けたからと言ってそれが「日本人(2バイト思考)」にも受けるって訳じゃないのよ。
それを、どうも理解しないで出店もしくは店舗の構築を実行してしまっている。と言う様な連中が、ベイシアに限らずごまんと居る。それがな。実に浅はかだと。
結論としては。「今後のベイシアのドミナント的な店づくりの展開は、特定の商品を安く売ってそれ以外はむしろ安売りを辞めるぞジョジョーッ!
と言わんばかりの、ある程度特定のメーカーとベッタリベタベタしていく様な展開っつー事であぁやっぱりベイシアも苦しいんだな、安売りばかりでも無理なんだな。
経営ってのは。だから『バイヤー的に見て、バイヤーに土下座してでも安く致します的なメーカーとの間でだけ』旨味が発生していくんだな。と言う傾向が見える」
「例えば、一口に『パン』と言っても、ヤマザキパンなのかそれともパスコなのか。そうしたメーカー別によってベイシアとの温度差が生じてくる事になる。
全体的には今のベイシアはパンの場合にはヤマザキパンと懇ろの関係になっている感覚の方が強い。こうした『特定のメーカー』との相性の善し悪しが客に問われる」
「商品のディスプレイの仕方は以前と比較して洗練されてきたが、そうした低消費電力、低コストによるディスプレイ方式が、明確に『客に還元される』と言う
方向性でなければ評価に値する出来事ではない」 「人件費。とにかく『手持ち無沙汰』を減らす事をしないとバイヤーによる努力はいともかんたんに吹っ飛んでしまう」
大体結論としてはこんな所でまとまっていく。「まぁそれなりに洗練はされたが以前と比べてなんでもかんでも安売りと言うイメージは消えた。特定のメーカーと
いちゃいちゃベッタリのまるで恋人状態。従業員の使い方が手持ち無沙汰まみれなので結果的には人件費が高騰している。そこをどう抑えていくのか」を見てる。
なるほどな。全体的な経営の方向性が見えれば「ベイシアで売ってるどの商品に金を使えばいいのか」「あのメーカーはこのスーパーの方が安い」とした傾向。
「商品別」「会社別」と言う風に「客が客の頭で店の都合を考慮して勝手にドミナントを店側のドミナントとは別のベクトルで形成していく」と言うのが賢い消費者、だな。