運営の継続が難しい状況になっておりますので、大変遺憾ながら、SayMove!を一旦閉鎖します。当然ながら、他者から要請があった訳ではなく、自主的な閉鎖となります。
「石原石原石原石原」のコメ霰。あぁ、大衆は本当に分かってないんだなと。「ゾーニングの徹底」の話が中心で「表現の自由を規制する」側とはちょっと違うと言う事が。
俺が「消極的反対派」なのは「誰が」そのゾーニングを決めるんですか?「『お上のやる事はいつも正しい』みたいな風潮で動いている」のが大変気に食わないんですが。
大衆にも分かる様に書いておくと「年金問題」「尖閣動画云々」「自衛隊は暴力装置」これだけでも「お上のやる事は『間違いだらけ』」と言うのが分かる。お上も人間。
1:誰がそのゾーニングを決めるんですか? 2:そのゾーニングは必ずしも正しいとは限りませんが間違っていると判断したら一体誰に訴えればいいんですか?
主にこの2つ。…そして。ゴミサヨクと言うのは人の話を理解する事が出来ないヒトモドキ。「人間未満」なんだから当然だわな。例えば?あぁ「参院で可決した問責決議」
これを一切無視しているブサヨ官房長官とかな。こうやって「例」はきちんとあるんだよ。「何がどうなってこれがこうなってこうなるから結論としてはあぁなる」の
線が1本きちんと通った物の言い方書き方の出来ない大衆があまりにも多すぎる。「その場その場で話をまとめたがる」から「徹頭徹尾」きちんと説明する事が出来ない。
「1と2」に対する明確な説明をブサヨ東京都政は一切行っていない。そしてブサヨなんて警察官同様「ひとの話を聞いて素直に反省する事が出来ない」下等生物。
1:警察官による犯罪多発。警察官による制度上「偉い」とみなされて発生する傲慢。こうした「傲り」の話があまりにも多すぎる。具体例?挙げるまでもないだろ。多数。
2:ブサヨ政治家による日本の国益を損ねる行為の頻発。上記に挙げた「問責決議無視」「尖閣で日本に非は無いのにビデオを隠すキチガイ政府」など。
現実的には「1と2」がコラボレーションしている訳で。「警視庁の予算を握っているのは公明党。警視庁なんて公明党の犬。それと国家公安委員会委員長はブサヨ」。
結局の所「団塊と団塊ジュニアがメイン層となっているブサヨ&ゴミマッポによる一方的なゾーニングにその理論的根拠は一切ない。団塊と団塊ジュニアは理論ではなく
感情で物事を進める傾向があまりにも強すぎる。それが現実。理論的に説明しようとしてもブサヨの低能じゃあ理論なんて理解できない。結局の所は我田引水。
つまり『年上年下』『上意下達(偉い偉くない)』『話を打ち切って一方的に発表しようとするごり押し』で行く事が十中八九『現実的に考えて起こり得るこれからの展開』」。
だから。あぁ、例えば「こどものじかん」を規制するとしてその理由をきちんと「年代の違い」「認識の違い」「生育環境の違い」による所もきちんと踏まえた上で
相手に理解できる様にしてつとつとと語って規制する。なんて言う事は当然出来ないんだろうなぁと。「規制するったらするの!ムキーッ!」…これに理論はあるのか?
ないだろ。「ディペートやディスカッションも満足に出来ない赤ちゃん社会」の日本では、所詮こんな規制「ごっこ」なんて言うのは単なるゲシュタポにしかならない。
…で、今回のSayMove!の閉鎖の最大の理由はやっぱり「金(かね)」だから。要するに「権利者が有料でネット動画配信」するのに「無料で先じてアップされた物」が邪魔。
…うーん。オートレースで今回の内容を例えると「11月20日。伊勢崎のシルクカップの2日目。焼きまんじゅう、伊勢崎もんじゃ(先着200名に無料配布)」が行われた。
これだな。その時には浜松餃子も出店していたが人がそこに向かう気配はない。「軽食」として「無料で食える焼きまんじゅう」「有料で食える浜松餃子」が存在する。
味云々。何が食べたいか云々。それに拘らず「食べられる事」さえ達成出来ればいい。と言う大衆の感覚からすれば「焼きまんじゅう、伊勢崎もんじゃに長蛇の列」
そして「浜松餃子の店は閑古鳥」これが大衆の現実なのよ。つまり「有料よりも無料」これが大衆の現実。結局「その大衆の現実を引っくり返そうとするには『強制力』」
を発動するしかない。つまり「無料サイトを撤去して有料サイトでしか見られなくする」事しかないのよ。…な?俺の言った通り「圧力」を掛けるしかないだろ?
論理的に「無料で動画を見られてしまうと制作者にお金が入らなくなるから有料で見てね」みたいな事を言っても日本人は理論ではなく感情で動く大衆だから
そんな事言ったって話を聞かない。「ディペートもディスカッションも出来ない赤ちゃん社会」だからな。結局は「感情で以て『見ちゃめーなの!』とする」しかない。
大体そんな所だな。利権が絡むと大体こうなる。これが日本人の現実だよ。「石原沙汰 → 公明党と警察利権」「SayMove! → 制作者と有料配信利権」で別枠。
にも関わらず上記の2つを同一視する所に大衆と言うのはネット世論にガンガン洗脳されているんだなと。「ネットさえもバリバリ疑っていいレベル」が現実なんだがな。
あぁ。権利者の「最近の傲慢な有料動画への橋渡し」はあまりにもバカだなぁとしか思えない。理由は簡単で「文化」と「金の流れ」をまるで分かっていないから。
俺は無料動画を見るアニメ厨の肩を持つつもりもないが権利者の肩を持つつもりもない。「権利者の動き方がバカだからいたちごっこになる」ただそれだけの事。
1:テレビ。何曜日何時何分とか決められた時間に見るのクソめんどい。放送されている地域されていない地域。権利者の大半は東京だから地方を知らない痴呆者。
2:もはや現代日本は「オムニプレゼンス(遍在)」の時代。テレビなんて言う世界にしかないのではなく「ネットのあちこちにある」この遍在性を生かさないと死ぬ。
3:テレビで先に放送した内容と同じ物を放送から数ヶ月遅れで数千円単位もするバカデカい買い物として商品を売るとか(笑)あべこべ。時期遅すぎ。商売として不的確。
こんだけバカやってる商売なんだから「自分らのやり方が間違ってる」事を認識すればいいだけの事。でも出来ない。何故か。自分を否定する事になるから。
年寄りと言うのはこれまでに生きてきた人生経験があってそれを全部捨てて新しい時代に向かうと言う様な事は出来ない。「人生経験の有無」が逆に邪魔となる。
今の10代から20代前半(1990年生まれ以降)が物心ついた頃には既にネットが存在していてネット的なフラット&ウェブによる情報伝達経路が当たり前。
それを20代後半以降の「時間になったらテレビの前にかじりつく『8時だよ全員集合(8時にいちいち集合しなきゃいけねぇのかよ)』的な人生経験のある連中」は
そうしたネット的なフラット&ウェブによる情報伝達経路に「なじんでいない」から「なじんでいる」世代の感覚を異物として否定しにかかる。そこに理論はない。
あるのは「理解できないから嫌い」と言う感情論だけ。だから話にならない。青少年育成保護?(笑)例えば東京都議会議員の中に子供が居て、その子供を
まともに育てている議員が果たして何人いるのやら。「こんな法案通すって事はあんたはよっぽど聖人なんだな。さぞかしあんたのご子息も立派に育った事でしょう」
見せてみろよ。法案を推進するあんたのご子息とやらを。お前の子息が真面目に育ってねぇのに他人に振りかける条例がまともに制定できる訳ねぇだろw
こうなる。俺は「奇麗事を言う奴ほど信用できねぇ」からな。今回の事態はこれらが複雑怪奇に絡み合っている結果。繙かないと現実は見えて来ない。
・法案を推進する理由 → 1:年代、生育環境の違いが「ネット夜明け前」「ネット夜明け後」の世代で全く違う異物的感情論の爆発によるジジイ世代の復讐。
2:ゾーニングを制定する新たな天下り団体の制定で警察OBウマー、日本のサブカルを潰せるから公明党ウマー。と言う様な「金と利権の流れ」 が主な2つの理由。
(青少年育成保護?笑えるな。そうやって規制を厳しくした国家では逆に性犯罪率が増えているデータもある。これについてどう思われますかジジイども。理論的に)
・SayMove!が閉鎖した理由 → 以前から圧力は掛かってた。古いビジネスモデルを是とする頭の足りてない連中による「ネット夜明け前」「ネット夜明け後」の世代抗争。
結局俺が言ってる通り「日本はディペートもディスカッションも出来ない赤ちゃん社会」「世代の違いはもはや『断絶』レベル」である事が証明されたも同然だな。
「な?俺の言った通りだろ?」といつもの定型フォーマット。物事を表から見ようとするから失敗する。物事は「裏から」見るべきである。そうしないと「現実」は見えない。
あぁ。規制賛成派が「萌え豚キメぇから規制していいよ」とかホザいてるんだが「アニメやゲームや漫画『だけ』にとどまる保証」はどこにもねぇんだが。
それを全く理解していないらしい。「若者向けのファッションが分からないから規制」「若者向けのアイドルが分からないから規制」こうなる可能性がある。
つまり「年寄りの頭で分からないものは規制」となる。そうなった時に賛成派に回ってたこいつらはどうするんだろうな。掌を返して反対側に回るぞ?バカだから(笑)
「ファッション大好き」な連中が、こうした「ファッショ」どもの対象になった時点で悲鳴を挙げる。「お前の好きな物だけは規制されないなんて保証はどこにもない」。
[ 山口一臣氏「志布志事件の時の鹿児島県警本部長が名誉回復のためにこの条例を通したい」 ] 山口:これ何でね、6月の議会で否決されたものが、
もちろん文言を変えるというのは通したいから文言を変えるわけで、さっき言ったように本質は全然変わってないわけですよ、その規制しようとしている中身について。
これどうしてなのかってちょっと取材したんですよ。そしたらすごく驚くべきことがわかって、これは本当にちょっと許せないなと思うんですけれども。元々東京都の
青少年保護育成行政というのは、2004年までは生活文化局という局がやっていたんですよ。ところが、2005年になって青少年治安対策本部というのが
できたんですよ。そこに警察庁からキャリア官僚が都庁に出向で来て、その青少年治安対策本部というのを作って、そこの本部長になるわけですよ。
それ以降、さっき言った青少年の保護育成というのは、生活文化局という、つまり生活文化のカテゴリーではなくて、治安対策になっちゃったわけですよ。
今回のこの条文の改正というのも、この青少年対策本部の本部長とその下についている女性のキャリア官僚がいるんですけど、この2人が主にというか、
この2人が主導してやろうとしているわけですよ。なぜそれをやろうとしているかということを、さらに都庁関係者に取材したところ、今本部長についている
警察庁から出向してた方というのは、実はあの志布志事件ってご存知ですか。あの選挙違反の世紀の冤罪事件と呼ばれている志布志事件の時の鹿児島の
県警本部長なんですよ。つまり、何かって言うと、そこで彼は汚点を作ってしまったわけですよ。キャリアとしての傷を負ってしまったが故に、出世が
今遅れているんですよ。その汚名挽回と名誉回復のために、この条例を通して警察庁に帰りたいと。さらに彼の今下についている、これはけっこう若手の女性の
キャリア官僚なんですけれども、これは非常に優秀な方らしくて、警察庁としても一押しで、日本初の県警本部長にしたいというふうに思ってらっしゃる方が
いらっしゃって、その人にも手柄を与えたい。そのためにこの条例をどうしても今回通したいということでですね。(大竹まことゴールデンラジオ 11月30日)
志布志事件(しぶしじけん)とは、2003年(平成15年)4月13日投開票の鹿児島県議会議員選挙(統一地方選挙)の曽於郡選挙区で当選した中山信一県議会議員の
陣営が曽於郡志布志町(現・志布志市)の集落で住民に焼酎や現金を配ったとして中山やその家族と住民らが公職選挙法違反容疑で逮捕された事件を巡る
捜査において、鹿児島県警察が自白の強要や数ヶ月から1年以上にわたる異例の長期勾留などの違法な取り調べを行ったとされる事件の通称である。
無罪判決 最終的に、有権者に焼酎や現金191万円を配ったとして、贈賄側として中山とその妻、収賄側として住民11名の合計13名が、焼酎・現金供与事件と
買収会合事件の公選法違反2件で起訴されたが、鹿児島地方裁判所における公判では、取り調べに際して容疑を認めた6名を含め、全員が容疑を否認。
一方、検察側も物証を欠いたまま供述調書を唯一の証拠として争ったが、4回行われたとされる会合のうち2回は日時の特定に至らず、残り2回も中山側の
アリバイが提示された。これに対し、一旦提示された日時が二転三転するなど混迷を極めた。
本当かどうかは知らないがこれが本当だったら「あぁ、なるほど」みたいな感じになる。違っても「あぁ、ブサヨゴミマッポはダメ野郎」の基本線は不変。参考資料として。
2010年12月13日(月)まるでどーん (+17:08)
1:警察に就職する連中と言うのは大半がFラン高の底辺DQN。つまり生まれから育ちからして「まともじゃない」連中の溜まり場、まるで魑魅魍魎。たばこ部屋で
下衆染みた話をする様な喫煙者と似た様な衆愚。つまり「頭が悪い」。日本には職業選択の自由と言う物があるらしいが現実的には殆どない。分かりやすく書くと
「県内でも有数のなんとか高校をトップクラスの実力で卒業して、女が聞けば『きゃーすごーい☆』とか言いそうな有名大学をトップクラスで卒業した」人間が
じゃあ一体どこに就職するのか?と言えば少なくとも警察でノンキャリアでキャリア組からコキ使われる様な所にはいかないだろ?と。君子危うきに近寄らず。
2:どうも警察の連中と言うのはそうした過去の逆恨みからか、自分が一方的な権力を有していると言う事に優越感を覚えてそうした精神状態におけるごっこ遊びを
最初の内は展開したがる生き物なんだけれどもごっこ遊びをやってると、その内それが本格的に自分の精神を蝕んでいく。と言う事にどうやら気づいてないらしい。
本当は「犬のおまわりさん」がベターなやり方。つまり「警察に逆らってんじゃねぇよ!」と言うforceではなく「公僕だろ?国民の為に犬みたいに働けよ」の方がベター。
警察内部の連中は「警察>超えられない壁>国民」だと思っているから困る。現実は「国民>超えられない壁>警察」な。「サービス業」だと理解していないらしい。
容疑者?あくまでも「推定無罪」の原則がある。これは法律での概念だな。「警察官≠弁護士」だから話にならない。「警察官=暴力性」「警察官≠理論性」が現実。
2−1:スタンフォード大学模擬監獄実験 1971年にアメリカで行われたフィリップ・ジンバルド教授による模擬監獄実験。
こうやって「精神は『日常』によって蝕まれていく」と言うのが人間の精神構造。長年警察官とかやって来て上意下達の日本人の国民性で「泣き寝入り」が多発すれば
その内「あぁ、本当に俺は偉いんだな」みたいな事による「ゴミ腐ったヒトモドキ」が完成する。「いつまでも終わらないごっこ遊び」で真に暴力性を獲得する。これが現実。
…と書いた。現実か見えてない連中が幻に向かってピーパー騒いでる。マッポなんてこんなもん。これが現実。上意下達を良しとする衆愚的民族性が招いた自滅。終了。