最近は同じ話題ばかりだな。石原が道化を演じている例の2次元規制条例。どうも「反対派も賛成派も一枚岩ではない」な。それぞれで理由が混濁している。
あぁ、理由が複数あるのは複数の人間が議論しているから当然。俺が危惧しているのは、「その内容を徹頭徹尾説明できていない連中が大半である」と言う事。
まさに「ディペートもディスカッションも出来ない赤ちゃん社会」と俺が評した通りの展開。…となっている。「な?俺の言った通りだろ?」ここでもまた証明されてしまうのか。
どちらにせよ「これこれこう言う理由だからこう考えます。その参考資料としては次の様な内容が挙げられます。従って私のこれこれこう言う理由に説得力があるのです」
ここまで書いてやっと徹頭徹尾。…つまり。世の中と言うのは大きく分けて3つある。「賛成派」「反対派」「どちらでもない日和見派」以上。重要なのは最後の1つ。
すなわち「日和見派」。ここを取り込む事が出来るかどうか。「3:3:3」この状況が「3:6」になるのか「6:3」になるのか。合計割合が10になってないが、整数未満に
砂粒が如く付着していると考えてくれ。どうも賛成派も反対派もピントのズレた議論しか出来ていない。「俺の言った通り」ディペートもディスカッションも出来ない社会。
「話の組み立て方教室」でもやらないとダメだな。学校では教えてくれない。学校に頼るまでもないが。そろそろ「学校をバカにする時代」が来ている。閑話休題で以下。
俺は「消極的反対派」 世の中と言うのは自分が目立とうする奴が必ずと言っていいほど存在している。アイドル声優のイベントで最前列付近を確保して
いちいちその女が発言した内容に大声で応える様な目立ちたがり屋。…こう言うはぐれ者をある程度「おまえ自重しろよ」とするには規制と言う強制力も微量必要になる。
…但し。あくまでも「××だから」と理由が明確である事が絶対条件。俺が反対派をうたっている最大の理由は「規制を実行するに明確なルールが存在していない」事。
…つまり。「主観でどうとでもとれる、拡大解釈による過度な解釈も可能で、現実的に考えて18歳未満が手に取れる雑誌なのかそれとも手に取れない雑誌なのかも
全く考慮せずに、お上の判断が間違ってると思った時に訴えられる様な駆け込み寺の存在もなく、一方的な押しつけでしかない、耄碌したジジイの砂上の楼閣」だから。
1:相互ルールが全く決められていない。こんな「手さぐりで暗闇の中を歩かされる様な条例」はそもそも条例として成立していない(反対理由の60パーセント)
2:志布志事件で出世コースに傷がついた元鹿児島県警本部長のキャリア官僚の名誉回復(笑)の為に住民を犠牲にするな(反対理由の30パーセント)
3:世代の違いはもはや断絶。ジジイが若者文化に過度に介入すると言うこの嘲笑現象。ネット的情報取得技術の有無でこうも変わるのか(反対理由の10パーセント)
反対する理由。これで100パーセントになる。賛成派は1から3までの内容に対してそれぞれ反論する権利がある…が、…賛成派は、何故かレッテル張りばかりだな。
石原「変態はDNAが狂っていてアブノーマル」 猪瀬「傑作であれば、条例なんてないも同然」 煽り「ネトウヨキメぇwwwこのロリコンwww」 大体こんな感じだな。
…さて。これらの発言内容のどこに「理論」が存在しているのやら。1から3までの内容に対して反論できないから火病って髪の毛や喉を掻きむしってる様にしか見えない。
これが「絶対脳」の正体だ。「相対化」する事が出来ないと、こうも人間は醜態を晒す事になる。「第3の派閥」に向けて話す。絶対脳を脱する有効な手段の1つ。
あぁ。「新井の選挙ポスターに「朝鮮人」というステッカーを貼付した〜」とか言う内容も見たんだが、そう言う人格否定をする必要は全くない。
あくまでも「そのやり方に賛成か反対か」を議論するだけでいい。人格否定をする意味も目的もメリットも俺には見いだせない。「区分け」が重要となる。
単なる悪口よりも論理の通った気持ちいい意見だけにした方が「第3の派閥」にもすんなりと受け入れやすい内容になる。これが「ディペート」の基本だ。
「ディペートもディスカッションも出来ない赤ちゃん社会」「反対派も賛成派もその内容を徹頭徹尾説明できていない」現状から脱却しないと無限ループに陥るぞ。