2011年02月06日(日)スマークでオートレースイベント(客観視)

あぁ。twitterブームだな。twitterばかりに情報が並ぶ。そしてその情報の大半は痛んでいる上に価値がない。無価値。無価値は苦痛。理解してないカスが大半。
…今回のスマーク伊勢崎におけるオートレースイベントに「いってきた」連中のツイートの大半が「お前は何を言ってるんだ?」状態に終始していて話にならない。

「何に」対して「何を」思ったのか。括弧2つで括った事項に対する説明がない。『何を』思ったのか。別の括弧1つで括った事項しか説明していない。それがtwitter。
「対比」が可能。「対比」を実行している客観視、相対化。「それ」を成している人間に価値がある。それを「成していない人間」が大半。それがtwitter。

「ミクロ」と「マクロ」の違い。「犬目線」と「鳥目線」の違い。twitterの連中は「鳥目線(客観視)」が無い。客観視出来ている奴の方が格好良くて頭も良くて話も見える。

twitterは「ミクロ」。殆ど「AとB」による「徒党会話」の様相。犬目線。「知らない人同士の電話を聞かされる」様な説明概念の無さ。
とまむは「マクロ」。即ち「鳥目線」。俺には「仲間意識」が皆無なので、俺をAとした場合のA以外、すなわちBもCもDもEも「他人」で括る。だから「マクロ」が出来る。

…何故「鳥目線」の方に価値が生まれるのか。 「犬目線=仲間(徒党)にのみ伝わる」 「鳥目線=仲間『以外』にも伝わる」 から。

「仲間」と「仲間じゃない」のそれぞれの数を比較した場合、「仲間じゃない」側の方が圧倒的に「多数派」となる。「それ」が現実。twitterに生息するのは「無理解」な無能。

「ミクロ」はギリシア語の(mikros、小さい)が語源。「マクロ」はギリシア語の(makros、長い)が語源。twitter連中は「客観視」の無い「小さな」世界。無価値。はい論破。

2011年02月06日(日)18時10分58秒