2011年03月12日(土)よぎる。

実は平成21年9月22日記事で、わが国での大震災が首相不在か左翼政権下で発生していることを指摘し、民主党主導政権の誕生と同時に嫌な予感がすることを
書きました。むろん、何らの因果関係も地球物理学的に説明出来るものではありませんが、なぜか関東大震災も阪神淡路大震災も、そして観測史上最大を記録した
今回の東北大震災も、奇妙なまでに加藤友三郎首相の急死に伴う首相不在、日本社会党右派の村山富市首相時代、社会民主連合出身の菅直人首相時代に
起きたことになるのです。(遠藤健太郎)

戦後の日本では、自民党在籍経験のない極左政治家が首相になると大勢の国民が天災で死亡する

村山内閣(衆議院議員・日本社会党委員長の村山富市が第81代内閣総理大臣に任命される) → 阪神大震災が1995年1月17日に発生。
菅内閣(菅の所属政党の経歴は社会民主連合→新党さきがけ→民主党) → 東北地方太平洋沖地震が2011年3月11日に発生。

この度の大地震の被害地域は広大なために断定はできないにしても、岩手は民主汚沢の本拠地にして売国左翼の巣窟。また仙台市は中華街構想が燻っている。
福島県本拠とする民主党議員は渡辺恒三最高顧問と玄葉光一郎国家戦略担当大臣。茨城県は大畠章宏国交大臣の本拠地。また北海道南部と言えば
ルーピー鳩の根城であり、故中川昭一氏を落選させ朝鮮成り棲まし石川某を当選させたバチ当たりが多く住む。考え過ぎか…?(多事他事)

オカルトレベル。何を以て災害と定義するかにもよって可変する。とは言え上記の関連性の出来事とは別に「政治はきちんと見張る」事が重要なのは言うまでもない。
「政治はきちんと見張る」「他人任せの政治にはしない」とする観点を国民の間で共有、供用する事が可能であるならば手段を問うている場合ではない。

小田原評定(おだわらひょうじょう)は、戦国大名の後北条家の重臣会議のこと。 「いつになっても結論の出ない会議や相談」という意味の比喩表現として使われる。
同様の状況をあらわす言い回しに「会議は踊る、されど進まず」(Der Kongress tanzt, aber er geht nicht weiter)があるが、これはウィーン会議にちなんだものである。

ブサヨはこうなりやすい。そう言う性格が根を張ってしまっている。だから「危険」だと指摘している。きちんと理論はある。以上。

2011年03月12日(土)22時36分10秒