[ 「とにかくいや」…避難指示区域内に五十数人 ] 東京電力福島第一原子力発電所の事故で、原発から半径20キロ・メートル圏内の避難指示区域にかかる
福島県の10市町村のうち、少なくとも6市町村で五十数人が圏内に残っていることがわかった。各市町村によると、28日現在、南相馬市27人、楢葉町10人余り、
富岡町9人、田村市4人、川内村2人、葛尾村1人。浪江、双葉、大熊、広野の4町はいないという。19世帯計27人が残っている南相馬市は、戸別訪問を行い、
16日からは自衛隊員や消防隊員も加わり、避難するように説得している。市によると、7世帯からは「とにかく避難しない」と拒まれている。そのほかの理由は、
「寝たきり・病気」5世帯、「乳牛の飼育」3世帯、「ペットの飼育」2世帯、「様子見」2世帯。市の担当者は「強く拒否しているので無理に動かすこともできず、本人から
連絡が来るのを待つほかない」と弱り顔。一方、市外に住む残留者の家族からは「早く避難させて」「市は何をやっている」などとの声が寄せられているという。
[ 家が心配、避難指示の住民に目立つ一時帰宅 ] 東京電力福島第一原子力発電所の事故で、原発から半径20キロ・メートル圏内の避難指示区域の住民が、
いったん圏外に避難したものの、一時帰宅する姿が目立ち始めている。枝野官房長官は28日、住民が戻らないよう自治体に求めたが、避難生活の長期化で、
住民は着替えや貴重品を取りに戻ったり、自宅の様子に不安を募らせたりしている。「放射能は怖いが、必要にかられて……」。家族4人で福島県相馬市の
旧相馬女子高校に避難する南相馬市小高区の自営業杉原亮一さん(53)は、原発から約17キロにある自宅に3回戻った。当初、「1〜2日くらいだろう」と
避難した。だが「着替えも足りず、保険証や通帳も心配になった」。放射線をなるべく浴びないように、風向きや天気に注意しながら自宅に向かった。相馬市内の
避難所にいる自営業男性(66)は27日、避難指示区域の南相馬市小高区にある自宅に行った。「危ないのはわかっているが、家が心配だった」。自宅では、
倒れた冷蔵庫やタンスを元に戻した。割れた窓ガラスから雨が入らないようにベニヤ板を張り、衣類も持ち帰った。福島県警は、30キロと20キロ圏内の
手前の計20か所で検問を設け、約180人を動員して、20キロ圏内に立ち入らないよう説得している。だが、「忘れ物がある」と強行突破する人も。
避難指示の根拠となる原子力災害対策特別措置法では、強制的に圏外退去させることはできないという。
2010年12月11日(土)wind flight. (+23:58)
何故なら「大衆ではなく個の独立。今はそうした時代背景へと移り変わっている。流行りの音楽を万人が聞くのではなくそれぞれが聞きたい音楽を聞く時代」と比喩する。
つまり「自分の考え方や物に対する感覚、ツーカーで共有されていたであろう時代はもう終わり。これからは他人との溝が『断絶』として浮き彫りになってくる」こうなる。
その時にどうやってコミュニケーションを取るのかと言えば「自分の脳内に(ある?ない?)情報」と「他人の脳内に(ある?ない?)情報」の区分を明確化した上で
「他人にない」情報をどうやったら「他人の脳味噌が」理解できるのかどうか。そうしたロジカルを以て他人のシナプスをくすぐる様な物の見方をする事。
2011年03月28日(月)scarlet sky. (+07:37)
今回の東北地方太平洋沖地震が発生して、被災した被災していないの違いも関係なく、社会全体の中で、国民の意識の「何が」変わったか。俺の中で答えは明確。
「お一人様社会の加速。悪しき上意下達に対する『疑念』の目が生まれた。お上に付いていく事が是とされるトップダウン型社会の崩壊のはじまり」。パラダイムシフト。
1:政府、与党、大企業。こう言った連中からの情報が二転三転してしまっている。慌てふためくその様は「位の高いものは信用できる」とする国民の共通項を奪った。
2:それは同時に「政治家も所詮は1人の人間」とする様な意識で以て「偉い人」「力のある人」とする内容。大企業にも共通して存在していた「その幻想」を奪った。
3:「買い溜めに走る」奴が多いのは、傀儡としての糸が切れ自分で考える必要に迫られたから。殆ど無経験。その展開。上手く出来る訳もない。愚かな選択?当然。
お一人様社会の加速が明確に始まっている。上意下達を「悪しき」とする意識。そうした意識が国民の間で微妙に広まっている加減をも見えている。
…と書いた。俺の言った通り。その展開になってしまっている。俺の言ってきた事が現実に則している事がまた1つ証明されてしまった。世知辛い話。