極左マスゴミによって持ち上げられた極左内閣が日本人の為にまともな事なんてする訳がないだろ? そんな事は最初から分かりきっていた。
どうもな、極左の政策がアホな事例にも関わらずそれに踊らされたあげく結局はバカを見ている羽目になっているそうした情報弱者が多数存在しているな。
「増産 → やっぱり要らない」「極左マスゴミどもがチョンを宣伝しまくると言う愚行 → バイヤーがスーパーで在庫過多にて肩たたき」 の様な愚行がな。
やはり「政」に対する知識レベルが3流を通り越して5流でしかない、政策云々と言う展開よりも思想云々と言う展開を重要視した上で近未来を読む。
と言うやり方を「知らない」他人(大衆)連中と言うのは所詮はこんなもんか。と言う事で俺としてはあーあ。としか思えないこれらの展開に割と失笑気味なんですが。
どうでもいいですが。「最小限」取り上げておかないとな。「他人に対して」は幾ら自分が「頭の中で思っていたとしてもそれは他人に言わなければカウントされない」。
「1:どうすればいいのか」 ・何もしない。そもそも「地震前の状態に戻す」事が本当に必要か?「人の命」「より優れた環境作り」の両面でその事を疑う。
・周辺環境の変化によって人間の仕事の熱量は割と簡単に下がってしまう。「北海道→大阪」と転勤しただけで「慣れない環境」となって仕事の動きが鈍る。
人間って割とそんなもん。したがって「自分の熱量が小さくなってもミッションそのものは達成出来る状態」。つまり「ハードルを下げた方が無難」。
「2:何をすればいいのか」 ・地震と言う物は割と連続性でやって来る。遠くへ避難して時間限定でそこで仕事を行い金銭の確保とある程度の安全を確保し
地震の余震が本当に少なくなったと言う展開が論理的な内容で以て証明された場合には「そこへ戻る」。避難した際の交通費?そこは何割かを国が保証する、などな。
最低でも交通費はシナチョンへの金をドブに捨てる展開よりは国内で使われる分まだ景気に付与する件について。「安全と経済の確保」。
「3:何を思えばいいのか」 ・何も思わない。そもそも地震が無ければ被災者みたいな形による特別なエフェクトが掛けられる事もなかった。そんなクソくっだらない
エフェクトなんて必要ない。「被災者だから」ではなく「論理的に考えてこうした方が無難だから(する)」と言う様な「ロジカル」を前面に出しておいた方が無難。
どうでもいいですが。「最小限」取り上げておかないとな。他人のやり方は間違いだらけ。まぁ他人の98パーセントは俺にはそぐわない内容ですから。当然。
で、俺はこうした概念が他人とのコンフリクトに直結して討論をしちゃうと無駄に時間が掛かってしまうので「自分だけよければいい」として表明は最小限に留めた上で
対策の実行に関しては「自分へ」「自分に」とする展開を是として考える。今はこうした西暦2011年と言うのは個人個人によるパーツ的なセグメント化の方が有用なのよ。