雨垂れをずっと見て居ました。
途切れること無く、流れて行きます。
格子を伝う其の雨粒は、何て美しい事でしょう。
わたくしは、其れを、ずっと見て居たいと思いました。
其の部屋が何処にあったのか、其れは誰も知りません。
朱で塗り固められた其の部屋には、小さな格子窓壱つしか御座いませんでした。
入り口も、出口も御座いません。
只、壁に郵便受けの様なものがあり、
毎日三食の食事は何時も同じ時間に其処に用意されてあります。
わたくしには、此処以外の記憶が殆ど御座いません。
母の記憶だって、もう消え入りそうなほど朧で、まるで霞がかかってしまった様です。
顔などとっくに忘れてしまいました。
覚えているのは、別れる時に流された涙の事だけです。
母は、泣きながら何度も云いました。
「御免なさい」と。
幾年此処に居るのでしょうか。
そんな事すら分かりません。
定期的に、春が来、夏が来、秋を迎え、冬が来る。
冬が終われば、また春が始まります。
何度となく繰り返される季節は、時間を伝え続ける時計の様に正確です。
永遠に同じ順番を、幾度となく繰り返すのです。
わたくしは何時も幾許となく時間を過ごしました。
何をするでもなく、ぼんやりと時間が過ぎるのを待ちました。
朝には月を待ち、夜には太陽を待ちます。
何かを待っていないと、
目の前に広がる膨大すぎる時間の渦に飲まれてしまう気がしてとても怖くなりました。
雨の日は、私にとって特別な日でした。
晴れの日と違い、雨はわたくしに色々なものを分け与えてくれました。
静けさを伝える雨、荒々しさを伝える雨、そして、総てを飲む稲妻の声。
そのリズムは何時も少しづつ異なっており、
単に雨といっても何時だって違う空気を持っていました。
わたくしは、優しささえ、感じました。
ある時、わたくしは熱を出しました。
酷い高熱で、三日三晩わたくしは熱にうかされました。
幾ら経っても熱は下がりません。
もうわたくしは死んでしまうのだと、熱に魘されながら感じました。
其のとき。
刹那、窓の外に雷の音が響き渡りました。
雨が、降り出してきたのです。
横殴りに吹き付ける雨は、格子を伝い部屋に居るわたくしの頬までやってきました。
その、冷たい雨の優しいことよ。
わたくしは、雨垂れに向かいこう云いました。
「連れて行って、わたくしを。空の上まで、連れて行って頂戴。」
其の部屋が何処にあったのか、其れは誰も知りません。
だけれど、人が住んでいた事は確かです。
噂では、其の部屋に居たはずの人は突然消え、
後にはびっしょりと濡れた布団と着物だけが残されていたといいます。