・猫・
 猫が居なくなってもう二日経ちました。何処に行ってしまったのかなど見当も付きませんでした。何故居なくなってしまったかさえ解らないんです。

 猫は真っ白な短い毛を持った猫でした。夜道でもぴかぴかと光り、何処に居てもすぐ解りました。其の光景は人の目を惹き、人々は猫に見惚れました。其れなのに、今は全く見つけることが出来ないのです。

 猫はなかなか人になつかない猫でした。餌をあげてもなかなか近寄っては来ず、飼主の私でさえ、猫に触る事が出来たのは数回程しかありませんでした。触ろうとすると、それは見事に人の手をかわして逃げていきました。猫は臆病なわけではありませんでした。むしろ、どんな猫達より強気で人に触れさせない、誇りの様な物をしっかりと持っていました。とても、気高い猫でした。私とはまったく違っていました。だから私には猫の気持ちは解らないのです。何処に居るのかも・・・。
猫は嫌なほど自由でした。当たり前なのかもしれませんが、猫は毎日好きなように食べたり眠ったりと本当に自由気ままな生活を送っていました。毎日、決められた時間に起きて決められた時間に食事をとり決められたスケジュールをこなす、私の生活とは全くかけ離れていました。私がいつも、そんなふうな猫を疎ましく思っていた事は確かでした。

 私は猫が居なくなったときの、「気楽で疎ましい」という気持ちが「猫は何処へ行ってしまったのか」という心配の気持ちを上回っていたことが怖いと思いました。
猫が嫌いであった訳では無いのです。

 むしろ、私は動物が好きなほうで、昔から何かと動物を飼っていました。しかし、可愛い動物を飼う事が癒しになるとは限らないのです。私にとっては苛立ちの対象であったのですから。それなのに、私は動物を飼い続けてきたのです。理由は私にも解りません。

 猫が居なくなって一週間経ちました。猫が帰ってくる様子はなく、私は猫を諦めました。あの猫はもうきっと帰っては来ないでしょう。

 猫はきっと逃げたのです。飼われるという事から。束縛から。私はきっと逃げられないでしょう。決められた毎日を送る事から。束縛から。

そして、猫が居なくなってからまた動物を飼う事を始めました。きっと私はそれらに何かを求めているのでしょう。動物を飼う事によって私は彼らの持つ何かを得ようと思っているのかもしれません。