リテイク 10
二人でグロッサリーストアに行って買ってきた材料で、スクアーロが昼食を作る。ミネストローネとオムライス、サーモンと玉ねぎのマリネだ。夏の日差しをいっぱい浴びた、生のトマトを使ったミネストローネは煮ている間、部屋中にトマトの爽やかな香りを漂わせる。義手に慣れたスクアーロは卵を割るのも上手くなって、前は力加減が出来ずに潰してしまうこともあったそれを、上手にぱっくり二つに割ってみせる。剣は扱えないけれど、料理に使う包丁やナイフならば彼は器用に使う。
出来あがった料理をスクアーロがテーブルに運んでいる間に、ザンザスはエスプレッソマシーンのスイッチを入れる。部屋中に響き渡る抽出音が止むと、辺りには香ばしいコーヒーの匂いも漂う。食欲をそそる匂いだ。エスプレッソには砂糖をスプーン二杯入れて、テーブルに置く。白ワインのハーフボトルを一本空けて、それぞれのグラスにワインを注ぐ。
「よく出来てる」
スープの中に浮かぶ野菜を掬いながらザンザスは言った。
「良かった。この前よりちょっと工夫してみたんだ」
褒められて嬉しそうに微笑み、スクアーロが答える。トマトのさっぱりした酸味と、マリネの酸っぱさがオムライスのなめらかな口当たりを引き締めて、食が進む。あまり暑いと食欲が無くなるザンザスを気遣って、スクアーロが考えたメニューである。
「…ん、ん?殻入ってるぞ」
「え、本当か?ごめん」
唇から覗いた舌の先には、確かに卵の白い殻の小さな破片が乗っていた。舌の先にちょこんと乗った破片を、スクアーロは指先で摘まんで皿の端に置く。
「口の中切ったりしてないか?」
「心配なら、後で舐めて確かめてみろ」
たかが卵の殻で切ったとしても大したことではないのに、スクアーロが心配そうに問うので、ザンザスは少し笑いながらワインを飲んだ。辛口の微炭酸が、気分をさっぱりさせる。
「本当に後で確かめるからな」
スクアーロも冗談めかした風に言いながら、こちらはエスプレッソを煽った。小さなカップに入ったショットを飲み干して、底に出来た砂糖溜まりを舌先で舐める。
居室の窓からは、水色の絵の具を原液のまま幾重にも塗り込めたような濃い空と、大理石から彫り出したような力強い入道雲が見えた。窓を少し開けて、風を取り込みながら食べる食事。この頃は、よほど重要な来客でもない限り、ザンザスは食堂室に顔も出さない。勿論スクアーロも同じだ。朝同じベッドで起きて、夜にまた同じベッドで眠るまで、一日中同じ部屋で二人きりで居ることも珍しくない。それでも飽きることはなかった。交わす言葉が少なくなる日もあったが、キスとセックスがその代わりになった。
ベルに言われた、おままごと、という言葉と、山本が問うた、幸せなのか?という言葉を思い出してはみるけれど、ザンザスにはその意味がさっぱり分からない。
自分はスクアーロを殴ることが無くなったし、だから勿論今のスクアーロの体には、昔の傷跡はあれど新しく付いた傷はひとつも無い。スクアーロ一人を部屋から出すことを好かないのは、剣を扱えない彼を危険な目に合わせない為である。パーティに連れて行くのも、買い物に一緒に行くのも同じ理由だ。自分と一緒に居るのが、スクアーロにとっては一番安全で快適な筈だからだ。スクアーロだってそれを望んでいる。しがみ付いた腕の強さが、その証である。
スクアーロが病室を抜け出してきた夜に、ザンザスはスクアーロに向かって、自分達は家族ではなく恋人だと告げたが、今はどうだろう。この安らかで甘い関係は、恋人でもあるけれど、家族とも言えるのではないだろうか?
家族というのは、幸せだ。母に捨てられて、父に裏切られた子供であったザンザスはそう思っている。自分には子供の時から、本当の意味での家族なんて一人も居なかった。だから世間の人々が口々に言う、愛する家族というのは、手に入らない幸福のことを言うのだと思っていた。
「スクアーロ」
食器を洗っているスクアーロの後ろ姿にザンザスは呼びかける。
「何だ?」
泡立ったスポンジを手にスクアーロは振り返る。春に切った髪は、もう肩甲骨の近くまで伸びていた。暑い時期なのだから、今度また切っても良いだろう。
「俺を愛してるか?」
唐突な問いかけに、彼は少し驚いたように目を丸くした。鍛えることを止めた体は以前よりも一回りは細く、この前はついに制服のボトムスを新調しなければならなくなった。シャツだって横幅が余っている。
「何だよ、急に。勿論愛してる。ザンザスは?ザンザスは俺のこと、愛してるか?」
「ああ、愛してる」
ザンザスが答えてやると、スクアーロは嬉しそうに頬を仄赤くして笑った。ふわりと、まるで花が咲くような頬笑みだった。だからザンザスは幸せなのだ。
エスプレッソの香ばしい香りがして、窓からは夏の風が吹いてきて、食事は美味しかった。スクアーロは一昨日も昨日も今日も一緒に居る。明日も一緒に居るだろう。明後日も、四明後日も一緒に居る。一年先だって同じベッドで眠るだろう。
そんな彼は自分を愛していると言う。頬を赤らめ、花のように笑う。彼が十四歳の時から続いていた長い糸をぷっつりと切ってしまったって、その長い糸に絡まっていたものを忘れてしまったって、これが幸せでない筈はないのだ。
縋ってくる腕は絶対に離れない、離さない、と強く絡みついて、ただ一人、自分だけに差し伸べられる。だからザンザスはそれを守る。守るものと愛する者の居る生活は、幸せ以外の何物でもない。
END
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