* 気ままにお絵描き掲示板 *
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かんとく
2009/08/11 (Tue)

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No. 222  TITLE   ■30のセリフの御題3:22. 「これがあいつにとって一番いいことなんだ」
ヴェルテとティールは家に戻る途中だった。
朝の喧嘩から始まった一日だが、募る話もした事でお互いすっきりしたのだろう。
帰る頃にはいつも通りの、くだらない話や冗談を言い合える空気に戻っていた。

「やっぱりさ、師匠の元で剣の腕を上げてから退治しに行った方がいいよね。今の俺達じゃ多分歯も立たないよ」
ティールが溜め息をつく。
「それに強くなれば万が一サチャがついて来ても、守る余裕があるかもしれないし」

「ついて来る前に縄で縛って倉庫に放り込んどくよ」と言うヴェルテに、「そうだね、それが一番だよ」と笑いながら返す。
「明日から練習頑張ろうね」
「そーだな。あのおっさん気に食わねーけど、しゃーないな」
苦い顔で答えるヴェルテ。

「まあ、今は確実に倒せるくらいの力をつける事が一番なんだろーな。そもそも魔物を倒したらサチャが悩む事もねーし。これがあいつにとって一番いい事なんだ」
「うん」
「お前もうじうじ悩む事なくなるだろーし」
「……ははは」
「大丈夫だって!俺はそんな簡単に死にゃしねーよ」

そう言いながらヴェルテは、苦笑いするティールの背中をバン!と叩いた。
思わず前のめりになってよろけるティール。
その様子を見てヴェルテは笑った。

「だから少しくらい頼ってくれよな。倒す時は付き合うから」
「…ありがとう」
ヴェルテの言葉に、ティールは胸に支えていたものが少し軽くなった気がした。

村に着くと、既にポツポツと夜の明かりが灯っていた。
細い道を抜けるとヴェルテの家だ。
家へ向かおうとすると、後ろから「ヴェルテちゃん」と女性に声を掛けられた。
一瞬ヴェルテの顔が引き攣る。

振り返ると初老の女性が立っていた。
この村で自分を「ちゃん」付けで呼ぶのは、近所に住むこの女性しかいない。
小さい頃からの顔見知り、母のライーザの友人だった。

「どーも、こんばんは」
「あんたのお父さん、家で何か騒いでたよ」
「親父が?」
「早く見に行った方がいいよ」
「どうせ酔っぱらって騒いでるんじゃねーの?」

そう返すヴェルテだったが、女性は「早く早く」と2人をせかし「後で何があったか教えてねー!」と言いながら自分の家へ入って行った。



かんとく
2009/08/11 (Tue)
【続き】

家の前に着くと確かにダリスが何やら騒いでいる。
声や口調からして、酔っぱらっている感じではない。
夫婦喧嘩か?と思いながらドアを開けようとした時―…

ドン!と何かにぶつかり、後ろへ吹っ飛ばされた。
「いってえ…」
腰をさすりながら身を起こすと、そこには顔面蒼白のダリスが立っていた。

「サチャが!サチャがいねえんだ!!」

頭をわしゃわしゃと掻きむしり、この世の終わりのような顔で叫ぶダリス。
続けてライーザが顔を出した。

「あんた達、どこ行ってたんだい!サチャがいなくなっちまったんだよ、見かけなかったかい?」

ヴェルテとティールは、何事かと顔を見合わせた。



 
かんとく
2009/08/10 (Mon)

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No. 221  TITLE   ■30のセリフの御題3:21.「いじけてやる」
一方その頃。
サチャはソファーの上でしかめっ面になっていた。

「兄貴達、あたしを置いて森へ行ったんだ…ズルい」
ムスッとしてクッションを抱き締める。
「……いじけてやる」

「まあまあ、そんなに怒る事じゃないだろー。それにあいつらがあの魔物を倒して帰って来たら、うちの村じゃ英雄じゃねえか!目出たい話じゃ…」
言い終わる前に背後からクッションが飛んで来て頭に命中する。
ビールを煽りながら呑気に喋る無精髭の男は、父親のダリスだ。

「あんたは呑気過ぎるんだよ。あの魔物がどれだけ凶暴かわかって言ってるのかい?この村からも何人も死者が出てるし、ティールの両親だって…ねえ」
ライーザは腕組みをしながら窓の外を見た。
外はすっかり暗くなっている。

「ティールはともかく、兄貴なんて一撃で即死だよ」
「大丈夫だよ、あの子は逃げ足だけは速いんだから。でも心配だね…」
「逃げ足速くても捕まったら終わりだよ。あいつ、気持ち悪い触手何本も生えてたもん」
「そうだねえ…」

不吉な話をする2人。
不穏な空気が流れ始める。
ビールを飲んでほろ酔い気分だったダリスも、だんだんいたたまれなくなって来た。

「おいおい、まだ森へ行ったとは限らないんだろ?その辺でうろうろしてるだけかもしれないし…そうだ、酒場だ!飲み過ぎて酒場で寝てるんだよ!」
ポンッと手を叩いて目を輝かせ、得意げな顔になるダリス。
そうだそうだと笑いながら、再びビールを飲み始めた。

「そうだと良いんだけどねえ…。呑気なあんたが羨ましいよ」
そんな夫を横目で見ながらライーザは溜め息をついた。
そしてサチャを見る。

「サチャ。あんたはくれぐれも後を追うような事はしちゃ駄目よ。2人が帰って来るまで家で大人しくしておいでよ」
心の中を見透かしたような母の言葉にギクリとする。
「い…行かないもん。あたし、部屋に戻るね」

兄貴達が帰って来たら教えて、と言い残してサチャは自分の部屋へ向かった。
ライーザは元気のない娘の後ろ姿を心配そうに見送った。



 
かんとく
2009/08/09 (Sun)

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No. 220  TITLE   ■30のセリフの御題3:20.「それはちょっと違う気が・・・」
「え…?」
ヴェルテの言葉にティールが顔を上げる。
「どうしたらお前がうじうじ悩まなくなるかなーと思って」
「う…うじうじって…」

思わずティールの眉がハの字になる。
「その顔だよ」と言いながらヴェルテが苦笑いした。
「こんな顔だから仕方ないよ」とティールも苦笑いを返す。

「そっか、考え過ぎかな…」
そう言いながらティールは空を見上げた。
月が綺麗だ。

いつまでこうやって一緒に月を見る事が出来るだろう。
年を取ってもこうやって喋ったりしてるのかなあ…
そんな事を、ぼーっと考えていた。

「俺がもっと強かったら、あんな奴一撃で倒すのになー」
頬杖をつきながらヴェルテが言った。
「一撃じゃ無理だよ」とティールが笑う。

「やっぱ剣の練習は真面目にやっておくべきだったかなあ」
「ヴェルテは練習さぼり過ぎなんだよ。『あいつは磨けば光るのに』って師匠が嘆いてたよ」
「だろ?その気になりゃあんなおっさん、すぐ超えてやるよ」

「あんなおっさん」もとい「師匠」とは、どこぞの国から来た中年の兵士の事である。
砂漠で多数の魔物に囲まれているところをヴェルテと仲間が助太刀したのだ。
全身に怪我を負っていたため治るまでヴェルテの住む村に居候する事になったのだが、村長の頼みもあって今は村の若者中心に剣術を教えている。
中々のスパルタ教育っぷりに音を上げる者もいるが、厳しくも真面目で誠実な人柄に惹かれる者は老若男女問わず多かった。

ちなみにヴェルテは前者である。
音を上げると言うよりは、口煩く堅苦しい相手の性格をうっとおしく感じ「やってらんねー」と投げ出している。

「それかおっさんが『助けて頂いたお礼でござる』とか言って代わりに倒しに行ってくんねーかな。国に帰って1000人くらい兵士連れて来て森へ攻め込むとか。いや、むしろやるべきだ」
「それはちょっと違う気が…」

真面目な顔で延々と続けるヴェルテの話を、苦笑いしながら適当に流すしかないティールだった。



 
かんとく
2009/08/09 (Sun)

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No. 218  TITLE   ■30のセリフの御題3:19.「どうしたら楽をさせてあげられる?」
「あいつもああ見えて心配性でさ。お前が魔物倒しに行くなんて言うから心配でろくに寝てねーんだよ」
「そ、そうなんだ…」
「あんまり心配させるんじゃねーぞ。怒らせると俺まで被害が来る。お陰で俺も寝不足だ」

そう言いながらヴェルテはティールの隣に腰を下ろした。
よく見ると目の下にうっすらクマが出来ている。
「ご、ごめん…」
謝りながらティールは申し訳ない気持ちになった。

「心配かけてるのはわかってる。でも父さんや母さんを殺したあいつを、いつまでも野放しにしているのが耐えられないんだ。また他の人が襲われるかもしれないし…」
一瞬言葉が途切れる。
そして続けた。

「ヴェルテやサチャにもしもの事があったら俺は、生きる希望をなくしてしまう…」

ヴェルテは目を見開いてティールを見る。
虚ろな目で俯く彼に何か言おうとするが、言葉が喉に詰まり声が出なかった。


目の前で両親を殺されてからのティールは、幼い廃人だった。
ショックで何ヶ月も口が利けなくなり、食事も受け付けず動く事もままならない。
そんなティールを我が子同然に可愛がり、育て上げたのがヴェルテの両親だ。
親同士の仲が良かったのだ。

最初は頑に拒否の姿勢を見せていたティールだが、年の近いヴェルテやサチャに少しずつ心を開き始めた。
同時に、明るく賑やかな一家に馴染んで行き自分を取り戻したのだ。
そして今のティールがある。

ただ、やはり自分は余所者という意識があったのか、いつも謙虚だった。
人に頼るのが苦手で、自分の事は何でも自分でしようとした。
15歳になると同時に、心配するヴェルテ達を他所に一人暮らしを始めた。
「一人暮らしするなら目の届く所で」とライーザが口煩く言ったため、すぐ側の家でだが…

それでもティールにとってヴェルテ達一家は、家族同然に大切なものだった。
今までの恩返しとして自分の命を投げ出しても惜しくはない存在。
それだけに失うのが怖かった。



かんとく
2009/08/09 (Sun)
【続き】

「俺があいつにこだわるのは、もう誰も失いたくないからなんだ」
何かを思い出すように話すティールの紫色の瞳は、暗く翳っている。
ヴェルテは心配そうにその瞳を見つめた。

「どうして何でも一人で抱え込むんだよ…」
「迷惑掛けたくないし…」
「俺達じゃ頼りないってか?」
「そうじゃない、そうじゃないけど…」

ティールに少しの苛立を感じた。
そうやって一人で悩み、自分を追いつめてしまうのが彼の悪い癖だ。
いつか潰れてしまうんじゃないかと心配だったが、今がその状態なのかもしれない。

昔みたいに潰れてしまったら―…
ヴェルテは悩んだ。

「…どうしたら楽をさせてやれる?」



かんとく
2009/08/09 (Sun)
画像荒くなるなー。
次からクオリティーレベル上げよう…


 
かんとく
2009/08/07 (Fri)

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No. 217  TITLE   ■30のセリフの御題3:18.「ありがとな」
返って来ない返事に焦りながら、ティールは横目でチラッと隣を見た。
ぴくりともしない。

やっぱり寝てるのかな。
じゃあさっきの言葉も聞こえてないか…

そう思うと少し気持ちが楽になった。
詰まってた息をゆっくり吐いた、その時。

「ありがとな」

ギクッとしてティールは目線だけ横に向けた。
ヴェルテは起きていた。
暗くて表情はよく見えないが…

「さ…さっきの、聞こえてた?」
「しっかり聞いた」
「そっか…」

急に恥ずかしさが込み上げて来たティールは起き上がり、ヴェルテに背を向けて座る。
穴が隠れたい…
そう思った瞬間、ズシッと何かが上にのしかかって来た。

「お前、いつの間にか成長したなー!」
「わっ?!」
ヴェルテは笑いながらティールの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
驚きと照れで混乱しそうになりながら、ティールはヴェルテを押し退ける。

「な、なんだよ急に!そもそも何であんな事聞くんだよ!」
「別に、何となくだよ。なーんとなく」

「あー面白かった」と言いながらヴェルテは立ち上がり伸びをした。
ヴェルテのこういう所は昔から変わっていない。
「面白がるなよ」とティールはふて腐れた。

「サチャもさあ」
眉間にシワを寄せながら、ゆっくりヴェルテに目線をやる。
「お前の事気になってるみたいだし、両想いなんじゃね?」
思わず目を見開く。

「…サチャが?」

豆鉄砲を食らったような顔。
そんな幼馴染みの反応を見てヴェルテは、「面白くて仕方がない」と言わんばかりの笑みを浮かべた。



 
かんとく
2009/08/07 (Fri)

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No. 216  TITLE   ■30のセリフの御題3:17.「怒られちゃうかな・・・」
村の外れにある小さな丘。
小さい頃から3人で遊んでいたお気に入りの場所だ。
ヴェルテは時々、息抜きをしにここへ来る。
草むらに転がりすっかり暗くなった空を見上げると、いくつもの小さな星が輝いていた。

「ガキの頃もこうやって寝転んでたよな」
「うん。いつの間にか夜まで寝ちゃって親が探しに来たよね」
「そうそう。お袋にこっぴどく叱られたよ」
「俺も」

思わず2人して吹き出す。
笑いながらティールは目を閉じ、深呼吸をした。
草の香りと、顔を優しく撫でる風が気持ち良い。
このまま眠ってしまいたい気分だった。

「なあ、ティール」
隣に大の字で寝転がっているヴェルテが口を開く。
「なんだい?」と目を閉じたまま答えるティール。
「サチャの事…どう思ってる?」

唐突な質問に思わず目を見開いた。
何故か心臓がバクバクする。

「な、なんで急に…?」
「別に。何となく」
目を閉じたままヴェルテは答えた。

暫く無言の時間が静かに流れた。
隣にいるヴェルテは寝てしまったのだろうか。
ティールは落ち着かない気分のまま空を見上げていた。



かんとく
2009/08/07 (Fri)
【続き】

サチャの事は昔から妹のように思っていた。
同い年だがお転婆で、目を離すとすぐどこかへ行ってしまい迷子になる。
3つ上のヴェルテはサチャの面倒をよく見ていたが、腕白な反面少々頼りない部分があった。
だから自分がしっかりして2人を守らなくてはいけないと、幼いながらにティールは思ったのだ。

大きくなるにつれてヴェルテは腕白に拍車が掛かり、村でもいたずら好きのグループのリーダー格になっていた。
とは言え、いつも一緒にいるのはティールだった。

サチャもヴェルテが行く場所にはいつもついて行きたがったが、危険だからと置いて行かれた。
へそを曲げたサチャの相手をするのがティールだった。
サチャもそんなティールによく懐いていた。

最近では護身術や格闘技を身に付け、お転婆ながらもしっかりした娘に育った。
時折村を荒らしに来る魔物を、男達に混ざって率先して倒しに掛かる勢いだ。
サチャは次第に危険に首を突っ込みたがるようになった。

そんな彼女を見ていて、いつも心が落ち着かなかった。
危険な場所に行くなと言ってもすんなり聞く性格ではない。
頑固なティールだがサチャには頭が上がらず、結局護衛として一緒について行くようになっていた。

いつしかティールは自分がサチャを守らなくてはいけないと思うようになった。
いや「守りたい」と言うべきか―…

ティールは今まで気付かなかった感情に気が付いた。
自分はもしかして…

「ヴェルテ、俺…」
「落ち着け」と心の中で言い聞かせ、一呼吸置いて続ける。

「サチャの事が、好きなのかもしれない」

寝ているのか、それとも怒っているのか。
隣からは返事がなく、暫く沈黙の時間が流れた。
心拍数は更に上がり、いつの間にか額に汗が滲んでいた。

「………なんて言うと、怒られちゃうかな…」

沈黙が苦痛になり、思わず口から出た言葉だった。



 
かんとく
2009/08/06 (Thu)

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No. 215  TITLE   ■30のセリフの御題3:16.「勝手に触るな!」
その時ー…

「勝・手・に・触・るな!」
「むぐ…?!」

突然背後から首を絞められ息が詰まる。
驚いたティールの反動で、肩にもたれ掛かっていたサチャがずり落ちた。
「今良からぬ事を考えてただろー」

背後から聞こえたのは、さっきまで床に転がって寝ていたヴェルテの声だった。
息苦しくなったティールは激しく首を横に振り、首にかかっているヴェルテの腕をバシバシと叩く。
その途端、呼吸が自由になった。

「ったく、誰も見てないからって人様の妹に何しようとしてんだよ。…あー、よく寝た」
ヴェルテは大きな欠伸をしながら伸びをして、むせるティールの横に座った。
ずり落ちたサチャはティールの膝に頭を乗せて寝息を立てている。

「な、何もしやしないよ。サチャが寝ちゃったから…」
「膝枕で?」
「そ、そうじゃなくて!」

顔を赤くして反論するティールを見てニヤニヤしながら「別にいーけど」と呟くヴェルテ。
外はすっかり暗くなっていた。
ふと、ライーザの姿がない事に気付く。

「あのババア、また井戸端会議かよ。朝まで帰って来なかったりして」
「パンをお裾分けに行っただけだよ。そろそろ帰って来るんじゃないかな」
「まあこっちは帰って来ない方が自由でいいんだけどな」

そう言いながらヴェルテは立ち上がった。
「なあ、ちょっと外の空気吸いに行かねーか?」

サチャの頭を膝に乗せたままのティールは「でもサチャが寝てるし…」と返したが、「いいっていいって」と腕を掴まれ立たされてしまった。
ゴロンとソファーに転がったサチャはムニャムニャと寝言を言っているが起きる様子はない。
再びすやすやと寝息を立てて気持ち良さそうに寝始めた。

「ほっときゃ勝手に起きるって」
そう言いながらヴェルテはティールを引っ張り、家を出た。



 
かんとく
2009/08/04 (Tue)

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No. 214  TITLE   ■30のセリフの御題3:15.「眠ってると可愛いのにな」
『ご馳走』とは、何種類ものパンの山だった。

「ごめんねえ、うっかり作り過ぎちゃって。でも美味しかったでしょ?」
笑いながら皿を片付ける母に背を向けて寝転がり、「晩飯がパンの山だなんて手抜きもいいとこだぜ」とボヤくヴェルテ。
一瞬「ピクッ」と耳を傾けるライーザ。

「やっぱりおばさんの料理は美味しいや。ご馳走様でした」
「フフフ、サチャも一緒に作ったのよ。また食べに来てね♪」
満面の笑みを浮かべてご機嫌なライーザは、ムギュッとヴェルテを踏んで台所へ行った。

「そういえばサチャは?」
食事の途中からサチャの姿が見えない。
ティールは辺りを見回すと、ソファーでコクリ、コクリと船を漕いでいるサチャが目に留まった。
「あ、寝そうになってる」

何となくソファーへ移動すると、サチャが半分目を覚ました。
「あれ…ティール?…ごめんね、顔殴っちゃって」
「別にいいよ。それよりサチャに謝ろうと思って…」
言いかけた時、片方の肩にズシッと重力がかかった。

「…?」
驚いて視線をそちらへ向けると、自分の肩にサチャの頭が乗っていた。
すやすやと寝息を立てている。
どうやら完全に眠ってしまったらしい。

何となく気まずいので、とりあえずヴェルテを呼んでみる。
しかし彼も、先程踏まれたままの姿で爆睡していた。
ライーザは作り過ぎたパンをお裾分けしに、近所へ出掛けている。
こうなると暫く帰って来ないだろう。

どうしよう。
ティールは心拍数が上がって行くのを感じた。
落ち着け、落ち着け。
心の中で言い聞かせる程心拍数は上がって逆効果だった。

どのくらい時間が経っただろう。
最初は軽く肩にもたれかかっていたサチャだが、今は身体ごともたれ掛かっている。
起こそうかと思ったが、安らかな寝顔を見ていると中々出来ず。

こんなに間近でサチャの顔を見たのは初めてかもしれない。
長い睫毛、形の良い桜色の唇。
いつもは口論では滅多に勝てない程の勝ち気な娘だが、あどけなさの残る寝顔はそれを感じさせなかった。

「眠ってると可愛いのにな…」

暫く寝顔を見つめていたが、思わず彼女の唇に触れそうになった。



 
かんとく
2009/08/03 (Mon)

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No. 213  TITLE   ■30のセリフの御題3:14.「今日はご馳走だ」
「ちょっとヴェルテー!お客さんよーー!」

部屋の外から聞こえる呑気な声。
母のライーザだ。
ベッドでうとうとしていたヴェルテは聞こえない振りをした。
「ねえ、聞こえてるの?お客さんが来たから出てちょうだいー!」

朝から幼馴染みと口論になり、昼には妹と口論になり、今日は心身共に疲れていた。
「…めんどくせーな」
不機嫌そうにボソッと呟き、頭から布団を被る。
無視を決め込み、そのまま寝ようとしたが…

ゴスッ!

「いって!」
「馬鹿息子!さっきから呼んでるでしょ!早く出てちょうだい」
突然背中に強烈な蹴りを食らい、むせながら身を起こす。
目の前には上から見下ろす母の姿があった。

「こンのババア…」
言い終わる前に後頭部へ肘鉄を食らい、そのまま前のめりになる。
「今ねえ、サチャとパンを作ってるんだよ。手がベトベトだから代わりに出てちょーだい。わかったね?」
そう言うとライーザは「さ、続き続き♪」と言いながら部屋を出て行った。

「…ったく、誰だよこんな時に。一発蹴りでもかまさねーと気が済まねえぜ」
舌打ちをしながらベッドから起き上がり、ダルそうに玄関へ向かう。



かんとく
2009/08/03 (Mon)
【続き】

「はーい、どちらさん?さっさと用件を―…」
これ以上にない程不機嫌な顔でドアを開け、目の前の人物を睨みつける。
「や…やあ」

そこに立っていたのは今朝大喧嘩したティールだった。
苦笑いを浮かべる顔は、どういう訳か痣だらけだ。

「お前…どうしたんだよ、その顔」
あまりの悲惨な顔に、目を丸くするヴェルテ。
「サチャに…怒られた」
「サチャに?」

話はこうだ。
ヴェルテと別れた後のティールを追いかけて説得したサチャだったが、頑固なティールに腹を立ててパンチを数発お見舞いしたらしい。

「避けろよ、そんなもん」
「突然で避けられなかったんだ」
ティールの情けない表情と有様に、ヴェルテは思わず吹き出した。
腹を抱えて笑うヴェルテを恨めしそうに見ながら「笑うなよ」と呟く。

「悪ぃ悪ぃ、実は俺もサチャに怒られた」
「…そうなんだ?!」
ティールは驚きながらも、何故かちょっと嬉しそうだった。

「おや、ティールかい!丁度良かったよ、今パンを焼いてるから食べてお行き」
台所からひょこっと顔を出したライーザが、ニコニコ笑って手招きをしている。
上機嫌だ。

「今夜はご馳走だよー♪」



かんとく
2009/08/03 (Mon)
どんどん長くなる文章です。
簡単に小話つけるだけのつもりが、いつの間にかこんなことに…

まとめる時は短くしよう(汗



 
かんとく
2009/08/02 (Sun)

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No. 212  TITLE   ■30のセリフの御題3:13.「お前には負けたよ」
どれだけ時間が経っただろう。
サチャが泣き止むまで随分かかった気がする。
その間ヴェルテは、ぎこちなく妹の頭を撫でる事しか出来なかった。

「…ごめんね、兄貴」
泣いて赤くなった眼を擦りながら顔を上げ、ヴェルテから離れた。
「あー…うん」
何となく、返す返事もぎこちない。

「兄貴ってさ、昔砂漠で迷子になった時、瀕死状態で帰って来たよね。父さんにおぶられて。あの時、目を覚まさない兄貴を見て凄く…不安だった」
「……そっか」
「死んじゃったらどうしようって、夜も眠れないくらい怖かったの」

8歳の頃の話だった。
父と仲間と砂漠を渡っている時にはぐれてしまったのだ。
その後一人で砂漠を彷徨い、暑さと喉の乾きで倒れてしまった。

それから自分がどうなったか記憶にないが、父の話では3日間生死の境を彷徨ったらしい。
その間サチャはヴェルテの側を離れようとせず、ずっと手を握って泣いていたそうだ。
自分が目を覚ました後、入れ違いのように次はサチャが倒れたのだ。
…寝不足で。

ヴェルテは悩んだ。
もし今度も自分に何かあれば、また同じ思いをさせてしまうのではないか。
そんな事を考えていると、サチャは続けた。

「だからね、今度兄貴が危険な場所に行く時は絶対一緒に行こうと思ったの。家で待ってて心配するより、一緒に行って何が起こったか知っておきたい…兄貴が危険な目に遭う前に、力を貸したいって思ったんだ。だから格闘技やヌンチャクの練習も頑張ったし…」

ゴン。

「いたっ?!なっ何すんのよ!」
「ばーか」
突然頭を小突かれたサチャは、驚きと怒りが混ざった表情でヴェルテを見た。

「…お前にゃ負けたよ。そんな心配ばっかしてると老けるぞ」
「な…なぁ…ッ?!」
茶化すように笑ってその場を去ろうとする兄の背中に向かって、サチャは素っ頓狂な声で怒鳴った。
「兄貴なんかをこんなに心配してくれる人なんて、あたししかいないんだからね?!」

森へ行くのはもう少し強くなってからにしよう。
ティールも根強く説得すりゃなんとかなる。
今はまだ、行くべき時期じゃないんだ。

ヴェルテは心の中で自分に言い聞かせた。
妹に心配ばかりされているのも情けないが、そこまで思ってくれている妹の気持ちにくすぐったいような嬉しいような、妙な心地良さを感じていた。



 

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