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アイコン時計業界はいかにしてこの10年で最も構造的に困難な年を乗り越え、2026年に何を注視すべきか。

08月07日(Fri)*2015 | 日記::写メ

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ビジネス報道に20年以上携わってきたなかで、私の心に刻まれているいくつかの真実がある。そのなかで最も強い影響を与えたもののひとつは、伝説的な記者であり伝記作家のロバート・カロ(Robert Caro)氏による言葉であり、「重要なのは、ページに書かれたことだけ」である。

 この信条はいくつかの方法で解釈できるが、私は常にこう理解してきた。何かを経験し、目にし、発見したとしても、それをストーリーとして報告しページに記さなければ、読者はそれを知ることができないため、結局のところ重要ではないのだ、と。私はそのプロンプトを“時計と私の1年”というテーマの本稿に、デジタル版およびプリント版のHODINKEE、あるいはポッドキャスト“The Business of Watches”(ちなみに1/7より週刊化されている)に掲載された最も魅力的で重要なビジネス関連のイベントやストーリーに焦点を当てるために使いたいと思う。しかしそれ以上に重要なのは、ビジネスの観点から2025年が時計業界にとって何を意味したのか、そして2026年が何をもたらすのかを考察することだ。

ラ・ショー・ド・フォンにあるタグ・ホイヤーの本社。

 HODINKEEでの最初の1年間、時間が飛ぶように過ぎたというよりも超音速で駆け抜けた。そのため最初から振り返るのはやめよう。10月、スイスのラ・ショー・ド・フォンでの集まりにさかのぼる。これはタグ・ホイヤー コレクターズ サミットだった。熱心な時計愛好家、コレクター、ディーラーたちの集会であり、ブランドの本社を訪れ、ミュージアムやアーカイブを見学し、製造施設を間近で見ることができた。グループは真に多国籍で、米国、英国、アジア、欧州大陸、スカンジナビア、そして遠くはオーストラリアやニュージーランドからも参加者が集まった。それはあるひとつの共通点を持った、並外れて多彩な男女の集まりだった。彼らはヴィンテージのホイヤー、およびタグ・ホイヤーのタイムピースに情熱を注いでいた。言うまでもなく、その場にあった時計のいくつかはまさに驚くべきものだった。希少でユニークなオータヴィア、カレラ、カマロ、モナコ、奇妙でワイルドなフォーミュラ1、そしてホイヤー製の愛すべきアバクロンビー&フィッチ “シーファラー”の数々。それはブランドに焦点を当てた、最高に素晴らしい時計とオーナーのコレクションだった。

 そしてサミット中、タグ・ホイヤーのエグゼクティブが昼食会でグループに語りかけた。スーパーコピー時計「皆さんがヴィンテージ作品に対して抱いているのと同じくらい、我々の新しい時計に対しても情熱と興奮を持っていただきたいのです」と。

この男性は、真に熱心なタグ・ホイヤーのコレクターだ。

 その発言は形式的なもの、あるいは当たり前のことのように思えるかもしれない。しかし、それはきわめて重要なことだ。それこそがスイスの主要な時計ブランドにとっての核心となる使命であり、課題なのだ。つまり新製品や既存のモデルラインに対して、大きく意味のある規模で欲求をかき立て、生み出し、その欲求を売上へと変換することだ。時計を通じて潜在的な顧客に必要な感情を引き起こすよう仕向けるために、企業が辿れる道は無数にある。デザイン、技術面における成果、仕上げ、革新、ノスタルジー、伝統、コミュニティ、希少性、価格、そして価値などはそのほんの一部に過ぎない。しかし2025年、これらすべてのレバーを引くことは、一連の外部要因が組み合わさって前例のない方法でスイス時計業界に立ちはだかったため、より困難なものとなった。

 2025年は、スイス時計製造にとって過去10年余りで最も構造的に困難な年として記憶されることになるだろう。数年間にわたる記録的な輸出額の伸びと世界的な需要の高まりを経て、業界は地政学的な逆風、価格圧力、為替の乱高下、そして消費者行動の変化が合流した荒波に翻弄されることとなった。輸出は激しく変動し、雇用はポストコロナ時代以降で初めて減少に転じ、マクロ経済のストレス要因、とりわけ米国の関税政策やスイスフラン高、そして急騰する金価格がバリューチェーン全体の戦略の見直しを迫った。

 2025年はブランドと経営陣にとって真価が問われる年となり、不確実性が支配した。オーデマ ピゲのCEOイラリア・レスタ(Ilaria Resta)氏が“完璧な嵐(Perfect Storm)”と呼んだこの危機に各社がいかに反応したかは、今後数年間にわたって影響を及ぼすだろう。これらの反応の結果は、2026年により明白になり始めるはずだ。

2025年、金価格は記録的な水準まで急騰した。

 金価格は2025年初頭の約2600ドル(当時のレートで約40万円)から、12月には1オンスあたり4400ドル(当時のレートで約68万円)を超えて急騰し、70%近く上昇して過去最高値を記録した。これは貴金属価格において1970年代以来で最大の年間変動だ。一方、スイスフランは米ドルに対して上昇を続け、12月には1フランあたり1.27ドル(当時のレートで約198円)に達した。一時は39%まで変動し、現在はより管理できる範囲であるものの依然として無視できない15%にまで引き下げられた米国の関税を加えると、今年のスイス時計メーカーおよび業界へのコスト圧力は甚大であり、前例のないものだった。

2025年、スイスフランは米ドルに対して10%以上も値上がりし、時計メーカー各社にコスト面での圧力を加えることとなった。

 ほとんどのブランドはどうしたか? 彼らは小売価格を上げたのだ。消費者がこの新しい価格の現実にどう反応したか、そして今後どう反応し続けるかはまだ未知数だ。2022年と2023年のポストコロナのブーム期の大幅な値上げにより、一部のブランドは現在、自らの価格決定力の限界を試されている。

 我々の友人であるWatchChartsが記録しているように、10月時点でパテック フィリップによる22%以上の引き上げからIWCの2%強の引き上げまで、ほぼすべての主要ブランドが2025年に価格を引き上げた。パテックが米国のブティックにおいて直近の15%の値上げの一部またはすべてを撤回する可能性があると報じられているが、2026年は、どのブランドが依然として自社製品にはそれだけの価値があると顧客を納得させられるブランド力を築き上げているかを、さらに証明する年になるだろう。各ブランドは利益率を維持するために、今年も値上げを続けるはずだ。トップクラスのひと握りのブランドにとっては、さらなる値上げが需要に影響を与える可能性は低い。例えばWatchProによると、ロレックスは年初に米国で平均約7%、英国で約5%の価格改定を行い、チューダーやオーデマ ピゲも同様に値上げを実施した。それ以外の多くのブランドにとって、2026年はブランド価値のさらなる試練の年となるだろう。

各ブランドは関税、為替の変動、および貴金属価格の上昇に対応して、2025年に価格を引き上げた。Image and data courtesy of WatchCharts.com

 2025年の危機は、スイス時計業界を急速な二極化を加速させたに過ぎない。一方では、カルティエ、ロレックス、オーデマ ピゲといったブランドがあり、これらは憧れの対象であり続け、値上げと持続的な需要の両方によって2025年も売上は成長を続けた。F.P.ジュルヌ、レジェップ・レジェピ、MB&Fのようなニッチで少量生産のハイエンドウォッチメーカーを脇に置けば、主流のよりボリュームの大きい大量生産のブランドはすべて、消費者の手首を勝ち取るために必死に戦っている。コスト圧力と消費者のより選別的傾向が、時計業界のこの層を深く苦しめているのだ。

 時計を企画・製造するための参入障壁は取り払われ続け、かつてないほど低くなっている。時計のデザインといくらかの資本があれば、ブランドを立ち上げることができるのだ。ジュネーブを拠点とするスザンヌ・サミュエルソン(Susanne Samuelsson)氏が作成した、新作時計の追跡を試みるウェブサイト、The Watch Pagesによれば、2025年には少なくとも935の新しい時計が登場した。そして確かに言えるのは、このリストがすべてを網羅しているわけではないということだ。 

 時計市場が成長しているという現実のなかでさえ、それはおそらくあまりに新作の数が多すぎる。とりわけ一部の消費者が、ヴォントベルのマネージング ディレクターであり、スイス株式調査部門の責任者であるジャン=フィリップ・ベルチー(Jean-Philippe Bertschy)氏が、“ラグジュアリー疲れ”と呼ぶ兆候を見せ始めている時期においてはなおさらだ。11月時点のスイス時計輸出額が2024年比で2.2%減の約235億スイスフラン(当時のレートで約3兆6480億円)となり、2023年比では4.7%減となったことを受けた最近の報告書のなかで、ヴォントベルとベルチー氏は引き続き次のような見解を示している。「伝統、価格決定力、そして多角化された展開に支えられたトップクラスのメゾンと、過剰生産能力と弱い価格規律がパフォーマンスの重荷となっている広範な市場とのあいだで、格差が拡大している」。

Image and data courtesy Federation of the Swiss Watch Industry

 いくつかのブランドや企業は自社の時計に対する需要を維持するだけでなく、政治的な行動を通じても、業界のトップとしてのリーダーシップを示した。変動する関税率に翻弄され、混乱に陥るなか、2国間の通商関係を協議するために米国大統領との大統領執務室での会談を勝ち取ったのは、ロレックス、カルティエ(およびほかのリシュモングループのブランド)、そしてブライトリング(マジョリティ株主であるパートナーズグループを通じた間接的な参加)を代表する使節団だった。そのわずか数週間後、壊滅的な39%から引き下げられた15%の関税合意が発表された。この合意は、スイスの時計メーカーや米国の小売業者にとって依然として大きな財政的負担ではあるが、業界により安定した明確な活動基盤を与えた。

ロレックス、リシュモン、そしてパートナーズグループのトップを含むスイスの企業幹部らは11月に米国大統領と会談した。

 スイス時計協会によれば、スイスは1月から11月末までに約1320万本の時計を輸出しており、これは前年同期比で6.6%の減少にあたる。時計部門はスイス経済の重要な柱だ。輸出産業としては第4位の規模を誇り、約6万5000人の雇用を担っている。この部門は部品メーカーやサプライヤーと深く相互に関連しており、雇用と経済的リスクにおいて最前線を象徴する存在だ。これらの企業の雇用はブランドからの発注やキャンセルによって大きく変動し、RTHとしても知られる、スイスのいわゆる“短時間労働”プログラムに最も大きく依存しているのは部品メーカーだ。このプログラムは2025年において恒久的な失職を抑えるための重要な要因となった。しかし2026年にはさらなる給付の期限切れが控えており、業界を代表するスイスの雇用主団体によれば、現在の経済状況が持続する場合、2026年の業界はさらなる圧力にさらされることになる。

 生産数を抑え、価格を上げるという手法は、長らくスイス時計業界の多くにとって頼みの綱となる戦略だったが、絶え間ないプレミアム化の代償が表れ始めている。よりエントリー価格帯のブランドに重きを置くスウォッチ グループの売上は、会計年度の上半期に11%減少したと同社は7月に発表した。その前月、スウォッチ傘下のブランパンはフラッグシップのダイバーズウォッチであるフィフティ ファゾムスの38mmを、ストラップ仕様で220万円(編注;発表当時の価格)以上の価格で発表した。11月には、同社傘下のオメガがプラネットオーシャンの新型を180万円以上の価格でデビューさせた。一方でタグ・ホイヤーが長らく待ち望まれ、広く予想されていた(新しいソーラーグラフ ムーブメントを搭載した)フォーミュラ1の再始動を発表したが、その価格は26万9500円からとなっており、長年スイス時計の世界への入り口となってきたこの名門ブランドにとって、新たなエントリー価格帯を提示することとなった。

38mmのブランパン フィフティ ファゾムス。

 スイスの時計産業は数世紀にわたって存続し、その強靭さを証明してきた。ヴァシュロン・コンスタンタンの伝統は1755年にまでさかのぼる。業界は常に生き残りを図ってきた。しかし、それは大きな激動なしに成し遂げられたわけではない。1970年代から80年代にかけてのクォーツ危機は、日本からの安価でより正確なクォーツウォッチの流入だけでなく、スイスフランの急騰によっても引き起こされ、業界内の半数以上のブランドに終焉をもたらした。業界の存続を助けたのは、のちにスウォッチ グループとなる組織が主導した統合と、画期的なスウォッチの腕時計(“セカンドウォッチ”というコンセプトで名付けられ、価格ではなく数量を重視する戦略をとったもの)だった。

 2022年3月に発売されたムーンスウォッチは、世界中の限られたスウォッチのブティックで同時にデビューし、店頭販売のみという形態をとったことで、前例のない行列と世界的なメディア報道を引き起こした。これは商業的にも文化的にも、現代のスイス時計業界史上、最も影響力のある製品リリースのひとつとして広く認識されている。これはほんの数年前の出来事であり、スイス時計業界が今なお、世界共通の時代の精神を捉え、新しい世代や層を時計の世界へと引き込む製品を生み出せるということを証明している。

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